ペンダント
宝飾店の並ぶ通りを出たギルは、大通りから離れて狭い裏路地へと入っていった。雑多で薄汚れた雰囲気の路地には、先程のような瀟洒な店など見当たらない。しばらくの間、落ち着きのない子供みたいに辺りを見回していたギルは、やがて一軒の露店に目を留めた。
「なぁ、あんなとこで買うのか? あんまりまともな品があるとは思えないんだけどな……」
ユウリは声を落としてギルに問いかける。
露店の店主は見すぼらしく、雑然と並べてある品々も、ユウリの目にはガラクタ同然に映る。そんなユウリの不安をよそに、ギルは露天に近づき真剣な様子で品々を手に取った。
ユウリは仕方無しにギルに付き従い、ギルが品を選ぶ様子を見守った。
「こういうところの方が掘り出し物があるんだよ。さっきも言ったけど、今のあなたならあんまり良質すぎる素材は使えないの。もっと安くて使い勝手のいい……そうね、たとえばこの鉄材なんかいいんじゃないかな」
「俺にはよくわからないから、ギルに任せるよ」
小声でやり取りしてから、ギルは店主に向かって無邪気に話しかける。
「おじさん、これいくら?」
「120スチルだよ」
「ふぅん……悪くない。おじさん、これちょうだい」
「はいよ。それだけでいいの? お嬢ちゃんに似合うアクセサリーもたくさんあるよ。このイヤリングどう? 大人っぽく見えて、ますます綺麗になるよ。彼氏も喜ぶよ」
「えぇー……そうかなぁ。おじさん、みんなにそんなこと言ってるんでしょ?」
「そんなことないよ。お嬢ちゃんがかわいいからおじさんついついサービスしたくなっちゃうんだよ。どう、彼氏? 安くしとくよ」
「え、俺……?」
ユウリからすれば分かりやすすぎるお世辞だったが、ギルは満更でもないらしい。店主の口車に乗せられて、ギルは食い入るようにアクセサリーを見始めた。
(……長くなりそうだな)
ユウリは眼帯をしている目のことで気が気でない。用事さえ済めば一刻も早く立ち去りたいのが本心だ。
「おじさん、このペンダント……綺麗ね。これってなんていう宝石?」
「おぉ、お嬢ちゃんお目が高いね。これはルビーだよ。綺麗だろう」
「本物?」
「もちろん」
「いいなぁ……あたしに似合うかなぁ……」
「付けてみるかい?」
「いいの?」
ギルは喜々としてペンダントを受け取ると、それを首に回して着けた。
「ねぇ、どう? ユウリ、似合うかな?」
「いや、その……」
ユウリは思わず言い淀んでしまった。お世辞にも似合ってるとは言い難い代物だったからだ。どこがどうおかしいかと聞かれても、飾り物に疎いユウリには言葉に出来ないが、どことなくごっこ遊びに使う宝石の玩具を子供が身につけて喜んでいるように見えた。
そんなユウリの気持ちを見透かしたのだろう、店主はすかさずギルを褒めにかかった。
「いいねぇ! すごくよく似合うよ。お兄ちゃん、羨ましいねぇ。こんな可愛い彼女がいて!」
商魂たくましい店主に呆れたユウリは、小声でギルに耳打ちをする。
「……あのな。正直に言うとあんまりぱっとしないぞ。それ、絶対安物だろ」
「うるさいなぁ。いいでしょ、別に。あなたに見せびらかすために欲しいわけじゃないもん」
ギルが少し不機嫌な様子で言うと、店主は「よしっ!」と言って手を叩いた。
「本当は値引きなんてしないんだが、おじさんあんたたちが気に入ったよ! もしこれからも贔屓にしてくれるなら大サービスで1500スチルで譲るよ」
「……1500スチルだって?」
唖然とするユウリに対して、ギルは目を輝かせていた。
「えーーーっ! おじさん、そんなに安くていいの!? ありがとう! ね、ユウリ。いいでしょ?」
「……無茶苦茶だ。本物のルビーだったらそんな値段で売るはずがない。いいカモだと思われてんだよ。ギル、やめとけ」
「いいから、買ってよ! ほんとはあたし、フィエニャにプレゼントしてあげたいんだ。お金はあたしが払うからさ。ほら」
ギルは店主に見えないようにして、そっと自分の財布からお金を抜きユウリに渡そうとした。
「はぁ……わかったよ。買ってやるって。ったく、何しに来たんだか」
そんなギルの熱心さに負け、ユウリはついにギルにペンダントを買ってやることにした。
「まいどあり!」
「……ほんとに良かったのか?」
ユウリはギルに買ってやるつもりでいたのだが、ギルは頑として自分で払うと聞かなかった。
「いいんだよ、あたしがフィエニャにプレゼントしたいんだから。それにあたし、多分あなたよりはだいぶ稼ぎがあると思うし」
「はっきり言うなよ」
そんなやり取りの末、ユウリはギルにペンダント代を渡すことを諦めた。旅の資金を貯めていたユウリは、内心では少しほっとしたのだった。
その後、ギルは寄るところがあるからと、ユウリを先に帰らせた。
翌日、ギルはユウリを工房に呼び出した。ユウリの手首のサイズを几帳面に測り、金属を切り出し火で炙ってなます。使っている金属は、昨日買った鉄材とは違い銀白色に光っている。おそらく銀合金の一種だろう。ギルはなました合金を叩き、型に沿えながら、切れ目の入った環状に形を整える。表面を軽く磨き、鏨を使って彫る。出来上がったのは、見るからに雑な仕上がりの腕輪だ。
「出来た。はめてみて」
ユウリはギルから腕輪を受け取った。ずっしりと重い金属の腕輪には、蜘蛛の巣が張り巡らされたかのようにびっしりと溝が彫られていた。ここまで隅々にまで彫り跡がつけられた魔具は、ユウリは初めてだった。
「いいか?」
「うん」
ギルがうなずくのを確認し、ユウリは腕輪をはめる。その途端に、まるで溝に墨が流れたかのように、彫り跡が腐蝕し始めた。
「はい、オッケー。外して」
ギルはユウリから腕輪を受け取ると、光にかざすようにしてそれを眺める。そしてすぐに別の腕輪をユウリに手渡した。
「次、こっち」
「はいはい」
そんなやりとりも既に五度目のことだ。彫っては腐蝕させ、を黙々と繰り返すギルに、ユウリは碌な説明も受けないまま従っていたが、退屈さにとうとう耐えかねたユウリはギルに尋ねた。
「なぁ、せっかく彫った魔具をどうしてすぐに腐蝕させちゃうんだ?」
「これは魔具じゃないってば。腐蝕具合を確かめて、ユウリの魔力の流れを見極めてるの」
「魔力の流れ?」
「そうだよ。それがわかんないと魔具造りが始めらんないの」
「俺にはよく分からないけど、必要なことなんだろうな。ということは今の作業は下準備みたいなものってことか?」
「いいから黙ってて」
「……ごめん」




