有坂民部の憂鬱
明和7年6月21日 出雲松江 満願寺
荒川水運近代化事業がスタートして4ヶ月、実質的に運行が始まったのは3月末であった。意外なことに最初の荷主は越後屋・三井家だった。館林藩領から忍藩領を経由して荒川を下り江戸へ絹布を輸送するものであった。
従来の利根川を利用する水運や日光街道を経由する輸送ルートに比べ輸送コストが半分以下に圧縮できたことで利益は7割増しとなったそうだ。これに目をつけた江戸市中の繊維系の大店がこぞって荒川水運を利用し始めたことで増便に継ぐ増便が行われ、荒川の水運関係者は嬉しい悲鳴を上げているそうだ。
江戸の好景気の経済効果が北関東にも徐々に浸透し始めたわけだが、その一翼を担っているのがこの荒川水運近代化事業であった。
さて、丁度そんな頃合いに先年から建設が進められていた佐陀川開削事業の第一期工事がついに完成したと連絡があった。そして今、私は佐陀川起点の満願寺にて完成式典に出席している。
「お久しゅうございます。治郷公。」
態々松江城から出張ってきた松江藩主松平出羽守治郷殿に挨拶をする。
「久しいな有坂。いや、今は民部少輔か。出世したのう。」
「これも田沼公のお引き立てによるものでございます。」
「ほぅ?余は上様のお気に入りと聞いておるがのぅ?その方の働き、長州の件も江戸の好景気の件も聞き及んでおるぞ。その方、佐陀川だけで飽き足らず荒川においても細工を仕掛けたと聞くが、どうじゃ?」
そう言えば、治郷公、春まで江戸に参勤していて最近帰国していたんだっけ……。
「御存知の通り、繊維関係の大店が商いを大きく致しております。江戸では服飾、布地の相場が下落し民も恩恵を受けておるそうでございます。」
「左様であろうな。我が領内にも蒸気曳船を導入して水運を活発化したいものであるが、どうじゃ民部、出来そうか?」
あぁもう……。無茶振りし始めたなぁ。
「恐れながら、出雲国の地では蒸気曳船による恩恵は多く望めませぬ。中海、宍道湖であればそこそこの効果が見込めまするが、斐伊川などの河川は水深が浅く、使い物になりませぬ。」
「使えぬと申すか。」
「使えませぬ。出雲国では安来湊から松江までの鉄輸送、神門郡、楯縫郡の食料輸送などが適当な使い道となりましょう。」
「それでは今と変わらぬではないか。」
不満そうだ。とても不満そうだ。どうしようか。
「ですから、申しております通リ、使えませぬ。諦めてくださいませ。どうしてもと申されるのでしたら、斐伊川や富田川を浚渫して水深を深くしてくださいませ。それが出来ましたら使い道を幾つか提示できますが、彼の川はたたら製鉄で常に土砂が流れ込むので期待薄でしょうけれども。」
ガツンと言ってやった。これで引くような御仁じゃないのは重々承知しているが……。
「ならば、他に提示してみせよ。」
「三刀屋近辺の山中に石炭が採れる場所があるはずです。そこを開発なされるがよろしいかと。木炭の代わりに石炭を用いれば山林保護に役立ちまする。開発に目処がつけば、たたら製鉄とは異なる製鉄手段を提供致しましょう。」
これが落としどころだろう……。駄々こねる大名って面倒くせー。
「ふむ。ならば、その方と一緒に来ておった平賀源内であったか?その者に探索をさせるが良い。任せたぞ。」
「探索資金は松江藩が持ってくださるのですね?」
「何を申しておるのか、その方が今回も用立ててくれるのであろう?」
何言ってんだこのオッサン、駄目だコイツ、早くなんとかしないと……。
「佐陀川の運用利益で賄ってください。それくらいは捻出できますでしょう。私は幕府にも同じこと言われておりまして、手持ち資金が底をついておるのです。ケツの毛まで毟るおつもりですか不昧公?」
「その方も大変だのう。幕府に目をつけられると大変だと分かったであろう?そういうことじゃ。」
なんか誤魔化そうとしてるんだが……。
「今回は、松江藩が自前で探索なさってください。」
「ケチだのう。仕方がない。そうするかのう。」
ショボーンとした哀愁漂う背を向けて治郷公は去っていった…。なんか悪者にされてないか?私が……。おかしくね?




