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しあわせの中に 彼女をさがす  作者: はやはや
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二人の距離

 室内にいたとはいえ、教室棟の暖房は切られていて、二人とも体の芯から冷えてしまった。

 扉を開けて外に出ると、一層冷えた空気が体温を奪うようで震えが止まらなくなった。気がつくと僕らはどちらともなく、腕を組み、体を寄せ合って歩いていた。

 あまりの寒さに、駅に向かう途中にあるカフェに逃げ込んだ。平日の夜なのに人が多く賑わっている。その賑わいで、今日がクリスマスだと気がついた。

 温かいコーヒーを口にすると、少し寒さが和らいだ気がする。さっきまで腕を組んで歩いていたのに、改めて向き合うと照れ臭くなって、お互い黙々とカップを口に運んだ。

 周囲の喧噪がありがたかった。

 彼女の耳元には蝶の形のピアスが、きちんと二つついている。

「そのピアス、お気に入りなの?」

 訊くと彼女は耳に手をやり、ピアスを触る。

「はい。誕生日に姉からもらいました。独り善がりだとは思うんですけど、いつでも一緒って気持ちで」

「お姉さんと仲いいんだね」

 姉妹という関係は、そこまで深くつながることができるのだなと思う。

「そうですね。若宮さんは、妹がいるって言ってましたよね?

兄、妹ってどんな感じなんですか?」

「僕が高校卒業した後から、一緒にいないし物理的に会える距離にもいなかったから、遠い存在だね。妹は」

 それを聞いて彼女は首を傾げた。

「妹、海外留学してたから。ピアノで生きていきたいっていう子だったんだ」

「え! すごい。ピアニストですか?」

 彼女の問いに頷く。妹自身が目指している、リサイタルはまだ実現していないけれど、ピアノで生きていくという夢を、妹は叶えていた。

「藤澤さんも仕事で弾くでしょ? ピアノ。

爪がいつも綺麗に切られてる」

「そんな大した曲は弾かないです。童謡とか」

 彼女の指先が妹の指先と重なった。



 妹が中学の頃、友達を家に連れてきたことがあった。

 校則で禁止されていたはずだけれど、その子は爪を整え、ネイルをしていた。それを見せられた妹は

「いいなぁ」

 と羨ましそうに言っていたけれど、自分も同じようにしようとは、絶対にしなかった。どんな時も、ピアノが第一だった。


「楽器が演奏できるって羨ましいよ」

 そう言うと彼女は笑って頷いた。



 カフェを出た後、駅に向かって歩いた。隣を歩いていた彼女が、半歩下がったかと思うと、僕のコートの肘の辺りを引っ張る。

 立ち止まり振り返ると、恥ずかしそうな表情の彼女がいて「手、つないでもいいですか」と言った。

 コートを引っ張ったままの、彼女の手はつるりとしていた。彼女の手に向けて僕が手を伸ばすと、そのつるりとした手が滑り込んできた。

 そっと握ると、温かくてやわらかい。優しく握り返す彼女の指が、僕の手の甲に触れる。

 その時、言いようのない感情が湧いた。

〝彼女に側にいてほしい〟というより〝彼女の側には僕がいたい〟という感情。

 つないでいる手を通して、この感情が伝わればいいのに、とさえ思った。



 駅が見えてくる。手を離す前に訊いた。

「名前で呼んでもいい?」

 すると彼女は嬉しそうに頷いた。

「私は〝君〟を付けていいですか? 良平君。

年上の人を呼び捨てにするのは気が引けるので」

「じゃあ丁寧語は、なし」

「わかりました。あっ、わかった。また連絡していい?」

 律儀に言い直す彼女を、愛おしいと思った。

「うん」と言うと、安心したような表情になり、その手を僕から離した。改札を通ったところで振り返り手を振る。

 その口が「またね」と動くのがわかった。

 頷いて僕も手を振り返す。



 この日が初めてだったかもしれない。僕がはっきりと、自分の意思を感じたのは。

――彼女の側には僕がいたい

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