復讐
「嘘だろ……? それってただの偶然だよな? あの人はただ純粋に、俺を誘ってくれたんだよな?」
「いや、彼女からの手紙には、この場所が指定してあった。つまりこれは彼女が仕組んだことだ」
「じゃなんだ、アリテはラニカ婦人に殺されたっていうのか。……俺が彼女のことを話したから、アリテは殺されたっていうのか」
「おそらくは……その通りだ」
探偵の率直な答えに、ユウリは強く歯噛みした。
「俺のせいじゃないか……。俺のせいで、アリテは殺されたんだ……」
「用心棒くん、あの女はラニカ婦人なんかじゃない。依頼人のことはあまり詮索しないたちだが、彼女からは、初めから何かひどく後ろ暗いものを感じた」
「だったら……だったらなんで、あの時にそう言ってくれなかった! 一言でもあの女に注意しろとだと言ってくれれば、俺は……」
「すまない……」
「なぜ、奴がアリテを狙った」
「やつの本当の目的は不明だ。だがこの手口――君に以前話した、魔術師の手口に一致する」
「魔術師……あの女性が。まさか。何かの間違いじゃないのか」
「だが、彼女の下腹の傷口は、これまでの被害者のものと一致する。着飾らせたりティーパーティーの真似事をしているのは初めてだが、おそらく君への当てつけだろう」
「なんでだよ! なんで俺にそんな嫌がらせを……!」
「わからない。だが奴はよっぽど君に会いたいらしいな」
卓上に飾られた花々のなかから、探偵は何かを取り上げた。
それは小さなメッセージカードのようなものだった。探偵はそのメッセージカードに目を走らせると、ユウリを見つめた。
「またしても君宛てだ。今晩、テルミナ冶金工場跡地で待つ、とある」
「テルミナ冶金工場跡地……」
「用心棒くん、行ってはいけない。奴は異常者だ。理由はわからないが君に危害を加えようとしている。辛いだろうが、彼女を手厚く葬ってやった後は、この街のことはもう忘れて出て行くんだ」
「そんなこと、できると思うか?」
「忘れたのか? 君は咎目だ。もしも君が殺され、明日の朝に死体となってドブ川を流れていたとしても誰も気にしないさ。そしてその一方で、そんな咎目である君たちに利用価値を見出し、悪事に利用しようとする輩がいる。君たちを犯罪に加担させ、用済みになったら罪だけ被せて捨てるような、そんな奴らがね。あの女の目的はわからないが、能力者である君の力を利用しようとしているんだろう。復讐心にかられてやつのもとへ行けば、無意味に身を危険に晒すだけだ」
「だったら、あんたはもう行ってくれ。これは俺の問題で、あんたにとっては無関係なことだろ。あんたの仕事は俺に手紙を渡すまでで、それから先は俺の領分だ。どうするかは俺が決める」
「ユウリ、よく考えるんだ。君は……」
「放っておいてくれ! これ以上俺に関わるなっ!!」
ユウリの怒声が響いた。
探偵は相も変わらず表情ひとつ動かさなかった。というよりも表情が存在しなかった、と言う方が正しいだろうか。
いつだって探偵は冷静で、無感情で、ドライだ。少なくともユウリにはそう思えた。そんな探偵が普段は頼もしかったが、今はただひたすらに腹立たしかった。
探偵はしばらくのあいだ黙っていた。黙っていると一層存在感が希薄になり、ユウリの怒りだけが辺りに満ちているみたいだった。まるでひとりきりで喚き散らしているような気分だった。
それから探偵は、抑揚のない冷めた声色でユウリに言った。
「……きみがそういうのなら、私にはこれ以上何も言えないな。そうさせてもらう」
「ああ、そうしてくれ」
ユウリは答えた。
それからまた、探偵の去り際にこう付け加えて言った。
「……ただあんたの友人として、忠告してくれたことには礼を言うよ。ありがとう」
「きみは実に馬鹿な男だな」
そう言い残して探偵はいつの間にか消えてしまっていた。
ユウリは魔術師の残した招待状を握りつぶし、その場を立ち去ろうとした。
しかし扉のノブに手を掛けた瞬間に、猛烈な恐怖と孤独感に襲われた。それは魔術師と対峙することに対しての恐怖ではなく、この場にアリテを一人残していくことに対の恐怖だった。
いずれ警吏が彼女の遺体を見つけるだろう。
そうなればこの場所が警吏たちに踏み荒らされるのも時間の問題だ。
警吏たちの冷たい手に、彼女の遺体が蹂躙されることを考えるとおぞましい気持ちになる。並の人々のように、丁重に葬られることはとても期待できないだろう。
虫けらのように殺され、ゴミのように棄てられる、それが咎目の最期なのだ。
ユウリは躊躇わなかった。冷たくなった彼女をその背に負い、立ち上がった。既に硬直の解けたその身体は軽かった。
愚かしい行為だということは、ユウリにもわかっている。
スラムのような路地とはいえ、昼ひなかの通りを、咎目の少年が死体を運んでいく。
誰かに見られたその場で、殴り殺されたとしてもおかしくはない。その程度の事件は巷に溢れかえっている。
それほどに、ひとりの人の命、いや一人の咎目の命は軽いのだ。
そんなことはわかっている。
わかってはいても、ユウリには耐えられなかったのだ。
少女の遺体が、自分の知らない誰かの好奇の目にさらされることが。
少女が一人ぼっちのままに打ち棄てられ、永遠に孤独を彷徨うことが。
そして何より、少女のことをまもれなかった自分のことが、ユウリは悔しくて耐えきれなかった。
アリテの遺体を担ぎ廃家を出るなり、ユウリは足を止めた。見知った顔を見たからだ。そこにはギルの姿があった。
「……お前、つけてきてたのか」
ギルは黙り込んでうつむき、ユウリと目を合わそうとしなかった。勝手についてきたことを、叱られると思っているのだろう。
「ちょうどいい。俺の魔具、出来てるか」
「う、うん……できてるけど」
ユウリは感情を押し殺した声で言う。
叱られないとわかったギルは、少し安心したように顔を上げつつも、どこかおどおどとしている様子だった。親に悪事を見つかった子供のようだ。
そして初めて、ユウリが女の子を背負っていることに気が付き、面食らった顔をした。
ユウリはそんなギルに何の説明をするでもなく、魔具を要求する。
「もし今持っているなら、渡してくれ。すぐに必要になった」
「いやだよ……」
「何でだ」
「だって今のユウリ、怖い顔してるもん……」
「馬鹿、ふざけてる場合じゃないんだよ。今はめちゃくちゃ切羽詰まってんだ。いいから早くくれ。金はまた払う。いや、部屋にある程度の金は置いてあるから、勝手に入って必要な分だけ持っていけばいい」
「いやだよ、そんなの……。ねぇ、せめてなにがあったかあたしにも教えて? ここでなにがあったの? その人は……誰なの?」
「急いでるんだよ、今は話してる時間はない」
「その女の人……怪我してるの?」
「見るな」
「なんでよ!」
「死んでるんだ」
ユウリが言うと、ギルの顔から血の気が引いた。
「俺が探していた女の子だ。殺されたんだ」
「そんな……そんなことって……」
ギルの表情に混乱と恐怖の色が浮かぶ。
ギルの身体は震えていた。
それも無理からぬことだ。ギルにとってこんなにも死を身近に感じることは、祖父が死んで以来のことだっただろう。それも目の前の少女は単なる事故や病気で命を落としたのではない。
殺されたのだ。
ユウリの眼の中に、憎悪の念が揺らいでいるのがギルにはわかった。ユウリのことが怖かった。
ぶっきらぼうで無口な性格だが、ユウリは優しく聡明で、本当のところは紳士的だ。
ギルにはそれがわかっていたから、それを肌で感じていたから、ユウリのことは好きだった。
でも今は違う。
今のユウリは、それまでにギルが見てきたユウリとは別の何かに見えた。
どす黒い復讐心に燃えた瞳は、その中に宿る悪意だけで人を傷つけそうなほどだった。
「仇を取りに行く。……だから魔具を渡してくれ」
「……いやだ! ねぇ、ユウリもそうなの? 復讐のために……暴力のために、あたしの魔具を使うの!? だったらあたし、あなたに魔具は渡したくない!!」
「……そうかよ。だったらいいよ。悪かったな」
「どこに行くの?」
「さあね。お前は帰れ」
「ねぇ、ユウリってば!」
――ユウリのばかぁっ!
ギルの声が昼下がりの薄暗い路地裏に轟いたが、ユウリが歩を緩めることはなかった。




