予想が出来そうで出来ないアレ
明和6年1月5日 江戸 新橋 有坂民部邸
贈収賄スキャンダルの危険を察知した・・・・・・というか、あまりにもミエミエなそれに半ば呆れながらだが・・・・・・私と結奈は家人とともにせっせと高札を書きまくっていた。
「告 発:鉄道奉行 有坂民部」
「昨元日より江戸市中の大店より多額の献金があった故、これをもって備蓄米義捐米とし、町奉行所へ目録を送付する。なお、管理は鉄道奉行役宅蔵にて行う故、町奉行の要請で必要に応じて放出する。」
「以下は、現段階での献金者と献金額である。彼の者たちへ多大なる感謝をすべし。今後の献金者も改めて掲示する。」
結果から言えば、江戸市中から評判は非常に良かった。
今まで搾取するというほどではないが、まぁ、江戸の民衆からは暴利を貪る存在同然に思われていた大店への視線がいくらか和らいだ。打ち壊しなどへの抑止力にもなったことだろう。想定外の副産物だ。
また、大店にとってもイメージ戦略上有効だったようで、追加で備蓄米義捐献金を宣言した大店もあった。また、いくつかの材木問屋が材木など建材を現物寄付してきた。さすがにこれはうちで管理できなかったので目録だけ受け取って、後日、普請奉行に届けておいた。
「結奈の思いつきが思いの外効果があったみたいだね。」
「私もここまで副産物が出てくるとか思わなかったわ。民衆を世論を味方に付ける程度を見込んでいたのだけれど。これだけ民衆と大店の間に距離があるとはねぇ・・・。」
確かに天明の大飢饉以前にも江戸において打ち壊しは頻発していた。治安そのものは悪くないが、少なくとも民衆にとっては大店は敵も同然だったのだろう。
「まぁ、これで打ち壊しとかされなくなっただけ状況は良くなったと思うべきなのか、大店がどれだけ恨み買っていたのか自覚したというべきなのか・・・。」
「いいじゃない、先手を打って汚職政治家のレッテルを貼られなくて済んだじゃない。」
そう、問題はそこだ。恐らく、これには越後屋三井が絡んでいるはずだ。その傍証に越後屋三井は1両たりとも献金をしなかった。挨拶は来たけれども・・・。三井の単独犯なのか、幕閣、奉行衆、旗本に共犯が居るのか、外様連中は今のところ表立って敵対するようなことはしていないから無関係と見るべきだろうが・・・。
「なぁ、結奈、この一件、外様大名は関わっていると思う?」
「そうねぇ、断言はできないとけれど・・・関わっていないと思うわ。関わっていると仮定するなら、長州藩かしらね?」
「何故そう思う?」
「旦那様、毛利嫌いじゃない?それに、旦那様ったら手に入ったばかりのオモチャでこれ見よがしに長州藩領の沖合を通過して松江藩まで行ったそうじゃない?それで刺激した可能性はあると思うわ。」
「あー、確かに徳山沖と関門海峡と萩沖をこれでもかってほど厭味ったらしく通過したな。うん、綺麗サッパリ忘れてたわ。」
「オモチャで興奮して見せびらかすとか子供なのかしら、どこぞの名探偵の逆とか嫌だわ。」
「いや、男には108の浪漫があってだな・・・。」
「おだまり。」
「・・・はい。」
物凄くご機嫌斜めになってしまった・・・。
「・・・でも、今回は長州藩は考えなくてもいいと思うわ。私は三井の単独犯、それも、旦那様、貴方の失脚が目的だと思うわ。そして、この集まった約1万両の殆どは恐らく三井がバラ撒いたカネよ。大店が気前良くバラ撒くとか有り得ないもの。追加で献金してきたり現物納付してきた大店は、経営戦略的に学んで身銭を切ってるだろうけれど。」
「ふむ・・・そうか、結奈はそう考えるんだね?」
「ええ、勿論確証はないけれどね。」
なるほど・・・。さすが私の嫁、出来た嫁だ。
「出来た嫁を娶ってよかったよ。」
「そうでしょう?感謝なさい。そして、旦那様の目が出来た幼馴染を見抜けなかった残念な目だって自覚なさいませ。」
「それは嫌味かね?」
「そう聞こえなかったのなら、旦那様の頭も残念だったと思わないといけないところだったわ。」
「・・・」
「これくらい言わせて頂戴。それくらい待たされたのだから。」
「・・・すまない・・・」
どうも、この幼馴染で腐れ縁の嫁には絶対に頭が上がらない様だ・・・。なのに、私を立ててくれるとか完璧な嫁じゃね?何このチート様・・・。




