絆
「ギル……!」
フィエニャの呼びかけは、勢いよくドアを閉める音にかき消された。
あとには気まずい沈黙が残った。心配げな表情でため息をついたフィエニャは、ユウリと目が合うと困ったように微笑んだ。
そして何か言おうとフィエニャが口を開いたそのときだった。
「ああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」
あらん限りの絶叫と、物をめちゃくちゃに投げつけて暴れるような音が、ギルの部屋から響く。金属的な響きは、彫金道具や素材が投げつけられているからかもしれない。
きゃっ!と小さく叫んで驚くフィエニャと、あまりの激しさに呆気にとられるユウリ。
「あんの馬鹿、まだあの癖が治ってなかったのか! 職人が道具を粗末に扱うんじゃねぇよ……」
シルヴェストルはうんざりしたような顔をして言った。
「ごめんね、ユウリ。あの娘、どうしていいか分からなくなるとパニックになって、癇癪を起こしちゃうのよ」
フィエニャはユウリに向かってそう言ってから、すぐシルヴェストルの方に向きなおってふくれっ面をした。
「どうしてあんなことを言ったの?」
「……こないだからな、言おう言おうと思ってたんだよ。今のギルトルーダは、自分の才能を過信しすぎてる。自分の作品が最高傑作だと思ってんだ。他の誰にも作れないような、唯一無二のものだと」
「別に自信があるのは悪いことじゃないでしょ。まだ幼いんだから、ちょっと自尊心が強いくらいがちょうどいいじゃないの」
「いや、ギルのあの高慢さはいつか必ず枷になる。あいつが彫金師として一皮剥けるときは、己の限界を知り、謙虚さを身につけた時だ。そうしなきゃあいつの才能はいつか腐ってしまう。だからどこかで、厳しく言ってやる必要があったんだ。今がいい機会だと思ったんだがな」
「……だとしても、もう少し言い方はあったんじゃなくて? わたしにはもちろん、職人の世界のことはわからないけれど……。ギルだって年頃の娘よ。傷つきやすいわ」
「そんなことで辞める程度なら職人には向いてなかったってこった。いい彫金師ってのはな、己の内側で炎が燃え上がってんだよ。それは自分では消そうとしても消せない、どうしようにも制御のしきれない炎だ。俺らはその炎に衝き動かされて彫る。だから自分が嫌で嫌でたまらなくても、自分の未熟さに絶望したとしても、炎が燃え上がった時には彫るんだよ。ギルトルーダの中でも必ず炎は燃えている。ギルトルーダはな、確かに才能がある。だけどな、天才には2種類があるんだ。第一の天才は、自分が天才だということを当然のように考えていて、ひどく独善的に振る舞うやつだ。周りの奴らを無能だと馬鹿にし、たくさんの恨みを買う。たくさんのやっかみも受ける。だけどそんなことを物ともせずに才能を発揮し、周りを黙らせる。天性の才能だ。第二の天才はそれとは違い、自分の限界を知っている。自分が第一の天才になれないと自覚し、挫折した経験を持つ。ひたすら謙虚に学び続け、才能を爆発させる。ギルは後者のタイプだ。あいつはまだまだやることが甘い。自分の才能を過信してるからだ。才能に対する自信が揺れ始めて、それを乗り越えようとがむしゃらに努力を始めたときがあいつが花開く時なんだよ」
「そうかもしれないけど……」
「ギルトルーダのような奴が本当に才能を開花させるためには、第一の天才に引き合わせるのが一番良いんだ。『自分はコイツには一生敵わない』って思うやつが近くに居れば、それがギルの起爆剤になる。俺では役不足かな」
シルヴェストルは自嘲気味に笑った。
「俺、ちょっと話をしてくる」
ユウリはいても立ってもいられずに椅子から立ち上がった。少なからず、ギルが癇癪を起こした責任が自分にあると感じていたのだ。
けれど、フィエニャはそんなユウリに対して優しく首を振った。
「ああなったら、落ち着くまでしばらく放っておくしかないわ」
「けど……」
「今は混乱して、怯えているの。とても怖がりで弱い子なのよ。だからそっとしておいてあげて。……それよりユウリ、ごめんなさいね。驚いたでしょう」
「いや……」
そんなことないよ、とユウリは言おうと思ったが面食らったのは事実だ。それにギルの癇癪を引き起こした一端は、少なからず自分にある。今となっては感情的になりすぎた自分を悔やむと同時に、恥じてもいた。
そんなユウリを知ってか、フィエニャは諭すように言った。
「あなたは悪くないわ。あなたはリヨンとの絆を大切に思って、それで心を痛めてくれた。けれどギル対しても優しく振る舞ってくれていたわ。決してきつく当たったりなんかしていなかった。……それとナイフのことなら、気にしないで。兄は乱暴な人だけど、そんなことでとやかく言うような神経質な性格ではないから」
「……わかった」
「ギルのこと、許してあげてね。強がってはいるけれど、本当はとても脆い子なの。自分の腕に自信を持っている反面、凄く劣等感が強くて……。自分には彫金しかないって、そんな風に思っているのかもしれない」
「わかるよ。俺もそうだったから」
ユウリが言うと、フィエニャは微笑んだ。
「あの子はね、両親に愛されなかったのよ。だからすごく傷つきやすくて、おどおどしてる。今のギル見たらそんな風には思えないかもしれないけれど、三年前のギルはそうだったの。いつも周りの顔色をうかがって、他人に怯えていた。今でこそ私に対しても心を開いてくれているけれど、昔はそうではなかったわ」
「俺の兄貴……つまりギルトルーダの親父のことだが、ろくでもない奴だったからな。家族を持っていいような人間じゃなかったんだ。俺でさえ、兄貴と暮らしたガキの頃の思い出はとてもいいもんとは言えない。ましてや幼いギルトルーダにとっちゃ辛い経験だったろうな。両親と離れてからは、俺の親父……つまりあいつの祖父さんがギルトルーダを引き取った。最初はまったく笑わなくて、仮面のような表情をしていたらしい。しょっちゅう癇癪ばかり起こして、親父にも心を開こうとしなかった。そのギルが唯一関心を示したのが、彫金だったのさ。親父は宝飾専門の彫金師だったんだ。親父は長い時間をかけて、彫金をギルトルーダに教えた。徐々にギルトルーダの心を開いていったんだ。親父はもう死んじまったが、ギルトルーダにとっての彫金は、天職であると同時に祖父さんとの絆でもあるのさ」
「あの子が彫金のことであんなにも負けず嫌いなのは、お祖父さんとの絆を否定されたくないっていう想いがあるのかもしれないわね……」




