長州への懲罰
登場人物
老中首座 松平武元 右近衛将監 通称:右近
老中 松平康福 周防守 通称:周防
老中 松平輝高 右京大夫 通称:右京
老中 阿部正右 伊予守 通称:伊予
側用人 田沼意次 主殿頭 通称:主殿
長州藩主 毛利重就 左近衛少将 通称:左少将
明和6年5月3日 江戸城 御用部屋
長州潜行の報告から半月、私は元の鉄道奉行の業務遂行に勤しんでいたのだが、幕閣は長州藩への懲罰をどうするか協議が行われていた。表面上は至って平穏であったが、幕閣は長州藩を追い詰めるべく証拠などを集め、この日ついに長州藩主毛利左少将殿を召喚、尋問の上で結論を出すことになった。
既にこの江戸城本丸御殿の御用部屋・・・老中などの事実上の執務室だが・・・に老中、側用人という幕府中枢を担う5人が揃い、被告扱いの毛利左少将殿の到着を待っている。
「毛利左少将重就、お呼びにより罷り越しました。」
「左少将殿、よくぞ参られた。」
「お待ちしておりましたぞ。」
「此度の召喚、一体何事でござろうか?ご用向きをお伺いしたく。」
あぁもう、毛利左少将殿は素知らぬ顔をしてやがるなぁ・・・。自分のやらかしたことを知らぬ存ぜぬで通す腹だな。
「左少将殿、此度の山口城普請について申し開きがあるのではないのか?」
「周防殿、山口に建設しておるは、湯治用の御用屋敷でござる。けして城郭などではござらぬ。」
どっかで聞いたセリフだな・・・。このオッサンの孫も同じ言い訳を長州征伐の時にしてたな。これも歴史の修正力ってか・・・。
「ほう、では、江戸の上屋敷と同じような屋敷ではないのか?堀や石垣は要らぬであろう?」
「右京殿の申す通リ、堀や石垣があるのでは陣屋造り、即ち築城じゃ。これは一国一城令に背くものと考えられよう?」
「右京殿、伊予殿、某は堀を築造させてはおりませぬ。既存の川を水路として整備しておるのみ。下流の湯田温泉に御座船で移動できるように、また山口の民が水運を活用できるようにと整備を命じたのみ。堀と言われるは心外でござる。」
「老中三方よ、そう左少将殿を責めるでない。なにせ、我らは伝聞、左少将殿は指示を出した本人。我らと見解が異なっても当然のことじゃ。のう?左少将殿。」
「おぉ、主殿殿はわかってくださるか。左様でござる。」
どんな安い芝居だよ。まだるっこしいなぁ・・・。まぁ、出るつもりはないんだが・・・。しかし、よくもまぁ、こうも出鱈目を抜かせるものだ。
「山口城のことは、我らとしては見逃してやっても良いと思うておるのだが、どうじゃ左少将殿?いくらか、こちらの条件を飲んでくれぬか?それで手打ちにしても良いと我らは一致しておるがのう?」
「山口城ではござらぬ。湯治用御殿でござる。某も要らぬ疑いをかけられても参る故、右近殿の条件を伺いましょう?」
「うむ。防長35万石と比べれば安いものじゃよ。のう?主殿殿。」
「左様でございますな。」
「一つ、萩城もしくは山口城の破却、二つ、製鉄所の破却、三つ、台場の破却、四つ、上屋敷の没収。」
「どうじゃ?これで減封なしで手打ちならば安いと思わぬか?左少将殿も福島正則が如く、御家を取り潰しされたくはなかろう?」
さぁ、どうでる?福島正則の前例から言えば、即刻減封だが、これならば飲めるだろう。もっとも、全部飲めるわけがないから、抵抗してくるだろうが・・・。
「製鉄所と台場は譲れませぬ。」
「何故じゃ?戦の準備を行うなど言語道断ではないか?」
「先日、所属不明の異形なる船と交戦となりましたのが、必要性の証明でござる。」
「ほう?異形なる船とな。左様な報告、聞いておらなんだが、どういうことじゃ?」
あぁもう、右近殿、顔がニヤついているよ。バレるからやめて!
「どうもその異形の船は、品川沖で見かけるものに似ており、品川沖から姿を消した数日後に周防灘と馬関海峡に現れたと家臣からの報告で聞いておりましてな。」
「左様であるか。この日の本で見かけぬ船ならば、異国の船である可能性は高いのう。」
「左様でござろう?故に国法である鎖国を守るため、武装が必要であると申し上げる。」
「じゃが、その異形の船から長州藩は攻撃されたのか?そうではあるまい?」
「追跡に出た我が小早が砲撃にて沈められましたが。」
「で、あれば、長州藩が勝手に始めた戦じゃ。尚更、台場の保持を認めることは出来ぬ。」
「そして、その台場に据え付けられた大筒はどこで量産したものであろうかのう?」
「それは・・・。」
あぁ、この流れ呼ばれるわぁ、隣室で黙って推移だけ見ているとか絶対許してくれないんだな・・・。
「有坂民部よ、入るが良い。」
「ははっ。失礼致しまする。」
「そなた、先日、小倉藩に頼まれて鉄道の現地調査に出向いておったの?その際に、長州藩に撃たれたと申しておったな?違うかの?」
・・・ネタばらしするのか?右近殿、それヤバいよ?今ここでバラしちゃったら下手すると戦よ?やめようぜ、今ならまだ間に合うぜ?なぁ、やめとこうぜ?
「はぁ、確かに申しました。馬関海峡で葵の御紋を掲げておりましたが、大筒だけでなく大鉄砲まで投入していたようで、何発かは命中しました。が、被害は出ておりませぬ。」
「なっ・・・。なんじゃと!?」
「左少将殿、周防灘は知りませぬが、我が艦艇が馬関海峡で攻撃を受けたのは事実でございます。」
「では、下松、徳山、防府三田尻に現れたのはなんじゃ?民部、そちの船ではないのか?」
「知りませぬ。異国船でございましょう?」
「左少将殿、そなたの臣は、幕府に弓を引いたことになるの?そして異国船を無警告で攻撃したわけじゃ、流石にこれは幕府としては見逃すことが出来ぬ。よって、台場を破却するが良い。」
「納得いきませぬ。」
「周防を失ってもよいのか?」
「伊予殿、台場は周防を中心に配置しておる故、同義ではござらぬか。」
「もし異国が攻めてくるようであれば、再構築すれば良い。その際には海防を担当する奉行職を新設する故、左少将殿に任せたい。それで手を打たぬか?我らもそなたが憎いわけでも減封したいわけでもないのじゃ。」
「ならば、せめて製鉄所は・・・。」
うん、製鉄所は絶対に認められない。台場を与えた方がまだマシ。どうせ射程が足りない青銅製大砲なら問題ないもの。
「ならぬ。そなたが越後屋と結託し建設しておる反射炉で青銅製の大筒を量産できるのだから台場を破却した意味がなくなるではないか?」
「各方は我が長州に何ぞ恨みでもあるのか!このような仕打ち、道理が通りませぬぞ。」
だって、攘夷キチガイに大砲なんて与えられるわけ無いだろう。危険の芽は摘むに限る。危険予知トレーニングの基本だろう。うん。
「左少将殿、元は長州藩が山口城建造を始めたのがすべての元凶じゃ。藩庁移転くらいならば、予め届け出れば萩城の破却で済ませてやったものを、台場まで造ったのだから、元和偃武を無にするわけにはいかぬ。これが幕府の結論じゃ。」
「相分かった。その条件飲みましょうぞ。ただし、萩存城で山口廃城で。」
「うむ。それで良い。我らも大藩毛利家を潰さずに済んで良かったと思うておる。」
長州はこれで確実に幕府と私に敵意を持ったことだろうな・・・。あと、製鉄所を失うわけだから越後屋とのつながりが強化されるはず。ならば、越後屋へ監視をすれば動きが読みやすくなるはずだ。
「左少将殿、用件はこれまでじゃ。下がられよ。」
「然らば御免。」
左少将殿、肩を怒らせて帰ってしまった・・・。まぁ、彼の自業自得ではあるんだが、長州征伐よりマシでしょ。問題は、内紛状態とまでは言わないが、藩主親政そのものは比較的上手くいっているけれど、藩主と家臣の間がギスギスしている長州藩がこれで一つにまとまるのかそれとも分裂するのか、そこだ。
出来れば、分裂して左少将殿の指導力が低下することが一番だが・・・。
「民部、そちも下がって良いぞ。問題は当面解決したからの。」
「はぁ、老中方、大変申し上げにくいことを申し上げねばなりませんが、これで長州は幕府に頑然と抵抗すると思われます。そのお覚悟を。」
「そちは戦になると申すのか?」
「いずれ、数年内に戦を覚悟せねばなりません。その際は小倉藩、福山藩、松江藩、松山藩が主役となりましょう。その時に戦備を整えておかねば、長州に負けますぞ。」
「相分かった。それについては改めて協議するとしよう。」
「では、失礼仕る。」
おかしいな、食い止めるはずだったのに長州征伐の後押ししている気がしてならない・・・。相良の盃会に鉄製大砲の試作を正式にやってもらわないといけないな・・・。




