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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
私設鉄道の勃興

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水運と材木と……

明和7年2月10日 江戸 品川湊


「うぅ寒い。誰だよこんな吹きっ晒しで会合するとかイカれたこと言い出したやつは。」


 諸々の事情で水運関係者の会合は5日延期され10日に開催されることとなった。当初予定していた5日は暖かい日で今日みたいに風が強くなく外での催事には丁度良かったが、今日は一転して曇り空で風が強い。


「総さん、言い出したのアンタだぜ?諦めな。」


「だってさぁ、こんな風が強い日とか思ってもいなかったし、ホントはちょこっと外で実演して……って感じに思ってたんだよ?」


 源ちゃんは呆れ顔で仕方ないと言いながら蒸気曳船の準備の為離れていった。


 元々品川湊へ入出港する蒸気船やクリッパー船の補佐用に導入していた蒸気曳船を今回は実演用に改修して河川航行可能にし、これを用いて艀を2隻曳航し品川湊から築地を経由し隅田川を遡上し浅草まで航行するのが今回の計画だ。


 もっとも、艀だけだと水運関係者を乗せるのに不都合であるので屋形船も曳航させ、蒸気曳船、艀、艀、屋形船という並びでワンセットにしている。


「民部様、お久しゅうございます。信濃屋又兵衛でございます。」


「これは、又兵衛殿。荒川鉄橋建設の資材運搬の会合以来ですな。」


 信濃屋又兵衛、先の献金事件の一件以来の付き合いである材木問屋。彼の資金提供や物資調達による貢献は大きく、実質的に江戸近辺における鉄道事業の御用商人になっている人物である。


「此度の件、秩父よりの材木輸送を始め関東の水運に大きく寄与するだけに期待しております。」


「又兵衛殿のお陰でこちらの需要を満たしていただけております故、こちらも出来るだけお返しをと思っておりますが、些か材木の需要が大きくなりすぎているのが気掛かりですが如何でしょうか。」


 彼の貢献で材木供給は滞りなく需要を満たしてくれているが、蒸気船やクリッパー船の建造、そして馬車の大増産、枕木の大増産と木材の需要は右肩上がりでとどまるところを知らない。


 秩父から石灰輸送が始まり、川越藩領でセメント生産が軌道に乗れば枕木用の材木の需要は減るだろうが、暫くは従来通り材木でやりくりしないといけない。


「ご懸念の通リ、今後の需要を考えますと各地の山林は丸裸になりますな。」


「やはり……。」


「また、昨今の需要で材木相場が高騰気味でして、卸価格を値上げしないとならない状態でありまして……。」


 今の江戸は鉄道建設による物流革命による恩恵とその公共事業からの波及効果で景気が良く、インフレが始まっている。その上、奥羽の流民の江戸郊外への定住で住宅用建材としての材木の需要も急増している。


「我々はやりすぎてしまったようですな。」


「ハハハ。景気が良いのは大変結構かと。ですが、材木の需要も統制もそろそろ図らないと不味いかと存じます。」


「セメント供給を急がせるように計らいましょう。」


「是非、セメントの取扱を我らにお任せください。では、私はこれにて。」


 材木だけでなくセメント利権も寄越せと注文を出すのも忘れないとは……。彼だけでなく、先行利権を手にしている者達は皆同じく利権を手放したくない故の売り込みが後絶たないのである。


 岸壁を見ると源ちゃんが指揮を執って水運関係者への講義と実演が始まっていた。あとは彼に任せておけばよいだろう。


 蒸気曳船が汽笛を鳴らして出航したようだ。これが普及すれば建設に時間のかかる鉄道にだけ頼らずに輸送力を拡大できる。それに西国と違って関東は河川が縦横無尽に流れていて、尚且つ川幅も十分あり水運をフルに活用できる。


 河川改修と合わせて運河を所々に開削すれば水運だけでも物流が改善されることだろう。

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