再会と別れ
ヤロスラーフに薦められるままに共和国に向かう事を承知したアンネローゼだったが注文を忘れなかった。
それはそれを理由に断ろうという考えがあったためである。
そして、ヤロスラーフもそれはわかっていた。
だが、それでも受け入れる。
それぐらい出来なくては、アンネローゼを動かせないと考えた為だ。
そしてアンネローゼの出した条件…。
それは…『信頼できて腕のいい船を用意してほしい』
それが彼女の注文だった。
そして三日後。
用意が出来ましたというヤロスラーフに連れられて港に向かう。
久々に見る帝国の風景は懐かしさと国の力が弱っていく様をまざまざと見せつけている。
港に向かう車の中で、外の景色を見るのにも飽きたのか、アンネローゼはヤロスラーフに視線を向ける。
その目に浮かぶのは値踏みをするかのような色であった。
「本当に条件に合う船なんでしょうね?」
その問いに、ヤロスラーフは自信満々に答える。
「もちろんでございます。アンネローゼ様の条件にぴったりの船でございます」
「本当?向こうに着く前にゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだからね」
「もちろんでございますとも」
そう答えたヤロスラーフをジーっと見た後、アンネローゼはため息を吐き出した。
「わかったわ。貴方を信じることにします」
そう言いつつも、気に入らなかったら、絶対にそれを理由に断ってやろうという魂胆が丸見えだった。
しかし、ヤロスラーフはすました顔で返事をする。
「それはありがとうございます。嬉しいですな」
「本当はどうでもいいくせに…」
そう、憎まれ口を叩いた後、アンネローゼは何気ない風を装いながら聞く。
「それはそうと、頼んでいたお願いの方はどう?」
「もちろん。そちらもばっちりでございます。嫌がらせをやっておきました。あの親衛隊の隊長は今頃慌てふためいている事でしょう」
「そう、それならいいわ。もっとも、今回だけで終わらせるつもりはないわよね」
「もちろんでございますとも。私の指示を無視し、金を騙し取ったのですからね。その分の嫌がらせはたっぷりとネチネチやるつもりですからご安心を…」
「あなたがそこまで言うのなら安心ね。でも、その様を見られないのが残念だわ」
そういった後、アンネローゼは心底残念そうな顔をする。
そして、港の一画にアンネローゼを共和国に連れて行く予定の船が留まっていた。
それが目に入った瞬間、アンネローゼの顔が驚きに固まり、唖然としたまま船を凝視している。
「アンネローゼ様の条件にもっとも合う船を用意させていただきました。いかがでしょうか?」
だが、その言葉はアンネローゼの耳には入っていなかった。
船から港にラッタルが下ろされており、ラッタルの前にいる人々に視線は釘付けだった。
その船の名は雑草号。
そして、ラッタルの前にいた人達は、アンネローゼがよく知っているであろう人々、雑草号の船員達と船長であった。
そしてついに車はその人達の前に止まる。
ドアを開けてゆっくりとアンネローゼは外に出る。
目の前にいる大切な人達。
そして思いで深い船。
たった十日ほどいなかっただけなのに、帰って来たという実感をアンネローゼは感じていた。
そして、ゆっくりと船員達の顔をじっくりと見回す。
全員が嬉しそうに笑い、アンネローゼを迎え入れているのが傍から見てもわかる。
少し涙目になりながらもアンネローゼは微笑んだ。
「只今戻りました」
「おかえりなさい、あねさん」
「姉御、待ってましたよ」
「お疲れ様です」
船員たちがそれぞれ思い思いに声をかける。
それに答えているうちに、船員達に背中を押されつつ船長が前に押し出てきた。
その顔は真っ赤で、照れているのだろう。
決してかっこいいわけでもないし、整っているわけでもない。
だけど、今までのどんな男よりもアンネローゼにとって魅力的な顔だった。
「ただいま戻りました」
「おう…。お帰り…」
しばらく見つめあい、そして当たり前のようにアンネローゼは船長に抱きついた。
船員たちがヤンヤヤンヤの歓声を上げる。
映画で言うなら、最後のハッピーエンドのような盛り上がり方と言ったらいいだろうか。
そして一段落ついたのだろう。
船長から離れるとアンネローゼがヤロスラーフを横目で見る。
その視線を受け止めるとニタリと笑ってヤロスラーフが聞いた。
「いかがでしたか?」
その問いに、アンネローゼは降参といったポーズをとり、悔しそうに言う。
「文句の付けようがないじゃないの…」
「満足されたようで、準備をした甲斐がありました」
「なんか悔しいわ…」
そのアンネローゼの言葉に、ヤロスラーフは満身の笑みを浮かべた。
しかし、すぐに真顔に戻るとすーっと二つの書簡を渡す。
それを受け取りつつ、アンネローゼが聞き返す。
「これは?」
「共和国で活動される際の手助けになればと用意しました。一つはラチスールプ家の遠縁に当たる方、もう一つは私の親類へのものです」
アンネローゼの顔つきがそれだけで変わる。
基本、国の指示で動く時は、国のバックアップがある。
実際、フソウ連合や王国に潜伏したときは、諜報部や国の息のかかった組織のバックアップを受けていた。
なのに今回は、私的な繋がりのある者を頼る…。
それは国の力を借りれない、或いは借りた場合のリスクが大きいという事だ。
どちらにしても不味い状態という事に変わりはない。
「どういうこと?」
「詳しくは掴んでいないのですが、どうも親衛隊の連中、裏で色々やっているようです。間違いなく混乱する事になるでしょうから、こっちにいてもいい事は何もないでしょうな」
「そう…」
複雑そうな表情を浮かべるアンネローゼを見ながら、ヤロスラーフは「それと、これは私の考えですが…」と前置きした後に呟く様に言う。
「いざとなったら引退してください。そして、亡命なり何なり身の振り方を考えておいてください」
その言葉に少し驚いた表情をした後、苦笑するアンネローゼ。
そして自虐的気味に言う。
「まぁ、引き際は私が決めるから心配しなくてもいいわ。それに今更引退しますって言っても誰も信じないし、どうにかして利用してやろうという連中が後を絶たないでしょうし…」
「しかし…それは…」
「まぁ、今までやってきた事を考えればわかってはいたけど、実際、自由になるには死ぬぐらいしかこの道から逃れることはできないのかもね」
その言葉にヤロスラーフは黙り込む。
実際にフソウ連合で行方不明になった時、確かに混乱状態ではあったが、すぐにアンネローゼは死亡したと判断されてろくに捜索も行われなかった。
唯一、手を回して捜索していたのは、宰相の息がかかったヤロスラーフを初めとするごく一部のみであった。
そして、あの時、見付けなければ、アンネローゼは自由になれたのかも知れない…。
しかし、見付けてしまった。
故に引き戻されてしまったのだ。
血に塗られた道に…。
黙り込む二人。
しかし、アンネローゼはパンと手を叩く。
その顔に浮かぶのは、諦め半分、開き直り半分といった感じだ。
「さて私の事はもういいとして、おじい様は?」
「宰相様は、多分どんな事を言っても無理でしょう。ですから、私が最後までお付き合いする所存です」
「そう…。おじい様をお願いね」
アンネローゼは寂しそうにそう言うと微笑んだ。
「アンネローゼ様もお元気で…」
まだこれで二度と会えなくなると決まったわけではない。
だが、自然と二人の口からそんな言葉が出た。
二人にはわかっていたのかもしれない。
もう帝国は長くないと…。
国が滅び、混沌が全てを飲み込んでしまうと…。




