彫金師
「帰れ」
張り詰めた空気の中、シルヴェストルが容赦なく言い放った。
「………………ぃゃ」
対してギルは、叱られた子供のように――事実その通りだが――その小さな唇を固く結んで、俯いていた。
「ふざけるな。なんのためにお前を預けたと思ってる? お前に才能があると思ったからこそ、知り合いの彫金師に頼み込んでお前をフォルタース工房に預かってもらったんだろうが。3年間世話になっておいて、嫌になったから帰ってくるだと? 甘えるのも大概にしろ」
シルヴェストルが冷たく言うと、ギルは弾かれたように顔を上げた。
「違うもん! ただの甘えで戻ってきたわけじゃない! あたしにはあたしの考えがあって、フォルタース工房を離れようと思ったの!」
「どうせ人間関係に嫌気がさしただとか、そんな下らない理由だろ」
「……人付き合いが嫌いで彫金師になった叔父さんに言われたくないもん」
「おま、誰にそんな入れ知恵をされて……」
「えへへ……」
一杯くわせたとばかりに、ギルは得意になった。それからまた真剣な顔つきをし、シルヴェストルに頭を下げる。
「お願い、叔父さん。あたしをここで雇って」
「だめだ。フォルタース工房はお前にとって最善の環境だ。あそこは工場みたく規模がでかいし、設備も破格にいい。弟子の育成にも力を入れていて彫金師が育つ土壌ができてる。俺は俺のやり方でしか教えられないが、あそこでならお前に一番適した彫金のしかたが見つけられる。それに政府からの認可が降りやすいから、彫金師として自立するのに有利だ」
「技術なら、もう一通り吸収してきたもん。自立するって言うならここの工房で働いたって同じでしょ? 叔父さんはあたしのこと舐め過ぎだよ。あたしはこの三年間で、誰よりも巧くなった。新人の中ではあたしに勝てる人なんて誰もいないよ。それどころか中堅クラスの彫金師にも引けを取らないって言われてる。あたしはもう、一人前なんだよ」
「舐めてるのはお前だ。たかが三年間で何がわかる? 確かにお前には才能がある。いや、そんな言い方じゃ足りないくらい、破格のものを授かってる。百年に一度の逸材と言っても言い過ぎじゃないかもしれない。でもな、今のお前程度の彫金師だったらこの街でもざらにいるさ。俺だってその一人だ」
「そりゃ、あたしにはまだ未熟なところも多いよ。でもね、あの工房にいたらあたし、腐っちゃう気がする。このままでいいのかって、ずっと悩んだ末に決めたことなの」
「腐ってるのはお前の傲慢さだ。ぷんぷん臭ってくるぜ、まったく」
呟くようにシルヴェストルが言った。するとそれまで黙って話を聞いていたフィエニャが、シルヴェストルをたしなめるように口をはさむ。
「ねぇシルヴェストル。怒る気持ちも分かるけれど、ちょっとはギルの話も聞いてあげて。もうギルだって十三歳になったんだから。いつまでも子供のままじゃないわ」
フィエニャの言葉に、不貞腐れたように黙り込んでいたシルヴェストルがもう一度口を開く。これまでの厳しい口調とは違って、ギルを気遣うような柔らかい口調に変わっていた。
「……なぁ、ギルトルーダ。何が不満なんだ」
「……」
「ギル、素直な気持ちを言えばいいのよ」
泣き出しそうなギルを見て、フィエニャは優しく言った。
「……人殺しの道具を造ることが、もう嫌になった」
ギルの一言に、その場にいた一同は黙りこむ。
それからシルヴェストルが、諭すように言葉を紡いだ。
「魔具は、ナイフや銃と同じだ。使うものの精神が宿り、殺しもするし生かしもする。わかってるだろ」
「うん……だけど」
「それが嫌なら、宝飾の道に進め。お前には紋章術のセンスがあるから、紋章彫金が向いているとは思うが……。でも宝飾だって好きだろ? 元々そっちの道から入ったんだしな。お前の祖父さんもその方が喜ぶのかもしれん」
「それも迷ってるの。でも宝飾彫金師は収入が少ないし……」
「若いのに、そんなこと気にすんな。いくらでもやりようはあるさ。ていうかお前、まさかうちの工房にアクセサリーを並べて売ろうってんじゃないだろうな」
「……だめ?」
「だめに決まってるだろ! 紋章彫金師の工房で、きらきらした石のついたペンダントやら指輪を売れるか!」
想像して可笑しかったのか、フィエニャは吹き出してしまった。そんなフィエニャとは裏腹に、ギルは険しい表情で語る。
「ソルダード事件、知ってるでしょ」
「ああ、知ってる」
ソルダード事件については、ユウリも耳にしたことがあった。半年ほど前、ソルダードという脱獄囚が、行方を追っていた警吏の10名近くを返り討ちにし、虐殺した事件だ。ソルダードは咎目、つまり能力者だった。ソルダードは間を置かず殺されたが、事件は長く世間を騒がせた。咎目が能力を使ったのだ。当然、ソルダードが密かに手にしていた魔具の出所が取りざたされ、問題となった。
「あの事件で犯人が着けてた魔具が、うちの工房のものだったの」
「……まさか、お前の造った魔具だったのか?」
「ううん、わからない。でもその可能性だって充分にある。もし違ったとしても、紋章彫金師を続けている限りは、今後必ずそういうことが起きる」
「そうだな。あり得ることだ」
「だからあたしは、あたしの作品を委ねる相手を、よく知っていたいの。相手をよく知って、心から信頼できると思った人にだけ売る。今の工房ではそれができない。次々と能力者があたしの元にやってくるけれど、あたしは相手のことを何ひとつ知ることはない。ただ相手の腕に合わせて、相手の魔力に合わせて魔具を造って渡すだけ。すぐに顔だって忘れちゃう」
「それはフォルタース工房に限ったことじゃないだろ。俺だって客が魔具をいつ何に使うか詳しく把握してるわけじゃねぇよ。客の一人が魔具を道端に放り捨てて、それを悪人が拾うかもしれん」
「もしそうなったら、人を見る目がなかったと諦める。だけど一人の彫金師として、最後まで責任は持っていたいの。だからあたしは誰よりも巧くなって、だれもが大金を積んでも買いたがって、でもごく限られた人にしか売らないような、そんな彫金師になる。もしそれでやっていけないようなら、素直に宝飾の道に進む。あたしは人が不幸になるために彫金をしたくない」
シルヴェストルは諦めたように溜息を吐いた。
「ったく……また居候がこの工房に増えるのかよ」
「……! それじゃ、叔父さん……!」
「じゃあな、こうしようギルトルーダ。試しにユウリの魔具を造ってみろ。こいつがお前の顧客第一号だ。俺が今のお前の腕を見定めてやる。なにしろお前はこの工房の看板を背負うことになるんだからな、安い仕事はさせられん。半端なもん作りやがったらぶっ飛ばすからな」
シルヴェストルが言うと、ギルは胡乱げな視線をユウリに向けて叫んだ。
「っていうか何なのよこいつはぁ!? なんで咎目がここにいんのっ!?」
「ちょっとギル! そんな言い方失礼でしょっ」
「いや、あの……俺は別に」
フィエニャがギルを叱ると、ユウリは苦笑いした。
シルヴェストルは面倒くさそうにギルに向かって説明した。
「こいつの名前はユウリ。ちょっと事情があってうちで居候してんだ。別に悪いやつじゃない」
「悪いことしたから咎目になったんじゃないの!」
「やっぱお前まだガキだな。色々あんだよ、世の中ってのは。悪人だけが犯罪者になるわけじゃないし、善人がみんな立派なことをするわけでもない。まぁ事情を話せば長くなるからだな、お前はそんなこと気にせずにさっと魔具だけ造ってやってだな……」
「だーかーらー! あたしはその『事情』ってやつを知った上で魔具を作りたいの!」
「面倒くせえやつだな……おいユウリ、話せる範囲でいいから話してやってくれないか。お前も魔具がひとつ手に入ったら、この先に旅をするのに何かと便利だろ?」
ユウリはうなずいた。
「そういうことなら、ちょっと長くなるけど、順を追って話すよ」




