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明日も葵の風が吹く  作者: 有坂総一郎
密貿易

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右近の贈り物

明和8年3月4日 江戸 館林藩上屋敷


 御城における用事を片付けた後、すぐに帰宅するつもりだったが、こういう時に限って誰かに捕まるものである……。黒書院を出てすぐ、登城してきたばかりの老中首座松平右近殿に捕まったのである。


「民部!そちも登城しておったのか」


「これは右近様、某の用は済みまして下城するところでござます」


「そうか、では、余もすぐに所要を済ませる故、我が上屋敷に先に参っておれ」


 何かよくわからんが、拉致されることは確定しているようだ……。


 右近殿は言うやいなや黒書院に入り、私は言われた通リ館林藩上屋敷に向かった。


 

 館林藩上屋敷に到着して客間に通され待つこと四半時、呼び出した当の本人が戻ってきたようだ。


「待たせたな、民部。そちに渡そうと思っておったものがあってな」


「如何なものにございましょう」


 くれるという物を遠慮するのも失礼と思い興味津々という体を取ってみた。


「うむ、そちも室がおろう?ならば、斯様なものを与えるのが良いかと思ってな」


 右近殿が開いた襖の先を見ると桜色の友禅があった。


「……」


「どうした?気に入らぬか?」


「いえ、斯様なものをいただくのは気が引けましてございます……」


「構わぬ。その方の働きに報いるために仕立てた。貰ってくれぬと困る」


 とは言え、昨今流行り贈収賄に当たるのでは?と脳裏で警戒音が盛大に鳴っていることもあって難しい顔をしてしまった。


「賄賂と考えたか?」


「右近様が某に左様な真似をなさるとは思えませぬが、我ら以外のものがどう受け止めるかを考えますと……」


「相分かった。では、上様に献上するとしよう。その後、そちに下賜される形を取れば問題なかろう」


「左様であれば、喜んで頂戴致します」


 なにせ、私は成り上がり者なだけに各所で反感を買っている。その上、上様と老中との距離も近いだけに旗本連中からは盛大に誹謗中傷が……。それを考えると老中からの高価な贈り物なんて受け取れば失脚させる好機に取られるだろう。


「そちも室になんぞこのような物を与えるくらいの甲斐性を持つべきぞ」


「ご忠告痛み入ります、早速、日本橋にでもより何か買って帰ることと致しまする」


「そうするがよかろう。そうじゃな、この友禅に似合う髪飾りでも買ってやると良いだろう」


「左様でございますな」


「余のそちへの用とはこれだけじゃ、これからも精進するのだ」


「心得ました」


 礼を述べ、館林藩上屋敷を辞した頃には日が落ちる手前であった。

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