対峙
ユウリは歩き続けた。
スラムを北へ北へと、旧工場地帯に向かって歩く。
聳え立つ巨大なフェンスも、劣化による裂け目が多数できている。その裂け目から身体をくぐらせ、ユウリは廃工場の乱立する旧工場地帯へと踏み入った。
人影は無く、静けさがあたりに満ちている。
ユウリは少女を背負い直し、歩き始める。陽は徐々に傾きはじめ、二人の影は地面に散らばった無数の瓦礫の上を波打つように移動していた。
アリテの眠る場所に相応しいのはどこだろう。
ユウリは探した。
どこか建物の中がいい。誰にも見つからず、荒らされない隠れ家のような場所。
風は冷気を増し、錆びた金属の臭いでユウリを責め続けた。
その風から身を隠そうと、ユウリは一棟の建物の中へ入った。
そこは朽ちた教会だった。
瓦礫に埋もれ、信徒たちからもその存在をとうに忘れ去られた教会。
静かで、神々しい光に満ちている。
ここならばアリテが静かに眠りにつくことができるだろうとユウリは思った。
実際には、そこは教会なんかでは無かった。
はるか頭上から降り注ぐ十字架条のオレンジの光は、単に天井が崩落した一部から光が差し込んでいるだけだった。
壁面高くに並ぶステンドグラスだと思っていたものは、割れて油と煤で汚れた窓が、西日を虹色に反射させていただけだった。
そこはただの工場の一画だった。金属を加工する、小さな工場。
それでも構わなかった。
たとえここが教会ではなく、用済みになった工場だったとしても、この場所には神聖な何かが満ちているとユウリには思えた。
ユウリはアリテを地面に横たえ、地面を掘り、穴の縁を囲うように瓦礫を積み上げた。少女の棺桶のつもりだった。
それからユウリは、嵌めていた魔具を手首から外して少女の手に握らせ、またそれと交換するように少女の耳飾りを外して自分のポケットに入れた。
魔具を握らせたのは、ユウリの魔力によって腐蝕した、いわば自分の分身である魔具を傍におくことで、少女の寂しさを少しでも紛らすことができればと思ってのことだ。
また少女の片耳から耳飾りを外したのは、いつか彼女が語っていた故郷へと、旅の途中で返してやりたいと思ったからだった。
ユウリは少女の亡骸を瓦礫の混じった土で埋めた。それから魔術師の残した招待状を確認した。示された場所はすぐ近くだ。ユウリは少女に最後の別れを告げて、その場を立ち去った。
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「待っていましたわ」
旧工場地帯で最も古く、最も巨大だった冶金工場の廃墟の中で、魔術師・イゼは声を発した。
「お茶会、楽しんでいただけたかしら」
愉快げにイゼは言った。ユウリは痛いくらいに歯噛みし、イゼを睨みつける。
「何が目的だ」
「わたくし、貴方のことを好きになってしまったの。好きな殿方にはちょっかいをだしたくなるものでしょう?」
「……ふざけるなっ!」
ユウリの怒声が反響する。
「お前は、一体何なんだ!? なんで俺から大切な人を奪った!?」
「好きな人を独り占めにしたいと思うのは当然のことではなくて?」
既に夕暮れ時だった。
工場の窓から差し込む陽光も淡く霞み始め、辺りには夕闇が迫りつつあった。
ユウリは気配を探るが、魔具を装備していない今のユウリの感覚は常人とさほど変わらない。先ほどの声の反響具合からしてかなりの広さがあるらしい。薄暮れの光に照らされて見えるのは、壁際の鋼鉄製の階段、そして何か巨大な機材や金属の廃材の数々だった。その気になれば身を隠す場所はいくらでもありそうだ。
「嘘だ。お前のしていることは探偵から聞いた。能力者の女性を狙い、その腹をえぐる魔術師。アリテもわずかだが能力をもっていたし、殺された手口も同じだ。……お前の目的はなんだ」
「あら、そうでしたの? わたくし、あの女の子が能力者だなんて知りませんでした。ただ貴方が喜んで下さるかと思ったのよ」
「……黙れっ!」
再びユウリの怒声が響く。
「それ以上余計なことを喋るなら、今すぐお前の喉を潰す。それから彼女が味わった苦痛を百倍にして返して、殺してくれと泣き叫ぶこともできないお前をゆっくりと時間をかけて殺してやる。だがもしも事の真相を話して、心から彼女に謝罪をするなら、苦痛なく一瞬で殺してやる。どちらか選べ」
「うふふ、虚勢を張る姿も可愛いわね。貴方にわたくしが殺せて?」
イゼは何人もの能力者を殺している。能力者としてもおそらく相手がはるかに格上であり、勝ち目は薄いだろうと感じていた。
ユウリはポケットに手を差し込んだ。
残りの魔具はひとつ、予備として持っていた粗悪品だけだ。
粗末さにギルが驚いていた魔具よりも、さらに品質として劣るもの。全力で能力を使ったとして、果たして腐触し切るまでどの程度保つだろうか。おそらく十分と保つまい。
魔具が無くなってしまえば闘えないことくらいユウリは重々わかっていた。
最期の別れとして、アリテに魔具を手向けたことは、愚かな選択だっただろう。
あの使いかけの魔具ひとつ残していれば、戦い方もずいぶん違ったはずだ。
それでもユウリは、傍らに魔具を置いて彼女に眠りについて欲しかった。孤独のまま眠りについて欲しくなかった。それは自分が選んだことだ。後悔はしていない。




