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翌朝

「フィエニャ、ギルが……いきなり机から転げ落ちて……」

「ああ、気絶・・したのね」

 眠り込んだギルを半分抱きかかえるように、そして半分引き摺るようにしてリビングまで連れて行くと、フィエニャは事も無げに言った。

「私のベッドで寝かせるわ。その前に着替えさせてあげなきゃね」

「それなら俺が、部屋まで運ぶよ」

「ダメよ、ギルももうお年頃の女の子なんだから。男の子が気軽に触ったりしちゃ」

「……そういうものかな」

「そういうものよ。というわけでシルヴェストル。ギルを部屋まで運んでちょうだい」

「俺ならいいのかよ! ったくしょうがねぇ奴だな」

 シルヴェストルは呆れたようにそうつぶやくと、脱力したギルをユウリから受け取り、その背におぶった。

「よいしょっと。こいつ、すげぇ重くなりやがって……寝顔だけはちっと女らしさが出てきやがったよなぁ。口を開けば相変わらずクソガキなんだけどな。いつの間にかこんなにでかくなりやがって」

「そうね……この三年間は、この子にとって一番変化の大きい時期だったのでしょうね。肉体的にも、精神的にもね」

 フィエニャは少し寂しそうな顔で、慈しむようにギルの髪を撫でた。


 翌朝になり、ユウリが目を覚ましてリビングへ顔を出した時、既に昼前になっていた。ユウリはいつも朝が遅く、朝食は食べない。ユウリが起きたときにはシルヴェストルは彫金の作業に移っているか仕入れに出かけているのが普通だが、今日はまだリビングでくつろいでいるらしい。フィエニャは既に工房へとやって来ていて、昼食の準備に取りかかっているようだ。三年ぶりに帰ってきたギルのために、皆で昼食を共にしようということらしい。

 当のギルはというと、まだ部屋で寝ているようだった。昨夜、あれだけ根を詰めて魔具作りに没頭していたのだから無理もないことだった。

「ユウリ、おはよう。お昼ごはん、これから用意するから待っていてね。みんなで食べましょ」

「……ありがとう」

 何かと世話焼きなフィエニャは、いつもシルヴェストルやユウリのために食事を準備する。居候の身のユウリからすれば、毎日フィエニャの手料理を食べさせてもらえることがありがたく、また厚かましいことだとも感じている。

 しかしいくらユウリが食事を辞退しようとしても、フィエニャは頑なに食べさせようとする。

 どうせ作るのだから一人分増えたところで同じよ、とフィエニャは言う。ユウリに拒否権などない。

 もちろん、美味しいフィエニャの手料理が食べられるのはユウリにとってとても幸せなことだ。だからこそ、ただ食べさせてもらっている自分が情けなくて、恥ずかしい。何かフィエニャに恩返しをすることはできないだろうか……? そんなことをいつも考えていた。

「ユウリ、おはよう……」

「ああ、おはよう。……ってすごい顔してるぞ」

 食事が並べられた絶妙のタイミングでギルはリビングへと下りてきた。まるで昼食が出来上がるのを待っていたかのようだ。まだ寝間着のままのギルは、目が半分閉じたままで、くすんだブロンドの縮れ毛は寝癖で一層ボサボサになっている。そんな姿にユウリは思わず苦笑する。

「あれからずっと寝てたのか?」

「ん〜……」

 ユウリの質問に対して、答えているのかいないのかよく分からないような返事をしつつ、テーブルにつくとおもむろにパンにバターを塗りはじめた。

「だめよ、無茶したら……身体を壊しちゃうわよ」

「……んぅ」

 聞いているのか聞いてないのか、ぼんやりした表情でギルはパンを齧る。

「それで、進み具合はどうだ」

 シルヴェストルが言うと、今まで閉じかけていた瞼をぱっちりと開いてギルは不敵に笑った。

「んふふふ……実はね……」

 ギルは寝間着のポケットを探り、手のひらを開いて見せた。

「できちゃったの。ほら」

 その小さな手のひらの上には、白銀に輝くブレスレットが乗せられていた。ブレスレットは正午前の白い光を照り返して、硬質な艶へと変えていた。

 ギルの手によって彫られた紋章は、まだ腐蝕による濁りを一切もたず、微かな白い光の紋様を浮かび上がらせている。それは魔具と言ってしまうことが憚られるような、玄妙な美しさを持っていた。

「本当だ、すごいな」

 ユウリは感動のあまりにため息をつくように言った。

「俺は正直、魔具の価値なんてわからないけど……すごく綺麗だな。完璧だよ、ギル。ありがとう」

「ふふん、あたしにとっちゃこんなの楽勝だし」

 そういうギルの表情からは照れが隠せない。周囲から期待されて、その才能を評価されてはいても、ユウリのように真っ直ぐな賛辞の言葉をかけられるのは初めてのことだった。

「それとね、フィエニャにもプレゼントがあるの」

「えっ、私に? 何かしら」

 ニコニコして言うフィエニャの前に、ギルはひとつのアクセサリを取り出してみせた。

「これ」

 ギルの手のひらに乗っていたのは、ペンダントだった。

 それは確かに昨日露天で買った品には違いなかったが、その粗末な印象をガラリと変えた、美しい宝飾品へと姿を変えていた。おそらくギルが、自分で造り直したのだろう。

 ペンダントトップに据えられた宝石は、紅というよりは少し白味がかってややピンク色に近く、明るく温かな光で輝いている。その宝石を柔らかに包み込むような銀のペンダントトップは、瑞々しい蔦と花の意匠に施されていた。

「綺麗……」

 フィエニャはそのペンダントをギルの手から受け取った。

 ギルの気持ちがよほど嬉しかったのだろう、目を潤ませて今にも泣き出しそうな顔をしている。

「これって、不思議ね。綺麗なお花のペンダントなのに、少し離して見ると……」

「そう、宝石を抱いたライオンに見えるでしょ」

 ギルの言うとおりだった。

 ライオンのモチーフはどこか抽象的で、はっきりと象られているわけではない。もしもギルがそう言わなかったとしたら、ユウリはそのおぼろげで神秘的なライオンの存在に気がつくことはなかったかもしれない。

 しかし一度そう認識してしまえば、そこには確かに宝石を抱いて眠る、銀のライオンがいた。

「ふふっ、この癖っ毛のライオンって、ギルにそっくりね」

「うん。カズラの花はフィエニャ。ライオンはあたしなの。あたしは『獅子の子』だから」

「獅子の子?」

 ユウリが聞き返すと、ギルは少し恥ずかしそうに答えた。

「うん。おじいちゃんがね、あたしのことをそう呼んでたの。お前は気性が激しい、まるで獅子の子だって」

 祖父の影響で、ギルが元々宝飾の道から彫金に入ったのだというシルヴェストルの言葉を、ユウリは思い出した。きっとそのペンダントにも、ギルの優れた感性や才能が凝縮されているのだろう。確かにそのペンダントは美しかった。

 しかしユウリは、その宝石が、露天で押し売りされた安物だということを知っている。見違えるように美しいペンダントへと変貌したのは、ギルの技能のなせる技なのだろう。

 とはいえ感激のあまり目を潤ませるフィエニャを見ていると、言ってはいけない裏事情を知っている気がして、ユウリは少し気まずくもあったのだが。

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