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腕輪


「うぅぅ、ひっぐ……ふぇぇぇん」

「お前、いい加減泣きやめって……」

 シルヴェストルが呆れたように言う。リビングに響き渡るのは、ギルの泣き声だった。ギルは顔面をぐしゃぐしゃに濡らしながら肩を震わせる。そんなギルの反応にユウリ達一同は苦笑いをしたりギルを慰めたり、いつの間にかユウリの思い出語りは終わってしまっていた。

「だっで……だっで可哀想だよぅ……」

 ギルは未だ止まない涙を流しながら、ユウリを見つめる。

「つまり、ユウリはその女の子と仲間たちを助けたいために旅に出ようとしてるわけ……?」

「あ、ああ……。まぁ、そういうことだよ」

 ユウリがうなずいて同意すると、またもやギルの目から滝のように涙が溢れ出た。ギルは顔面をぐしぐしと拭うと決意に満ちた表情に変わり、ユウリに言い放つ。

「わかった。あたし、あなたに協力する! あなたがどんな危険をも乗り越えていけるように、最高の魔具を作ってあげるから!」

「そ、そうか? ありがとう」

「さて、そうするとやることは一杯ある……叔父さん、工房にあたしの作業場を確保できる?」

「ああ、好きにしてくれ。机ならお前が使ってたものがまだそのままだ。片付けて使ってくれ」

「それとユウリの魔力の流れを確かめないといけないし…取り敢えずは……」

「取り敢えずは?」

 ユウリが聞くと、ギルは満面の笑顔を見せた。

「買い物ね」


 ギルはユウリを引っ張るようにして出ていった。残されたフィエニャは、感心したようにシルヴェストルに言う。

「意外ね。ギルが人見知りしないで会話できるなんて」

「三年も経ってるんだ。ちょっとは大人になったのさ」

「それとも、よっぽどユウリのことが好きになったのかしら。お兄ちゃんみたいに甘えられる人が欲しいのかもね」



「なぁ、やっぱりまずくないか……? こんな格好で日中に出歩くのは」

「大丈夫だって。変に気にしてると余計に怪しく見えるんだから。堂々としてなよ」

 目深に被った帽子に、咎目を隠した眼帯姿でユウリはギルと並んで歩いていた。咎目が隠れているとはいえ、やはり眼帯をつけているというだけで人々からは疑念の眼つきで見られてしまうものだ。ユウリは周囲の視線を気にしながら、顔をうつむけて歩いていた。


 すれ違う人たちはユウリのことなど気づきもしないかのように、皆素知らぬ顔をして通り過ぎていく。

「ユウリは、魔具を使ったことがあるの?」

「ああ、あるよ」

 ギルの問いかけに、ユウリは短く答えた。

 自分が探偵の手伝いをしていることは、ギルにはもちろんフィエニャやシルヴェストルにも黙っている。まっとうな稼ぎ方ではないという自覚はあったし、なによりギルはまだ幼く、潔癖なところがありそうだ。シルヴェストルに対して吐露したギルの真情を聞いた限りでは、そう思える。ギルに自分の探偵業のことを話すのは愚策であると思えた。


 「用心棒」として暴力を金に換えていることを知ったら、きっとギルは俺を軽蔑するだろうな……。


 質の良い魔具を手に入れることは、用心棒を続ける上で非常に重要だ。だからこそ、ギルに真実を話すことはできないし、適当に辻褄を合わせて誤魔化すつもりでいる。だが、そんな自分を卑怯だと恥じる気持ちもユウリにはあった。

 そもそも今さっき皆の前で話したことですらも、すべてを公正で客観的に話したわけではなかった。多少の脚色やあえて話さなかった事実もある。すべてを包み隠さず話すほどユウリは愚かではなかった。


 そんなユウリの煩悶をよそに、ギルは無邪気な笑顔でユウリに話しかける。

「ねぇ、あなたの魔具を見せてよ。どんなのを使ってるの?」

「ああ……。これだけど」

 腐蝕の進んだ腕輪をポケットから取り出し、ユウリはギルに渡した。受け取ったギルは驚きに目を見開いて、腕輪をまじまじと見つめた。

「なんでこんな粗悪な魔具を使っているの!?」

「そこらへんの露天で買ったものだよ。二束三文の価値しか無い」

「ダメだよ! こんな質の悪いものを使ったらっ! 叔父さんに造ってもらえばよかったじゃない!」

「俺がシルヴェストルさんにそんなことを頼めるわけないだろ。ただでさえ居候の身なんだ、そこまで迷惑はかけられないよ。……それにシルヴェストルさんは、今の依頼をこなすのですら既に手一杯だろ? それくらい俺にも見てればわかる。俺の魔具なんか作る余裕があるもんか」

「それは……そうかもしれないけど……。でもね、能力と魔具は互いに影響しあってるんだよ。だから粗悪な魔具を使うことは、ユウリの魔力の流れを歪ませちゃうんだよ」

「どういうことだ?」

「もしかしたらユウリは、能力者であれば質の良い魔具を使えば使うほど、それに比例して強い能力が発現できると思ってるかもしれないけど、それは違うの。もし今のユウリが最高級の……たとえばミスリルで出来た、しかも一級の紋章彫金師の魔具を使ったとして、そもそもその魔具を腐蝕させることすら出来ないでしょうね」

「俺の能力が、まだその魔具を使う段階にないってことか? もっと能力を磨けば、俺にもその魔具を腐蝕させられるようになるのか?」

「さぁ、それはあたしにもわかんない。能力者によって生まれ持った能力の強さがあるし、使用する金属の合う合わないだってある。だけどはっきりしてるのは、能力を使えば使うほど、その魔具が能力者をクセづけていっちゃうってこと。一度クセづけられたら、それを治すことはほとんどできない。だからこそ紋章彫金師は、依頼人の能力を正しく見極めて、その人が一番能力を引き出せると思う方向に向けて紋章を彫らなきゃいけないの。それが彫金師としての義務だよ」

「……そのクセってのがよくわからないな。もしそのクセづけられた方向が間違っていたらどうなるんだ」

「つまりどんなにすばらしい、天才的な潜在能力を持っていたとしても、悪い魔具ばっかりに慣れちゃうと並以下の能力者で終わっちゃう、ってこと」

「なるほど」

「逆に言うと、潜在的には並以下の能力者でも、彫金師がうまくその能力を引き出すことで、もしかしたら優れた能力者になれるかもしれない。能力者には、段階があるの。第一等級を頂点として、能力者として認められているのは第七等級まで。それ以下は一般人ってことだね」

「俺はいったい第何等級になるんだろうな」

「まず最初に断っておくけど、能力者の八割以上が第七等級なの。七等級と六等級の区別は簡単。魔力が皮膚の内側で留まるか、それとも皮膚の外側まで流せるか、の違い。皮膚の外側まで流せれば第六等級と認められる」

「……それだけか? わからないな。それってそんなに差があることなのか」

「大違いだよ。要は自分のカラダの内側か外側かって違いだから。第七等級の能力は身体能力や治癒力、五感の強化。つまりカラダの内側を魔力で満たすことで肉体を強化できる。第六等級はそれだけじゃなくて、肉体の外側を魔力で覆って強化することができるの。例えば肉弾戦になれば、第七等級に比べて第六等級がはるかに有利になる。魔力の保護がある分だけ打撃力も防御力も比べ物にならないくらい強い」

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