雑草号 対 帝国海軍巡視船団 その2
まもなく日付けが変わるくらいになりそうな夜中、見張り台に次の交代の船員がガチガチの防寒具を身につけてやってきた。
少し交代時間より早いのは、外の寒さの確認をする為だ。
しばらくやってみたけど駄目なので途中で戻るなんて事はできないし、何より防寒をきちんとやっておかなければ酷い目に合うのは自分自身だからだ。
「ようっ…。やっぱけっこう寒いな…」
やってきた船員は見張りの船員にそう声をかけたが、戻る様子がないと言う事は、今の防寒で問題ないと判断したのだろう。
そして、見張りの船員に水筒を手渡す。
「おう。すまねぇ…。おおっ…あったけぇじゃねぇか」
「あねさんが気を利かせて用意してくれたんだ。持っていってあげてとさ」
水筒を受け取った船員は、しばらく暖かい水筒で手を温めると蓋を外す。
湯気が立ち上り、顔に当たる。
「うーっ。たまらねぇなぁ…」
そう言いつつ、熱い紅茶をちょびりちょびりと飲む。
甘い紅茶の味が口の中に広がり、身も心もほっとさせてくれる。
「うめぇ…。おりゃ甘いものはそれほど好きじゃねぇけど、こりゃうめえよ」
「それはよかったな。あねさんにそのまま言ってやれ。あねさん喜ぶぜ」
「ちげぇねぇ。そうするぜ」
そう言った後、見張っていた船員は真剣な表情になって紅茶を飲みつつ聞く。
「それはそうと…どうなった?」
交代に来た船員が周りを警戒しつつ答える。
「ああ。いつまでもここにいるわけにはいかないからな。明るくなっちまったら、ここじゃ見つかっちまう。だから、さっきの話し合いで、この先の島の間を抜けて大回りをしつつ共和国に向かう事に決まったよ」
「だがよ、あの島と島の間は難所って話だが…」
「なぁに、荷を軽くしたからな。恐らく大丈夫だろうし、連中もまさかこの浅瀬を抜けて行くとは考えねぇだろうからよ、上手くいくんじゃねぇか?」
「そうだな。大丈夫だな」
「それはそうと、どうだ?」
「今んところは大きな動きはねぇし、こっちの浅瀬に近づくやつらもいねぇな…」
「そりゃそうか…。こんな夜中に危険を冒したい奴なんざ居ないからな、普通は…」
「そうだな。そんな事を考えるのは俺らくらいで十分だからな」
そう言って二人で笑った後、紅茶を飲み終わったのだろう。
紅茶を飲んでいた船員が水筒に蓋をする。
するとそれを待っていたかのように、伝声管から小さな音が響いた。
交代の合図だ。
見張っていた船員が、伝声菅の蓋を開けて報告を告げる。
「そんじゃ、交代要員と交代しやす」
「ああ。お疲れ。ゆっくり休むんだぞ」
「了解です」
そう返事をすると伝声菅の蓋を閉じた。
そして、水筒を持ったまま、交代に来た船員に手を上げて挨拶すると見張っていた船員は見張り台を降りる。
恐らく早朝にはすぐに動き始めるだろうから、今の内にぐっすり寝とかないとな…。
そんな事を思いつつ…。
そして、その船員の予想は当たり、まだ日が昇るか上らないかの早朝、四時三十分過ぎには雑草号はゆっくりとだが動き始める。
やはり荷物を空にしたのは大きかったようで、まるで周りを刺激しないかのように本来から進めないはずの島と島の間の浅瀬を難なく進んでいく。
このまま浅瀬を進み、向こう側に回って島々の間を潜り抜ければ包囲網から脱出出来るだろう。
誰もがそう思っていた。
しかし、通過する島の海岸線の幾つも茂る木の一本の陰にそんな雑草号の動きをじっと観察する目があった。
ノンナの言葉から、一番予想外である海域の周辺のいくつかの島に、昨日の夜のうちに監視員を送り込んでいたのである。
実際、艦艇を派遣するわけでもなく、カッターやボートで監視員数名を送り込むだけでいいのだから手間も費用もそんなにかからない。
また、元々ここら辺の島は訓練用によく使用されている為、秘密裏に上陸する方法や島の地形は把握されているのも大きかった。
そしてそんな読みは当たり、監視員は無線で短く報告を送る。
「こちらC地点。獲物は脇を通り抜ける」
その無線での連絡を聞いて、順に仮眠を取っていたビルスキーア少将達は慌てて集まると海図を確認する。
「副官殿が言ったとおりでしたな…」
幕僚の一人が呟く。
しかし、それはそこにいる全員の感想だろう。
「脇を抜けたという事は…」
そう言いつつ、幕僚の一人がすーっと海図をなぞっていく。
「恐らくですが、このルートを抜けて行くのではないでしょうか」
「ふむ。確かに大回りになるし、王国の海域にかかるぐらい近くはなるが、我々の手からは抜け出るには最適とみます」
「確かに。そうすれば、我らの干渉を最低限に済ますことが出来ますな」
「なら、ここて待ち構えるのはどうでしょうか?」
「ふむ。だが、こういかれたらどうするのかね?」
「なら、ここに装甲巡洋艦を配置して逃げ道を防げば…」
「しかし、時間的に余裕があるまい。相手の方がスピードはあるのだ。もう少し別の方法はないかね?」
「なら、こういうのはどうでしょう?」
幕僚達の一人一人が意見を出し合い、待ち伏せのプランが完成に近づいていく。
そして大体の形が決まった後、ビルスキーア少将がノンナの方に視線を向ける。
ノンナがビルスキーア少将を見返すと大きく頷いた。
どうやら問題なさそうだ。
そう判断したビルスキーア少将は、口を開いた。
「よし。プランどおりの位置に動き対応するように各艦艇に指示を。それと巡視船団に、連絡を入れろ。敵が逆走出来ないように追い込んでくれと。いいな?」
「「「了解しました」」」
幕僚たちが、命令を遂行する為に動き出した。
そしてそれを見送った後、ノンナは呟く様に言った。
「さて、それでは私達は、魔女が追い込まれてくるのを終点で待ちましょうか…」
その言葉にビルスキーア少将は大きく頷いたのだった。
「くそっ。こっちもいやがる」
船長が舌打ちをする。
最初こそうまく誤魔化せていたと思われた逃避行だが、三時間もしないうちに巡視船に発見され妨害されるようになった。
運悪く見つかったか。
だが、まだ手はある。
そう思ったものの、その後はまるで雑草号の動きを読んだかのごとく行き先行き先で待ち伏せされてしまっている。
また、昨日にはなかった発砲が何度かあり、その射撃は正確で、際どいものも数回あった。
しかし、それでも船長の的確な指示で雑草号は無傷であり、その都度、その都度をなんとか回避している。
だが、こう何度も読まれ続けているというのは面白くない。
その為に、わざと裏を読んだつもりで動くものの、広い大海ではなく、島と島の間や浅瀬が多いこの海域では打てる手もそれほど多くない上に、煙幕もかなり使い残りが少なくなり、何度も繰り返す最大船速により機関室からは悲鳴の声が上がりはじめた。
じりじりと真綿で首を絞められていくかのような重圧が雑草号のクルー達に覆いかぶさっていく。
しかし、それでも雑草号のクルーは諦めずに船長を中心になってなんとか現状を打破しょうともがく。
それは決してスマートではないし、優雅ではない。
しかし、その姿にアンネローゼは感動を覚えていた。
以前の自分にここまでの熱意があっただろうか。
多分、なかっただろう。
簡単に何でも出来るがゆえに、熱意もなくやっていたようにしか思えないし、出来ない事は、出来ないで済ませていた。
それでもなんとかなった。
それ故に知らなかったことがなんと多いことか…。
だから、アンネローゼは、彼らを見つつ思う。
膨大な魔力を失ったものの、それによって失ったものより、得たものの方がより多いような気がしてならないと…。
そして、何か力になりたい。
そう思うものの、何一つ力になることは出来ていない自分に歯がゆさを感じ始めていた。
そして、ついに雑草号は終点にたどり着く。
前方には帝国海軍の艦隊がその堂々たる姿を見せ、左右は島が遮り、後方は巡視船団が逃げ道を塞いでいる。
完全に袋のねずみという状態であった。
後は、連中の思うまま…。
その状況に、船長だけでなく、船員たちも地団駄をふむ。
「ここまでやられちまうとは…。くそっ、くそっ…」
ギリギリと船長が脂汗を流し、歯軋りをする。
「船長、こうなったら俺達の意地を見せてやりましょう。前方の艦隊を突っ切ってやりましょう」
「そうですよ。接近してやれば同士討ちを恐れて撃てなくなります。それを狙いましょう」
そういう船員達を見る事で落ち着いたのだろう。
「まずは落ち着け…」
船長はそう言ってアンネローゼの方を見る。
「今、この船は依頼を受けて動いている。まずはスポンサーの意見を聞くべきだろうが」
正論を言われ、船員たちは黙り込んだ。
密輸船だからこそ、より依頼を重視しなければならないと船員たちもわかっている為だ。
船員たちが黙り込んだのを確認すると、船長はアンネローゼに聞く。
「貴方の意見を聞きたい」と…。
その問いに、アンネローゼはしばらく黙り込んだ後、意を決して口を開いた。
「まずは相手の出方を待ちましょう。今回の流れから察するに、ただ沈めたいわけではなさそうですしね」
「わかった。このまま相手の出方をみるぞ。ただし、攻撃や沈める意思を感じたら、煙幕を展開しつつ敵艦隊に突っ込んでの強行突破を狙うが構わないな?」
「ええ。それでお願いします。それに…」
そう言ってアンネローゼは微笑んだ。
「最後は皆さんと一緒にいたいですしね…」
その言葉に、船員達は必死に涙を我慢し、船長はやさしくアンネローゼを抱きしめるのだった。




