密貿易の利益分配と将来への投資
明和8年3月20日 江戸 新橋 有坂民部邸
件の密貿易船団が10日に品川湊へ戻ってきた。
買い付けてきた商品は有坂海運の品川倉庫に山積みにされている。また、東北諸藩から買い集めてきた産品の売れ行きが思いの外良く、特に春慶塗や漆器などが高値で売れた。逆に南部鉄器はあまり売れなかったので、そのまま江戸や大坂などに横流しすることになった。
これらの売上を東北諸藩に分配した結果、東北諸藩の中でも産業が育っていない仙台藩を刺激したらしく、久保田藩や会津藩などに技術支援を要請したが専売を理由に断られ憤慨してるという。
仙台藩の特産品と言えば仙台味噌がある。江戸でも仙台藩下屋敷で江戸勤番藩士向けに醸造されているそうだが、一部余剰分を江戸市中向けに販売しているという。大々的に売れるものが味噌しかないのは、米所でコメの換金依存で財政がある程度賄えているが故に換金産品の育成普及を疎かにしてしまった弊害だ。
だが、保存が効くので、備蓄食料として、航海用食料として有坂海運が一定量を定期購入するという形で当面の補填をすることになった。まぁ、江戸市中に放出すればそれなりに売れるしね。
と、まぁ、そんなこんなで密貿易の収益の分配の結果、幕府(=有坂海運)の取り分は3万両となった。密貿易の利益としては十分なものだろう。さすがに長崎での公式貿易総額5万両を超えるというのも不味いからね。
VOC経由で欧州から入手した分と現地から買い付けた品物は砂糖、ガタパーチャ、キニーネ、ジャワ更紗、インド更紗、黒檀、白檀、新型銃など。
幕府としては砂糖を特に所望していたが、そこは輸入制限を掛けた。仮に輸出総額の大半を砂糖輸入に振り向けた場合、砂糖の市場価格が暴落するとともに密貿易が一発でバレる。そんな事態は避けねばならない。
そして、今後起きるであろう長州征伐に必要な軍備……大砲は兎も角……小銃は確実に国産化する必要があり、そのためにも最新型の小銃を確保しておかねばならない。
この時代の最新型……と言っても普及している……小銃と言えば、ゲベール銃だ。イギリスだとブラウン・ベス、フランスだとシャルルヴィル・マスケット・モデル1770辺りだろう。銃単体の性能では、不発率の点で火縄銃に劣るが、大量配備して集団戦をする場合における優位性がある。また、銃剣装備が可能である。
尤も、この程度であれば態々輸入する必要はない。なにせ、その技術は関ヶ原以前に伝来している。源ちゃんに頼めば1ヶ月もあれば火縄銃を改造して量産化に至れるだろう。
問題はそこじゃない。そんな火縄銃と大して差のない小銃を量産しても駄目である。じゃあ、どうするのか?そこである。
2万両の大金と引き換えにイギリス陸軍将校ファーガソンを引き抜き、ファーガソン・ライフルを実用化させるということだ。彼は去年明和7年に後装式の特許を出していた。それを出島オランダ商館のカピタンから聞き出したことで彼の身柄を確保することを立案したのである。
彼は運悪くアメリカ独立戦争で戦死してしまうのだが、もし彼が戦死していなければ後装式の実用化は50年以上早まったことだろうと思う。
彼の来訪に大金を注ぎ込んだ結果、密貿易の利益は随分と減ってしまった。だが、その副産物としてイギリスとの関係を築くことが出来たのである。




