第27話 ずれていく日常
その日の帰り道。
駅のホームは、少し混んでいた。
夕方の人の流れ。
電車が入ってくる音。
風が強く吹き抜ける。
美月は白線の内側に立っていた。
圭太はその少し後ろ。
「次、これだよな」
圭太が電光掲示板を見る。
美月はうなずいた。
でも、返事が少し遅い。
「……うん」
電車がホームに入る。
ブレーキ音。
人の波が動く。
そのとき。
美月が一歩、ふらついた。
ほんのわずか。
でも確かに、体が揺れた。
圭太の手がすぐに伸びる。
腕を掴む。
「大丈夫か?」
美月はすぐに笑った。
「うん、大丈夫」
でも、手が少し冷たい。
圭太は離さなかった。
「座るか?」
「大丈夫だって」
少し強めの声。
そのあと、すぐに柔らかくなる。
「ほんとに」
圭太は少し迷ってから手を離した。
電車に乗り込む。
ドアが閉まる。
人で埋まる車内。
つり革に掴まる。
美月は窓側に立った。
外の景色が流れていく。
ビルの光。
すれ違う電車。
美月はそれをぼんやり見ていた。
「さっきのさ」
圭太が言う。
「本当に大丈夫か?」
美月は少し間を置いてから答える。
「うん」
でも、目は外を見たまま。
圭太は続ける。
「病院、ちゃんと行ってる?」
美月の指が、わずかに止まる。
「行ってるよ」
短い答え。
圭太はそれ以上言えなかった。
電車が揺れる。
アナウンスが流れる。
「次は――」
その声がやけに遠く感じる。
しばらくして、電車が止まった。
人が降りる。
少しスペースができる。
圭太は席を見つけた。
「座るか?」
美月は首を振る。
「いい」
でも、その直後。
小さく息を吐いた。
圭太は黙って、美月の手首を軽く引いた。
「いいから」
半ば強引に座らせる。
美月は少しだけ困った顔をした。
でも、抵抗はしなかった。
「ありがと」
小さな声。
圭太はその前に立つ。
つり革を掴む。
視線を少し落とす。
美月の顔色が、少しだけ悪い。
「なあ」
圭太が言う。
「無理してないか」
美月は笑った。
「してないよ」
その笑顔は、昨日と同じだった。
でも、どこか違う。
圭太はその違和感を言葉にできない。
電車はまた動き出す。
ガタン、と揺れる。
美月は一瞬、目を閉じた。
すぐに開く。
何もなかったように。
圭太は見ていた。
気づいてしまった。
でも、何も言えなかった。
やがて、駅に着く。
二人は電車を降りた。
改札へ向かう人の流れ。
足音。
ざわめき。
その中で。
美月がふと立ち止まった。
「……ごめん」
小さな声。
圭太が振り返る。
美月は壁に手をついていた。
呼吸が少し荒い。
「大丈夫か!?」
圭太が駆け寄る。
美月は首を振る。
「ちょっとだけ」
息を整える。
数秒。
それから、顔を上げた。
笑う。
「ほら、大丈夫」
圭太はその笑顔を見て、何も言えなくなる。
でも。
胸の奥に、はっきり残る。
消えない違和感。
「なあ」
圭太が言う。
「明日」
美月を見る。
「病院、行こう」
美月の表情が止まる。
ほんの一瞬。
それから、笑った。
「いいよ」
あっさりした返事。
でも。
その目は、少しだけ揺れていた。
二人はまた歩き出す。
人の流れに混ざる。
日常は、続いている。
でも。
確実に。
何かが、ずれていた。




