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しあわせの中に 彼女をさがす  作者: はやはや
9/14

 点灯式から五日後の夜。思いもよらないことが起きた。

 僕は珍しく当直勤務の翌日に、休みが取れた日だった。買ったものの読む時間が取れず、棚の上に置いた本が何冊か積まれていた。

 その日は朝から、本に塗れて過ごしていた。



 テーブルの上に置いていたスマホが、ヴヴと一定のリズムで震えながら鳴った。ソファーに座ったまま手を伸ばす。彼女からの着信だった。

 思いも寄らないことに、一瞬どきりとする。深呼吸してから

「はい」と電話に出た。少し間があってから、彼女の声がした。

「……急に電話してごめんなさい。あの……無理を承知で言うんですけど、今からイルミネーション、見に行きませんか?」

 唐突な誘いに驚いて言葉が出ない。返事に迷う。ただ、彼女の声がいつもより沈んでいて、切羽詰まっているようなのが気になった。

「何かあったんですか?」

「今、何て言うか……怖くてたまらないんです。一人でいるのが」

 言葉を探すように彼女は答える。その声は震えていた。放っておいてはいけないような気がした。

「いいですよ」

 僕のその言葉を聞いて、彼女が安堵する息遣いが、スマホの向こう側から伝わってきた。

 前回と同じように精華医大の前で待ち合わせることにし、電話を切った。



 大晦日まで一週間を切った今夜は、今季一番の冷え込みだった。外に出た途端、体温が一気に下がるようだった。足元からも寒さが這い上がってくる。

 正門前に着くと、ほどなくして彼女がやってきた。その表情を見て、会うことにしてよかったと思った。

 触れただけで割れてしまう、薄い氷のような頼りなげな表情をしていた。いつもの優しい表情の欠片もない。

「突然ごめんなさい」

 と呟く声にも力がなかった。彼女の様子が気になりながらもとりあえずチケットを見せ、キャンパス内に入る。

 外でイルミネーションを見るには、今夜は寒すぎると思った。きっと五分もその場にいられない。

「こっちにきて」

 彼女に声をかけ、図書館前の並木道の途中で、八階建ての教室棟につながる通路に出る。教室棟の入口の扉には〝こちらの扉は午後九時に施錠します〟という貼紙があった。

 スマホで時間を確認すると、午後八時前。一時間はある。

 彼女は言われるがままついてきた。エレベーターに乗り五階を押す。

「外でイルミネーションを見るには寒すぎるから」

 僕がそう言うと、彼女はこちらに顔を上げた。その瞳を見て泣き腫らしたことがわかった。



 五階に着き、エレベーターの扉が開く。

 正面はガラス張りになっていて、その向こうに光り輝くシンボルツリーが間近に見える。

 ここから見えるシンボルツリーが、一番綺麗ということも、ここに通っていた時に知った。その頃の僕にとって、その景色は苦々しいものだったのだけれど。

 ガラスにそっと指先をつけ

「すごい……手が届きそう」

 と彼女が言った。



 じばらく黙ったまま、窓の向こうの光を彼女は見つめていた。そして口を開いた。

「帰って一人でいたら、不安に呑み込まれそうになって。

姉もあの時、一人だったんだ、と思ったら怖くて仕方なくなって……」

 彼女の瞳は窓の向こうに向けられたままだ。

「ちょうど一年前、姉が倒れたんです。翌日、連絡がつかない姉を、職場の人が心配して家にくるまで、姉は冷たい床の上に、倒れたままだったんです」

 淡々とした口調で続ける。

「幸い命は助かったんです。でも、発見が遅れたぶん、後遺症が残って。命が助かったことを、喜ばないといけないってわかってます。

 でも、やっぱり、どうして姉がって思って。

……辛くて、悔しくて」

 そこまで言うと彼女の瞳から涙が溢れた。次々と涙が頬を伝い、細い顎の辺りで水滴になる。

「この一年、すごくしんどかったです。父も母も悲しみに暮れているし、私も悲しかったけど、同じように悲しんだら、姉がいたたまれない気持ちになるんじゃないかって。

 自分の感情に蓋をして、我慢してきました」

 そう言って瞳を閉じると、さらに幾筋もの涙が頬を伝った。

 僕は彼女にかけるべき言葉を見つけられないでいた。というより、何も言ってはいけないような気がした。

 ただできたのは、ガラスに触れたままの彼女の指先に、そっと手を当てることだけだった。細い指先は、感覚がなくなってしまっているんじゃないかと思うほど、冷たくなっていた。

「最後に」

 そう言って彼女は、シンボルツリーに向かって祈る仕草をした。

 それはきっと、お姉さんのこと。幸せとか、安泰とか、そういうことなのだろうと思った。

 深呼吸し、彼女がこちらに向き直った。

「ありがとうございました」

 その声と表情は、どこかすっきりしていた。

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