結奈に癒やされる
明和7年11月10日 江戸 新橋 有坂民部邸
「……やっと帰宅できた……疲れた……」
なんだかとても長い一日だった気がする……。
「……さて、行くか……」
「行くって何処に?」
「何処にって……っひゃー……」
「何よ、幽霊か妖怪にでも出会った様じゃない……失礼しちゃうわ」
いや、突然声をかけられたら驚くだろう……。
「誰もいないと思っていたのに独り言に反応されたら驚くだろう……」
背後に居たのは最愛の妻である結奈だった。そして、これから会いに行くつもりだった人物だったから二重に驚いた……。
「旦那様が帰宅されたのに迎えに行かない妻がいるとでも?」
「あぁ、そうなんだ。」
「何よ、どこに不満があるのかしら?」
不満なんてないんだが……。
「いや、いつも思うけれど、態々出迎えなんて……寒いだろう?部屋で待っていればよいのに」
「ふふっ……そう言ってくれるのね、ありがとう。」
なんか少し心が軽くなった気がしないでもない。
「……それで旦那様?」
「うん?どうした?」
「どうしたじゃないわよ。また眉間に皺が寄ってるわよ……御城で何かあったみたいね」
はぁ~っと溜め息を吐く結奈に、どうしたもんかなと考えていると結奈が手を引いた。
「なっ、なんだ?何処へ行く?」
「お風呂よ。命の洗濯をしに行くの!」
「風呂って……引っ張るなよ……結奈……お前も入ってどうするんだ?」
結局、結奈と一緒に風呂に入ることになった……まぁ、夫婦だから駄目なわけじゃないんだが……。
「それで、心労の原因は何?」
隠した方が良いのかな?と考えたが正直話すことにした。
「老中方と会議ってのは今朝話したよね」
「ええ。大坂城代からの密書の件で火急にって……」
「何故か長州対策が幕政改革になって……」
「待って、また面倒事を?」
「例の如しで……」
呆れた顔した結奈が仕方ないなぁという表情に変わるまで3秒だった……。
「で、今度は何?蝦夷地でも行くの?」
「いや、私は江戸に居るんだけれど、密貿易することになった……」
「えっ?何?今なんて言ったの?」
「密貿易……幕府が出島以外で貿易をやることに決まった……」
有り得ないって表情の結奈を見るのも貴重だと思う。
「……それで有坂海運を使って密貿易をやるってことなのね?」
「そういうこと……幕府が密貿易やるとか何考えてるんだか……」
「でも、反対しなかったんでしょう?」
よく分かるな……見てきたんじゃなかろうな?
「反対はしなかった。ついでに史実で浜田藩がやらかした密貿易を提案した」
「結局、旦那様が主導してるようなものじゃない……」
「そうなるね……まぁ、でも、蝦夷地へ行けとか言われるよりマシだよ」
「そうね」
蝦夷地なんか行かされたらそれこそ年単位で帰ってこれないだろう。
「結奈と子供から年単位で離れるとか嫌だしね」
「……ちょっと何よ?いつもそんなこと言わないのに……」
顔が赤くなって照れている結奈が何時になく愛しく感じられる。
「たまには良いじゃないか。素直に言う時だってあるさ」
「……莫迦」
その後は特に政治向きの話をすることもなく、結奈の手料理を食べ、子供を構い、床につくまで結奈と一緒に過ごした。




