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逃亡

 俺たちは果てしなく歩き続けた。

 靴はぼろぼろになり、足は傷だらけになった。俺自身も辛かったが、少女が裸足同然で歩いていることがもっと辛かった。

 少女の名はアリテと言った。

 陽が落ち、宵闇の中で体を寄せ合って眠る時、少女はよく囁くように歌を歌った。

 聞いたこともない異国の言葉で、歌詞の意味はわからなかったけど、その不思議な歌は俺に力を与え、癒やしてくれた。

 精神的な意味でだけではなく、彼女の歌を聞くと本当に怪我が癒やされるのもはやかったんだ。気のせいだと思われるかもしれないけど、嘘じゃない。

 彼女は両耳に耳飾りをしていて、その耳飾りには故郷の国の紋が記されていた。彼女はその故郷の名をラクシュだと言った。聞いたこともない名前だ。彼女はその小さな国の少数民族の出だということだったが、国は貧しく、出稼ぎのために隣国の大都市へと出なければならなかった。そして一人で故郷を離れ、さるお屋敷で住み込みのメイドとして働いていたのだそうだ。あとになって調べてみたが、どんな地図ににもそんな国の名前は載っていなかった。

 

 リヨンが渡してくれたフィエニャ宛の手紙には、この街の住所が書かれていた。テルミナは大陸鉄道の始発にあたる。俺が数週間の間入れられていた刑務所は、テルミナから北西に700キロメートルほどの位置だ。そこからさらに三日ほどトラックで北上したところで野盗に襲われたわけだから、南東に向かって線路沿いに進めば、一ヶ月ほどでテルミナにたどり着くと思った。

 途中でなんとかして鉄道に乗り込めないかと考えたが、車両にも駅にも警備兵が配置されている。貨物列車であれば客車列車よりも警備が手薄なのではないかと考えたが、中の様子がわからない以上、乗り込むのはリスクが大きかった。結局俺たちはテルミナまでひたすら歩き続けることにした。少女は一度も文句を言わなかった。


 食べ物を手に入れることが一番難しかった。

 なにしろ二人ともが咎目だ。

 耳飾りを売ります、そう彼女は言ったが、たとえ金があったとしてもこの目では買い物をすることすら難しかっただろう。だから断った。

 俺は彼女を街の外に待たせて、夜になっては街に忍び込み、なんとかして食料を手に入れていた。彼女はそれについて何も聞いてこなかったが、きっとまっとうなやり方で手に入れたものではないことくらい、わかっていたはずだ。


 ようやくテルミナにたどり着く希望が見えてきた頃になって、俺はヘマをした。

 夜中になり、農場に忍び込んだところを見つかってしまった。暗かったから咎目だとはバレなかったらしい。それでも数人に囲まれて、棒きれやら何やらでさんざん殴られた。咎目だと知られていたら殺されていたと思うが、背格好から見てまだ子供だと思ったんだろう。幸いにも見逃してもらえた。だけど頭を強く打たれて血が止まらなかった。

 ふらふらになって少女の元に戻ると、彼女は短い悲鳴をあげて泣き出した。

 大丈夫、何ともないから。

 俺よりも少女のほうが動転していたから、そう言って何度も落ち着かせようとした。

 少女はぼろぼろと泣きながら自分の服を裂き、俺の頭の傷口を強く押さえて止血をしようとした。血が溢れて一瞬で布切れが血に染まった。少女は泣きながら声をつまらせ、それでも必死になって俺の頭の傷口を押さえながら、いつも歌ってくれるあの歌を歌った。いつの間にか気を失ったのか、気がつくと彼女に膝枕をされていた。

 頭の割れるような痛みは引き、意識も少しずつはっきりしてきていた。彼女の膝が冷たくて気持ちが良かった。

 まだ目の焦点が定まらなくて彼女の顔がぼんやりとしか見えていなかった俺は、うわ言みたいに何度もつぶやいた。

 必ず故郷くにに連れて行くから。

 彼女はそのたびにうなずきながら、温かな涙をこぼした。


 その後は俺にも記憶がはっきりしていない。朦朧としたまま歩き続けて、テルミナまでたどり着いた。ずっとアリテが俺を支えて歩いていたみたいだから、ずいぶん迷惑をかけてしまったと思う。

 フィエニャの家を見つけてからは、皆の知っての通りだ――。

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