職人
「よし、だいたいわかった」
一通りの下準備を終えたらしいギルは、作業の手を休めてユウリに向き直った。
「ユウリは魔力が強いね。それにすごくバランスがいい。あたしは、このバランスの良さがそのままあなたの持ち味になると思う」
「どういうことだ?」
「能力の等級の話、覚えてる?」
「ああ、七段階の等級があるって話だろ?」
「そう。第七等級から第一等級の能力発展段階。あくまで傾向としてだけど、第七等級から第一等級への順番に沿って、能力が発展していくとされている。そしてそれぞれの等級ごとにまた、発現する能力の種類があると言ったよね。第七等級でいえば大きく分けて身体能力、感応力、治癒力の三つがあるってことも。ユウリは魔力の流れに偏りが少なくて、それぞれのの能力をまんべんなく伸ばせていけそうな流れをしている」
「本当か? そうだとしたら嬉しいな」
「本当だよ。でもね、魔力の流れが偏っているっていうのも、実はそんなに悪いことではないの。例えば治癒力が突出して強いけれど、他の能力がほとんど流れない人がいる。そういう人は等級が上がるとますますその傾向が強くなる可能性が高い。そして等級が上がるにつれて魔力を外に向けて放出する力も強くなる。つまり魔力の流れを他のヒトやモノに向けて流すこともできるようになる。そういう能力者が第六等級になれば他人の表面的な傷を癒やす力を持つし、第五等級にもなれば、もっと根本にある傷も癒やすことができる。一流の治療師になれるの」
「なるほどな。つまり俺はバランスがいい反面、突出したところのない平凡な能力の持ち主だとも言えるわけか」
「今のところはね。だけど、もしユウリが特定の能力を鍛えたいというなら、あたしは彫金師としてその要望に答えることができる」
「ほんとうか? 凄いな。……だとしたら戦闘に特化した能力だけを鍛えることもできるのか。俺が野盗に囚われていた時、リヨンは大刀で容易く鉄の枷を切断した。あんなこともできるようになるのか」
「武具強化、だね。第五等級になれば、手にしているモノに魔力を流すことができる。ユウリならきっとできるようになるよ。でも焦って能力を酷使しないほうがいい。まずは段階を踏んでじっくりと……」
「なんでだ? 使えば使うほど、能力も磨かれていくんだろ!? もし俺が特別な力を手に入れることができるんなら、そのための努力は惜しまない。俺にできることならなんでもすると約束する。何が問題がなんだ?」
「体内を流れる魔力には限界があるから。最高位の能力者になれば外部から魔力を取り込むこともできるけど、そんなのは例外中の例外。能力を酷使すれば魔力も枯渇するし、体力も消耗する。それだけじゃなく魔力が枯渇したまま能力を使うと、能力者としての頭打ちが早くなる。焦って良いことなんて何もないよ」
ユウリはしばらく黙り込んだ。頭のなかでは、はやる想いがある。
それは仲間を救い出したいという変わらない想いだ。
咎目という不遇に身を落とし、未来を絶たれたにも等しいユウリには、同じ地獄の中にいる仲間を救い出すことだけが、生きる意味だった。もし生き抜くための力、それも誰にも負けない、押し寄せる悪意の波をも穿つ圧倒的な力を得られることができたなら……
けれどギルの言うことを信じるなら、高位の等級を得ようと焦った結果、裏目に出てしまう可能性もかなり高いらしい。だとすればギルの言うとおり、今の能力段階に適正な鍛錬をしていくほうがいいのだろう。
ーーそれに。
ギルに魔具を作ってもらうのは、これが最初で最後だろうと、ユウリは思っていた。いつまでもこの街に留まっている事は出来ないし、アリテの足取りがつかめ次第、ユウリはすぐにでも後を追うつもりでいる。当然、近いうちにギルやフィエニャ、シルヴェストルたちとの別れが来るだろう。だとすればギルは、この先の能力発展を見据えた魔具づくりをしてもらうよりも、現状で最も実用的な魔具を作ってもらうことが最善であると思えた。
「……なるほどわかった。ギルの言うとおりにするよ」
ユウリが言うと、ギルは少しホッとしたような笑顔でうなずいた。
「うん。それがいいよ。さて、魔力の流れも見えたことだし、ぱっぱっぱっと造っちゃうかな。邪魔しないでね」
「ああ、わかってる。邪魔しないよ」
夕飯時になっても、ギルは工房にこもったままだった。
フィエニャの作る温かな料理の香りがキッチンから漂い始め、ユウリはダイニングへと移動して配膳を手伝い始めた。テーブルにすっかり料理が並べられ、少し遅れてシルヴェストルがテーブルについた後も、ギル姿を現さなかった。
「ギルは、彫金を始めたのね」
フィエニャが言った。
「俺、呼んでくるよ」
ユウリの言葉に、シルヴェストルはいつもの顰め面のまま少し片眉を上げて応える。
「おい、無駄だぞ。こうなったら呼んでも来ない。一度彫金を始めたら最後、気絶するまでやめない」
「気絶……?」
「そうね、気絶するまでやめないわね」
フィエニャは苦笑してうなずき、席へと着く。
「先に食べちゃいましょ」
片付けを終えた後、ユウリはそっと作業場を覗いた。ギルのことが心配だったのだ。フィエニャの作った料理をいつも満面の笑顔で頬張るあのギルが、夕飯時に顔すら見せないとは。それに「気絶するまでやめない」とはどういうことだろう。いくら体力の有り余る若さだとしても、休息もなしに打ち込んで身体にいいはずがない。
少し休んで、メシでも食べたらどうだ。
そんな言葉をかけることを考えながら作業場を覗くと、煌々と明かりの照ったデスクにかがみ込むようにして、ギルは作業に没頭していた。
「ギル」
ユウリは作業場の壁面をノックしながら、少し遠慮がちにギルの名前を読んだ。しかしギルは相変わらずデスクにかがみ込んだままで、ユウリの声が聴こえないようだった。
「……なぁ、ギル」
ユウリはもう一度つぶやき、近寄ってその痩せた肩に手をおいた。
「……? おい、ギル……?」
ユウリが異変を感じ取ったのはその時だった。ギルの頭部がぐらりと揺れた。
そのままバランスを崩したギルは、身体ごと椅子から滑り落ちた。
「! ギル、大丈夫か……! おい、しっかりしろ!」
ユウリは慌ててギルを抱きかかえた。荒い呼吸、苦痛に満ちた表情。……そんなギルの姿を無意識のうちに脳裏に描いていたユウリだったが、次の瞬間には拍子抜けをしてしまっていた。
「寝てる……」
ユウリの腕の中で、ギルは安らかな寝息を立てていたのだった。




