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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
幕政改革<前篇>

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幕政改革5

登場人物


老中首座 松平武元 右近衛将監 通称:右近

老中   松平康福 周防守   通称:周防

老中   松平輝高 右京大夫  通称:右京

老中   板倉勝清 佐渡守   通称:佐渡

老中格  田沼意次 主殿頭   通称:主殿

明和7年11月10日 江戸城 本丸 黒書院


 会議は踊る……踊り続ける……なにせ踊り手を囃し立てて踊らせ続ける奴ばかりだから……。


 なんだかんだで年貢廃止の方向性が決まった。食糧管理制度の事実上の導入も決まったことで計画的なコメの売買と備蓄に道筋が着いたことは幕府の国家経営に大きな一歩となることは間違いない。


 いや、そもそも、幕府って国家経営なんてする気がなかったんじゃないのかと思ってしまう今日このごろだ。


 現代的価値観、現代的行政観、現代的統治機構のそれからすると、所謂中央政府という役割を全く果たしていない。なんと形容すればいいか悩むところだが、大きな地方自治政府というべきなんだろうか……、どちらかと言えばそういう方向性の統治システムだ。


 だからこそ、国家規模での災害や飢饉への対応が適切でないことが多いと思える。まぁ、勿論、当時の日本はどこもかしこも夕張市みたいな崖っぷち行政組織だらけで自転車操業の財政だし、中央政府であるべき幕府の統治行為は雄藩だけでなく中小藩にすら及ばない。


 ちょっと待てよ……。そもそも、中小藩の藩主たる大名が中央政府である幕府の要職を担っているということそれそのものもオカシイんじゃ……。


 ヤバい……。なんか要らん一言発してしまったら幕府というシステムそのものを破壊しかねんことに気付いてしまった……。


 そんな私の内なる苦悩を他所に右京殿は長崎貿易の拡大を主張し、それに田沼公が乗っかり自説を展開しているのであった。


「右京殿も申す通リ、長崎における貿易の拡大を図るべきであろう。これから欧州勢力の来航も増えるであろうから情報収集も重要になってこよう」


「主殿が申すことも一理あるが、国法である鎖国が形骸化せぬか?」


 鎖国の本義とは、結局のところ幕府による海外勢力と交流や情報の統制、有害であるキリスト教の排除であり、貿易そのものはいずれにせよ重要であり、それを管理するための長崎出島であり、オランダとの通商なのだ。


 史実においても、長崎、対馬、薩摩(琉球経由)での貿易は幕府に、日本各地に大きく貢献している。


 例えば1694年の対朝鮮貿易では利益34万両で、その主要輸入品目は木綿、生糸、漢方薬、輸出品国は銀、銅、錫、胡椒、紅である。しかし、この時代には既に輸入品目のいずれもが国産化出来ており、輸出は兎も角、輸入するものがなかった。


 同じく1685年の長崎出島における幕府公式貿易においては、総取引額がそれぞれ対清貿易が10万両相当規模、対蘭貿易が5万両相当規模あった。輸入は絹製品、生糸、漢方薬で、輸出は金、銀、銅、美術品、工芸品、俵物である。だが、これもまた、国産化で絹製品、生糸、漢方薬は需要を満たしたため後に砂糖が中心となる。


 だが、長崎貿易が額面通りに行われていたかと言えば否だ。なにせ、幕府公式貿易で規定された数字になる以前に長崎奉行を務めたものが60万両もの不正蓄財をしていたし、その後も幕府では長崎奉行を務めれば蔵が建つと言われているくらい実入りが大きい役職だ。


 そして、琉球貿易……。薩摩が琉球を事実上の属領にして琉球を隠れ蓑に長崎出島とは別ルートで密貿易を行っている。これは幕府でも公然の秘密であり、黙認している。その収益がいくらかは判明しないが、江戸市中どころか日本中にべっ甲、珊瑚、象牙などが出回っているのだから何をか言わんや。


 少しメタ回想が長くなった……。右近殿の指摘に田沼公が反論をしていたが、ほぼ聞き流している。


「……であるように、薩摩の抜荷を見逃しておるのであるから然程影響はないと考える」


「……確かに薩摩の抜荷は公然の秘密……だが、幕府としてやるのは……」


 なんかこっち見てる……。嫌な予感がしてならない……。

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