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「嘘、だろ……」

 ユウリは目の前の光景に、呆然とつぶやいた。

 地面には、つい先刻まで探偵だったと思われるものが無造作に転がされている。

 頭部は形が失われており、血と肉片、骨のようなものが散らばっているだけだった。しかしその肢体は紛れもなく探偵のものだ。

 おそらく探偵が刺し違えたのだろう、傍には別の能力者の死体も転がっていた。

 ユウリが探偵の存在をこれほど印象深く受け止めたのは初めてのことだった。

 いつだって影が薄く、傍に立ってときですらその存在を忘れてしまうような人物。

 皮肉にも死んでのちにようやく、探偵は強烈な存在感を放っているのだった。


「死んでますわ」

 そうつぶやくイゼの口調には、刺々しさがこもっていた。探偵が死んだことに対して苛立ちを感じているらしかった。

「残念ですわ。素晴らしい能力者だった。死なせてしまったことが本当に惜しい」

 遺体を見つめながらそう吐き捨てたイゼだったが、顔を上げユウリを見つめると少し申し訳なさそうに微笑んだ。

「そんな目で見ないで頂戴」

 まるで母親が、子供のわがままに困り果てて笑うように、イゼはユウリを見つめる。

「心が、疼いてしまうわ」

 ユウリは何も言えなかった。様々な感情が渦巻いていた。

 イゼに対する恐怖。

 自身の弱さに対する嫌悪。

 探偵を救えなかった後悔。

 憎悪。

 悲哀。

 悔恨。

 色んな感情がない混ぜになって、ユウリはただ呆然と立ち尽くした。

 

「さぁ、死んだ女のことは忘れて頂戴。わたくしを見て」

 そう言ってイゼが手を伸ばす瞬間も、ユウリは硬直したように動けなかった。無力感がユウリの全身を支配していた。

 理性ではわかっていた。今、全霊を賭けて抵抗しなければ、ギルの命が危ない。イゼに執着されている自分は生かされるかもしれないが、ギルは――ユウリの服の裾をきつく握りしめながら震えているこの少女は、殺される。

 それだけじゃない。自分が戦わなければ、救い出したいはずの四人の運命も潰えてしまう。


 わかっていた。全部わかっていた。なのにユウリは動けなかった。


 戦うより他に、運命に抗う術は残されていない。

 けれど、戦っても勝ち目は無に等しい。

 そして、もしも自分が負けてしまえばギルはどうなるだろう。もちろん、殺されるだろう。それもユウリの目の前で。自分の弱さをまざまざと見せつけられながら。


 深い絶望感がユウリを捉えていた。この絶望感を払いのけるエネルギーがもはや残っていなかった。

 それでもユウリは構えた。既に魔具も失われていた。

 情けなかった。

 何も守れない自分が許せなかった。

 ただ、ギルが背中をぎゅっと抱きしめる温もりに、ユウリは救われた気がした。

 

 その時、ユウリの眼前でイゼの指が吹き飛んだ。


 何が起きたのかわからなかった。

 それからイゼが「あ……っう……」という声にならない声を発した。

 その喉には、いつの間に真一文字の赤い筋が刻まれていた。

 そして数秒ののち、その赤い筋から止めどなく血が溢れだした。

 後ろには、イゼを羽交い締めする探偵の姿があった。探偵の手には、血塗られた三日月刀が握られている。

 崩れ落ち、呆気なくイゼは息絶えた。

 

「死体のふりをすることなど、私にとっては造作ないことだ」

 そう言った探偵の表情からは、何の感慨も感じられない。

 命の奪い合いに面した人間が発するはずの修羅のごとき鬼気もなく、また戦いのあとの憔悴も見られない。

 ただ淡々とイゼを処理・・したとでもいうような様子だった。

 あらゆる感覚の枝葉をすり抜け、相手に一切の知覚を許さないままに葬る。そんな暗殺術が探偵の真骨頂だが、一方であえて強烈な存在感を捏造して放つことも探偵の能力のひとつだった。

 

 探偵はイゼに屈み込み、その手に握られていた不死の霊薬エリクサーをもぎ取った。

 その魔術的な輝きはまるで、イゼ自身の妖気をそのまま具現化したかのようだった。

 能力者の胎に寄生し、欲望の限りに血を啜って肥大した怪物だ。おのが欲望に対してあまりにも純粋であるが故に、これほどまでに澄み切った結晶となったのだろう。

 探偵は目を細めて言った。

「……これがヒトの魂を吸い、生命を喰らった輝きか。せめて、おぞましい姿でいてくれたならばな。この美しさが一層恐ろしい」

 ユウリは全身から力が抜け、地べたにへたり込んだ。

「脅かすなよ……死んだかと思った。いや、そんな言い方じゃ生ぬるいくらい、明らかにあんたは死んでいたぞ・・・・・・

「悪いね。でも君をそう錯覚させるほどでなければ魔術師のことも欺けないだろう?」

 ギルはいまだ混乱した様子で、恐怖に打ち震えていた。

「えっ。死んだ……の? あなたは、生きているの……?」

 青ざめ、へなへなと座り込む。腰が抜けたようだった。

「ああ、私は生きているよ。ユウリも生きている。君も生きている。何も心配いらない」

「そう、なの……? 魔術師は……、」

 ギルはイゼへと視線を落とした。助かったという安心感もあったのだろう。イゼの首から血が流れているのを見て、ギルは気を失った。

「ギル!」

 ユウリはギルを抱え、その腕で支える。

「無理もない。少女かのじょには耐え難い光景だっただろう」

 探偵はつぶやき、ユウリを見据える。

「用心棒くん、君はこれからどうする」

「……俺は、出ていくよ。もうこの街に残る意味は無くなった」

「そうか……。残りの仲間たちを探すのか。苦しい旅になるぞ。君の命を削ることになる」

「……わかってるよ。でも俺は行く。あんたの忠告を破ってばっかりだけどな」

「ま、止めたところで無駄だろう。その目を見れば君の決意がいかに固いかがわかる」

 探偵はまた、いつものようににやりと笑う。

「さて、陽も落ちた。用心棒くん、冷え込む前にここは立ち去ろう。ここには負の霊気が立ち込めている、いつまでもいていい場所じゃない」

 探偵はそう言って、夜の闇の中に沈み込んでいく。

 ユウリは気を失ったギルを抱きかかえ、歩き出した。

 瓦礫を踏み越えていくユウリの傍で、ぴったりと張り付くような探偵の気配が感じられた。

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