Another View 毛利重就3
明和6年5月28日 江戸 長州藩中屋敷
上屋敷を没収され中屋敷に移ることを余儀なくされたが、半月以上経ち落ち着きを見せたときのことであった。国元から急使が来たのである。
「殿、殿!」
「何事か、騒がしい。」
「国元から急使が、国家老様、急逝との由でございます!こちらに書状をお持ちしてございます。」
「なに!兄上が!?」
「伝え聞きますところ、殿の謹慎処分と山口城、台場の破却に心労が祟り、倒れられ、そのまま・・・。」
「なんということだ・・・。」
「殿、しっかりなさいませ。」
「余は大丈夫だ。暫し、一人にさせよ。」
「はっ。」
近臣を下げると一人閉じこもった。
兄上を苦しめたのは自分だ。上手く立ち回れなかったことがすべての失敗だった。どうする。兄が支えてくれたからこそ、藩の財政が潤い、経済が好転した。だが、今はもう、それを支え、指導するものが居ない・・・。
甥の就任は若いが、奴に継がせて、家臣の若返りを図らせるしかあるまい。
だが、この苦境を招いた幕府とあの有坂民部なる輩には必ず報復してやらねば。これからは兄の弔い合戦じゃ。そのためには今以上の殖産興業を進めねばなるまい。
「誰かある!」
返事がない。そうだった。下がらせたのは自分だった。仕方ない、自ら伝えに参るとするか。悔やんでも悲しんでも居られぬ。復讐の機会を待つのではなく、造らねばならぬのだから。




