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旅立ち

空が白み始めた頃、ユウリはテルミナ駅に着いた。

 鉄道は既に駅に到着していた。

 自分の座席を探し、ユウリは荷物を下ろす。

 さすがに個室とまではいかないが、それでもユウリの乗る客室は四席ごとに間仕切りで区切られた、コンパートメント席になっていた。

 ユウリの席が最後尾であることもあって、他の乗客が行き来することもない。

 さらに探偵は隣や向かいの、相席となる他三席をすべて買い占めていた。しばらくは他人の視線を気にせず寛げそうだった。


 ユウリは帽子を目深にかぶり、座席を深く倒した。どっと疲れと眠気が襲う。探偵のおかげで誰に遠慮することもなく眠ることができる。

 色んなことがあったな――そう物思いに耽りながらまどろんでいると、ユウリはうつらうつらと眠りに誘われていった。

 

 眠りに引き込まれ、想念が夢へと変わりはじめた頃になって、不意に誰かの気配を感じてユウリははっとした。


 ユウリの心臓が跳ねた。いつのまにやら目の前に、車掌が立っていたのだ。

「乗車券を拝見します」

 車掌が能面のような無表情で言うのを聞いて、ユウリは慌ててポケットを探る。

 差し出された乗車券を受け取ると、車掌が不審げにユウリをジロリと見つめた。ユウリは冷や汗をかき、思わず顔を背けてしまった。

「何かお忘れでは?」

「は……?」

 まずい、とユウリは思った。

 乗車券は本物のはずだ。偽造物であるようなことは、探偵は何ひとつ言っていなかった。第一、顔写真やらのついた証明書の類でもあるまいし、偽造するほど探偵にとって入手し難いものでもないはずだ。

 車掌の言葉にユウリはまったく心当たりがなく、戸惑った。

 やましいことがあるとすれば、それはユウリが咎目であることだけだ。鉄道内ではできる限り目立たないように、身を潜めているつもりだったのだ。

「……何か問題でも?」

 ユウリは座席に座り込んだ姿勢のまま、わずかに視線を車掌へと向けた。帽子を目深に被ったまま、咎目であることを悟られないように。

 車掌の表情は読めない。怒っているようでもあるが、単に事務的に仕事を進めているだけのようでもある。

「ええ、失礼ですが大変な問題があります。お気づきになりませんか?」

「いや……なんのことか」

 動揺を悟られまいとしながらも、ついぶっきらぼうな答えかたをしてしまう。

「まさか、おわかりでない? これを見ても?」

 車掌はそう言って制帽に手をかける。

 ユウリは全身が冷たくなるようだった。ここで咎目だと気づかれてしまっては、監獄に逆戻りだ。車掌には申し訳ないが、いざとなれば昏倒させるつもりでユウリはもう一度ポケットを探る。ポケットには、旅の準備をしているなかで手に入れた、粗悪品の魔具があった。ユウリは相手に咎目を悟られないよう、帽子の陰からそっと車掌の挙動を窺った。魔具を装着し、一瞬で背後に回り込み絞め上げる――そんな筋書きを描くユウリの目の前で、車掌は制帽を脱いだ。 

 弾力のある艷やかな栗毛色の髪がさらりと流れる。薄く黄色みを帯びた瞳は、中心部の瞳孔が深い黒色で、瞳の周囲も同様の黒で縁取られていた。どことなく黒猫を思わせる印象深さだが、肌は冬景色のように、淡く白んでいる。

 女は口元をかすかに歪めてにやりと笑った。

「報酬の受け取りを忘れていないかい? 用心棒くん」

 ユウリは言葉を失った。

 その口調も、皮肉めいた笑みも、紛れもなく探偵のものだ。しかしユウリが知っているあの印象の薄い冴えない探偵ではなく、顔だちの美しい、神秘的な魅力を持った女性だった。ひょろ長いという印象を抱いていた背丈も記憶より小さく、ユウリよりやや低いようだ。

「……知らなかった。あなたがこんなに美しい女性だったなんて」

 ユウリが言うと、探偵はまたにやりと笑う。

「さぁ、どうだろうね。偽ることは私の十八番だからね」

 これまで覇気のない喋り方をしていたのも、偽っていたのだろう。滑らかで整った発音は品の良さを感じさせた。

「さぁ、これが私からの最後の報酬だ」

 探偵は制帽を小脇に抱えながら、制服の内ポケットからいつものように封筒を取り出しユウリに突きつけた。

 だがユウリは伏し目がちに首を振り、受け取ろうとはしない。

「……報酬なんて。受け取れない。俺は何もできなかった」

「悔いているのかい?」

「……」

彼女アリテのことは決して君の罪ではないよ」

「でも俺は、彼女を救えなかった」

「力が及ばなかったのは、私も同じだ。決して君に責任があるわけではない。仮に落ち度があると言うならば、それは私にだってある。思い返せばたくさんの後悔が湧いてくるよ。もっと私がうまく立ち回っていれば、あんな悲劇は起きなかったのだろうかって」

「あなたが責任を感じる必要はないよ……」

「そう。だから私も君にそう言っているんだ。君に責任はない。君は彼女を想い、精一杯のことをしたんだ」

「そりゃしたよ。精一杯頑張ったさ。用心棒なんて慣れないこともした。たくさん人を傷つけた。だけどどれもこれも、アリテの命を救おうとしてやったことだ。結局は、全部無駄なことだったじゃないか」

「そんなことはないさ。君は彼女を救えなかったかもしれない。だが彼女は君のことを救うことができたんだよ。そうだろう?」

「…………」

「さあ、受け取るんだ。旅には先立つものが必要だろう? 二人分の生活を賄おうとするならばかなりのまとまった金額が必要だよ」

「……二人? なんのことだ」

 探偵の言葉に、ユウリが訝しげな表情をする。すると彼女は微笑みながら客室の外に視線をやった。

 そこには巨大な荷物を背負い、さらには大きな革のトランクケースまで抱えた少女が、バツの悪そうな様子で立っていた。

「ギル……」

 ユウリはつぶやいてから、顔を険しくした。

「なんでここにいるんだ」

「あたしも連れてって」

 きっぱりとした口調だった。初めて出会った頃、彫金をやめると言った時の、濁すような言葉遣いではない。堅い決意が秘められた一言だ。

 だがユウリは短く言った。

「だめだ」

「なんでよ! あたしはユウリの専属彫金師だよ? 叔父さんが言ってたじゃない、彫金師と能力者は一体だって」

「お前、シルヴェストルさんやフィエニャに何も言わずに飛び出してきたんじゃないだろうな」 

「……書き置きは残してきたもん」

「おいおい、まじかよ……」

 ユウリは盛大にため息をついた。

「あのな、ギル。俺がこれからするのはお気楽な観光旅行じゃないんだ。下手をすれば死ぬかもしれない、命懸けの旅なんだぞ。……いや、かなりの確率で死ぬんだ」

「だったらなおさら! 一人よりも二人のほうが生き残る可能性は高いでしょ……! 腕の良い彫金師がいたほうが能力者にとっての危険リスクはずっと少ないはずじゃん!」

「俺の話をしてるんじゃない。お前の(・・・)命の話をしてるんだ。才能もある、家族同然の人たちもいる。しかもまだ子どもだ。そんなお前の命をむざむざと危険に晒すことなんてできないんだ。頼むから言うことを聞いて帰ってくれ」

「ユウリ!」

「ばか、声がでけぇよ」

 ギルはハッと口を手で押さえた。今更ながらに声の大きさに気づいたのだろう、辺りを見回す。幸いに誰もギルたちを注目している様子は無かった。

 ギルは客室に足を踏み入れ、またユウリを見据える。

「あたしは。あたしは自分に何ができるのか、知りたいの。ただの彫金師としてじゃなくて、ひとりの人間としてどう生きていけばいいのかが知りたい。このまま彫金師として工房のなかに籠もって一生を終えたら、あたしはきっと後悔する」

「それがどうして旅することに繋がるんだ。はっきり言って、彫金師としての可能性を捨てるだけだと思うぞ。俺についてきたら、じっくり彫金をする暇なんてありはしない。それどころかその日の食い扶持にすら事欠くような有様だ。お前の思い描く理想とは程遠い、生きていくだけで精一杯の乏しくて辛い生活だぞ。彫金師として成長したいなら、そんな旅に憧れるよりも腰を据えて地道に彫金に励むべきなんじゃないのか」

「そんなの、とっくにやったもん」

 ギルは拗ねたようにそう言って、また言葉を続ける。

「止めても無駄だよ。だってあたしは、獅子の子だから」

「わがまま言ったって無駄だ。俺はこう見えて割と頑固だぞ」

「割と、ていう程度ならあたしより下だね。あたしはとんでもない・・・・・・頑固者だから。ねぇ、ユウリ。あの時あたし、魔具をあなたに渡したよね。ナイフにも紋章を彫った。その二つの支払いが済まない限り、専属彫金師の契約は切れないんだけど?」

「なら今すぐ払うよ。ちょうど探偵から報酬が貰えるところだったからな。いくらだ」

「……百万スチル」

「はぁっ!? ひゃ、ひゃく……! お前それ、俺が五年働いたって返せやしないぞ!」

「じゃあ少なくとも五年は契約が切られる心配はないってことだね。受け取ったからにはきっちり支払ってもらうから」

「法外だ! 横暴にも程があるだろ!」

「……用心棒くん。横から悪いが、非常に妥当な価格と言わざるを得ないな。彼女は自分の価値を良くわかっている。彼女はフォルタース工房でも中堅どころの彫金師をしていたのだろう? なら、顧客次第では三倍の値がついてもおかしくはない。とはいえレベル2の君の魔具ならば紋章はまださほど複雑ではないし、素材となる金属も比較的安価になる。そんな判断で彼女は百万スチルという値をつけたのだろう。もっとも、君のような第七等級の能力者に彼女ほどの彫金師がつくこと自体異例なことだろうが」

「嘘……だろ……!?」

「どうやら私からの報酬では、返済の足しにもならないようだね」

 探偵は苦笑いをした。

 ギルは真剣な眼差しでユウリを見据える。

「ユウリ、よく聞いて。あたし今回のことで、すごく迷ったし、悩んだんだよ。ユウリが戦ったあの能力者が……死んじゃったのを見て、すごくショックだった。確かにそうしなきゃどうしようもない状況だった。だけどあたしの魔具でひとりの人が死に、あたしの魔具の持ち主が人殺しになったんだっていう事実に、あたしはとてもショックだった」

「……ああ、わかるよ」

「でもね、こうも思ったの。あたしには救える命があるんだって。あたしの技術と、あなたの能力ちからがあれば、救える人がいる。あたしはこれまで、ただやらなきゃいけないからって理由で彫金をしていた。彫金をすることは好きだったし、彫金師になるのがあたしの夢だったけど、現実はあたしが思い描いていたものとは違った。ただ命じられるがままに、義務感のように毎日魔具を造っていた。なんだかすごく辛かった。どんどんあたしの感性がすり減っていく気がして……。だけどユウリと出会って、そして……皮肉なことだけど、あの魔術師マグスと出会って初めて、あたしは深く考えるようになった。あたしにはまだやれることがあるんじゃないかって」

「ギル……そこまで真剣に考えていたのか……」

「ユウリ。あたしがいれば、5人の命が救えるかもしれない」

 ギルが言うと、ユウリは表情を暗くした。

「五人じゃない、四人だ。アリテはもう死んだ。……知ってるだろ」

「ううん、五人だよ」

 しかしギルは、ユウリの言葉を強く否定するように、首を振った。

「あなたを含めて……五人、だよ」

 そう言ったギルの表情は優しく、普段のそれよりも大人びて見えた。ユウリはそんなギルの表情を見るのは初めてだった。

 ユウリは嬉しかった。ギルがそんなふうに、自分のことを大切に思ってくれる。

 自分の存在を、尊いと言ってくれる。

 咎目として世間から排除され、処刑宣告すら受けているこの生命を、守るべきものとして扱ってくれる。

 けれど、だからといってギルを危ない目に合わせていい理由になるだろうか。ギルは幼く、しかも類稀なる才能を持つ彫金師だ。もしユウリがギルを守りきれず、その身にもしものことがあれば彫金師全体の、いや人類全体の損失になる。

 

 そんな考えとは裏腹に、ユウリはギルに付いてきて欲しいと、ともに旅して欲しいと思った。ギルがいれば、どんな危険なことでも一緒に乗り越えられそうな気がした。

 それは彫金師としての技量を買って、という理由だけではない。ギルという存在が隣にいる、それだけでユウリには戦う力が無限に湧くような気がした。

 それは男女のあいだに芽生える恋愛感情だと言えるようなものではなかったが、ただ寄り添ってくれる存在があるだけで、ユウリの孤独は何分の1にも小さくなってしまうように思えた。


 結局のところ、ユウリだって寂しかったのだ。

 心細かったのだ。

 ユウリだってまだたった、16歳の少年なのだから。


 ユウリは思わず言葉に詰まり、泣きそうになってしまった。それを知ってか、探偵は冷やかすようにユウリに言う。

「健気でかわいい恋人じゃないか」

 探偵が言うと、ギルは少し顔を赤らめながらふくれっ面になった。

「誰が恋人よ、誰が。ユウリには綺麗な恋人がいるもんね。行ってらっしゃいのキスをしてくれる美人が」

 ジトっとした視線をユウリに向けるギルに、思わずユウリは赤面した。

「見てたのか」

「あーあ、だらしない。でれでれしちゃって。生きて帰ってきてね、また私に会いに来てキスしてね、だって」

「そ、そんなこと言ってなかったろ」

「ばぁかじゃないの? フィエニャがほんとに言いたかったことはそういうことでしょ」

「……そ、そうなのか?」

 ユウリはますます赤面し、耳まで真っ赤になりながら黙り込んだ。

 そんなユウリを苛々した様子で見ていたギルだが、

「っっっざけんなぁぁぁ! ボケェっ!!!!」

 突然に叫びだし、ユウリのどてっぱらに頭突きを喰らわせた。

「ぐぉぉぉぉっ………!!」

 ユウリは悶絶ののち、涙目でギルに言葉にならない言葉を言う。

「お、おま、なぁ……」

「ふんっ、デレデレしてるユウリが悪い!」

「なんでだよ!」

「知らないよっ! なんかイライラすんのっ!」

「ったく……わけわかんねぇ……」

 ギルの理不尽さに呆れながら、ユウリは溜息をついて身体を座席に沈み込ませる。

「あのな、ギル。俺はもうひと眠りするからな。お前はそのあいだに帰れよ。もし目を覚ました時にまだ傍にいたら……」

 ユウリはそう言って、半分面倒くさそうに、けれど少し照れくさそうに目を閉じた。

「……その時はもう、勝手にしろ」

「……うん」

 ギルは嬉しそうに微笑んで、いたずらっぽくユウリの隣の席まで忍び足で移動すると、座席にそっと腰を沈めた。

 探偵はそんな二人のやりとりをしばらくのあいだ愛おしそうに見ていた。

 それから再び車掌の制帽を被ると、風景の一部へと同化して、急速に存在感を失っていった。

「おやすみ、ユウリ。……いってらっしゃい、ギル」

 去り際に、まるで姉のように優しい声音で、別れの言葉を残して。

 

 その言葉はやがてまどろみへと変わり、ユウリの夢の中へと溶けていった。

お読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

拙い部分も多々あるかと思いますが、少しでも面白いと思っていただけたなら本当に感謝です。幸せです。


また現在、下記URLにて「役割クラス替えが半端ねぇ! 〜朝起きたら彼女が当て馬ヒロインに、友人キャラが彼女に、委員長が姉にクラスチェンジしてた〜」

というラブコメを執筆中です。


https://ncode.syosetu.com/n6961ga/


彼女、親友、姉、委員長、幼なじみ……というそれらのキャラ属性がランダムで入れ替わってしまうという、シャッフルラブコメです!

メタプラとはうって変わって、ギャグのノリですがとても楽しく書いています!

また皆様にお読みいただけたら嬉しいです。

今後もぜひ、鐘倉ねるをよろしくお願いいたしますm(__)m

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