表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/29

「あーぁ、やっちまったなぁ、ガキんちょ……」

 斬られた仲間を見下ろしながら、もうひとりの野盗が大刀を構える。

「もうこれは皆殺しにするしかねぇなぁ。てめぇのせいでみんなが無様に死ぬんだ。せいぜいあの世で泣いて詫びるんだな」

「えっ、マジかよ。俺も? へへっ……兄貴、冗談キツイぜ」

 「兎」がひきつった顔で笑うと、野盗は残虐な笑みで答えた。

「集団責任だ。兎、てめぇがしっかり見張ってなかったからこうなったんだろ? 見ろよ、こんな怪我を負って可哀想だろ……?」

 野盗は、地面をのたうち回る仲間を見下ろして言う。

「クソガキ、まずはてめぇだ。死ぬより辛い思いをさせてやる」

 野盗が大刀を振りかざした。

「ちくしょう、もうちょいだったんだぞ……! めちゃくちゃにしやがって……!」

 「兎」のそんな呟きの意味は、俺にも野盗にも、その時にはわからなかった。


「死ね」

 刃と刃のぶつかる音が響き、手首に凄まじい衝撃を受けた。野盗が振り抜いた大刀に、持っていたナイフが弾き飛ばされたんだ。力の差は明白だった。一太刀で殺されなかっただけでも奇跡に近かっただろう。しかし瞬間、野盗は俺に重たい蹴りを叩き込んだ。息が詰まるかというような鈍い痛みが腹部に走り、俺は地面に倒れこんだ。


 まずい、殺される。


 死を覚悟した反面、抵抗をやめる気はなかった。俺がここで諦めたらどうなる? 俺が殺されるだけならまだいい、「兎」だって殺されるだろうし、何より守ろうとした少女だって殺されてしまうのだ。

 未だ痙攣するように痛む腹を抑えて喘ぎながら、俺は無様に手を伸ばした。床に転がるナイフを拾おうとしたんだ。だけどその伸ばした手は、じゃらん、という金属音を立てる足に踏みつけられた。


 俺の足を踏みつけたのは、「兎」だった。


 「兎」は俺を見下ろし、にやけた笑みを浮かべながら足元のナイフを拾い上げた。

「へへ……悪りぃな。でもお前のせいだぜ。もうちょっと辛抱してりゃこんなことにはならなかったんだ」

 俺は悔しさのために頭に血がのぼり、罵るように「兎」に言う。

「汚いぞ……お前には人としての矜持が無いのか」

「黙れよ!」

 「兎」はそう言うと、野盗と同じように俺の腹に蹴りを入れる。

「ぐぁっ……!」

 俺は床を転がり、少女の足元に倒れ込んだ。少女は怯えて震え、泣いていた。「兎」は吐き捨てるように俺に言った。

「しばらくそこで寝とけ」

「おーし、よくやった兎。お前、そのガキを殺せ。そうすればお前の命は助けてやる」

 大刀を握る野盗が言うと、腕を切られ地面に転がった仲間が叫ぶ。

「冗談じゃねぇ、殺せ! 皆殺しだっ!」

 だけど「兎」はそんな二人の声がまるで耳に入らないとでも言うように、独り言をつぶやいたんだ。

「まだ完璧には程遠いんだがな……まぁでも、ひと突きで繋げることができるように、いざって時のために準備しておいたのは正解だったぜ」

「あ? てめぇ何言って……」

 野党が不機嫌そうな視線を向けたとき、「兎」はナイフの刃先で左手首の手枷を一突きした。そう、真夜中に部屋の片隅で黙々と続けていた作業の、最後の一突きだった。

 瞬間的に、手枷に黒い紋様が浮かび上がった。

 腐蝕が始まっていたんだ。

 「兎」が手枷を削っていたのは、切断しようとしていたからじゃない。手枷を腕輪に見立てて、紋章彫金を施していたんだ。

「なっ……! て、てめぇ! 能力者だったのか!」

「兎」はそんな野盗の言葉には興味が無いというように、ただ無言でいた。ジャリ、という金属音が代わりに答えるように辺りに響いた。「兎」が鎖を引き千切ったんだ。

「さて……形勢逆転だな」

 野盗たちは既に絶望していた。自分の運命が既に決まってしまったことを悟ったのだろう。それでも一縷の望みに縋らずにはいられず、大刀を捨て、地面に膝まずいて哀願した。

「う、兎……今までのことは……」

「うるせぇ。吐き散らして死ね」

 俺がされたのと同じように、「兎」は野盗の腹を蹴った。それで全てが終わり。野党は死んだ。無残だった。

 そしてそのひと蹴りは、「兎」が俺よりも、能力者として遥かに格上だってことを証明していた。何しろあの粗悪な金属でできた手枷に、ナイフで削って作ったもっとも単純な魔具でその威力だ。俺なら能力を発動するどころか、かすかな腐蝕痕を残すことすらできなかっただろう。

「ひ、ひぃ……! 助けて……!」

 残った野盗は腕の切傷も忘れて地面を這っていた。

「ちっ……! つまんねぇ奴だな。反吐が出るぜ」

 「兎」は無慈悲に呟くと、大刀を拾い上げて野盗を斬り捨てた。


 辺りは異様に静まり返っていた。ただ血の匂いと少女が恐怖で歯を打ち鳴らす音だけが響いていた。

 「兎」は俺に向き直ると、無言で大刀を振り下ろした。まるで野菜でも切るみたいに、俺の手枷がさっくりと二つに割れた。それから少女の方へと歩み寄ると、同じように手枷を切った。

「嬢ちゃん、頼みがある。この手紙を妹に渡してほしい」

 「兎」はポケットから紙切れを取り出すと、少女の手に握らせた。今までの乱暴な口調が嘘みたいに優しい声をしていた。

「おい、ユウリ。この嬢ちゃんを連れてテルミナへ行け。俺が時間を稼ぐ。……といってもこんな急造りの魔具じゃ保ってあと数分でとこか。急げよ」

「……お前はどうする」

 俺は問いかけたが、「兎」は答える代わりに俺を罵った。

「うるせぇ! 早く行け! ぶち殺されてぇのか!?」

「……ありがとう」

 俺は呆然としている少女の手を引き、立ち上がらせた。「兎」は半開きになった扉に手をかけ、床に転がったままのナイフをちらりと見やると、俺に言った。

「それとな。そのナイフ、餞別でお前にやるよ。嬢ちゃんを死ぬ気で守ってやれ」

「ありがとう。必ず、助けに来るよ。そうしたら、このナイフはきっと返すから……」

「……いらねーよ。早く行け」

 リヨンは、ぶっきらぼうにそう言ってから扉の外に目を走らせた。

 異変を察知したらしい野党が、辺りを警戒し始めているのが見えた。

「クソッ、あの人数が相手か……。気が重いぜ」

 そんな呟きを背後に残し、俺は少女の手を引いて走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ