死
「あーぁ、やっちまったなぁ、ガキんちょ……」
斬られた仲間を見下ろしながら、もうひとりの野盗が大刀を構える。
「もうこれは皆殺しにするしかねぇなぁ。てめぇのせいでみんなが無様に死ぬんだ。せいぜいあの世で泣いて詫びるんだな」
「えっ、マジかよ。俺も? へへっ……兄貴、冗談キツイぜ」
「兎」がひきつった顔で笑うと、野盗は残虐な笑みで答えた。
「集団責任だ。兎、てめぇがしっかり見張ってなかったからこうなったんだろ? 見ろよ、こんな怪我を負って可哀想だろ……?」
野盗は、地面をのたうち回る仲間を見下ろして言う。
「クソガキ、まずはてめぇだ。死ぬより辛い思いをさせてやる」
野盗が大刀を振りかざした。
「ちくしょう、もうちょいだったんだぞ……! めちゃくちゃにしやがって……!」
「兎」のそんな呟きの意味は、俺にも野盗にも、その時にはわからなかった。
「死ね」
刃と刃のぶつかる音が響き、手首に凄まじい衝撃を受けた。野盗が振り抜いた大刀に、持っていたナイフが弾き飛ばされたんだ。力の差は明白だった。一太刀で殺されなかっただけでも奇跡に近かっただろう。しかし瞬間、野盗は俺に重たい蹴りを叩き込んだ。息が詰まるかというような鈍い痛みが腹部に走り、俺は地面に倒れこんだ。
まずい、殺される。
死を覚悟した反面、抵抗をやめる気はなかった。俺がここで諦めたらどうなる? 俺が殺されるだけならまだいい、「兎」だって殺されるだろうし、何より守ろうとした少女だって殺されてしまうのだ。
未だ痙攣するように痛む腹を抑えて喘ぎながら、俺は無様に手を伸ばした。床に転がるナイフを拾おうとしたんだ。だけどその伸ばした手は、じゃらん、という金属音を立てる足に踏みつけられた。
俺の足を踏みつけたのは、「兎」だった。
「兎」は俺を見下ろし、にやけた笑みを浮かべながら足元のナイフを拾い上げた。
「へへ……悪りぃな。でもお前のせいだぜ。もうちょっと辛抱してりゃこんなことにはならなかったんだ」
俺は悔しさのために頭に血がのぼり、罵るように「兎」に言う。
「汚いぞ……お前には人としての矜持が無いのか」
「黙れよ!」
「兎」はそう言うと、野盗と同じように俺の腹に蹴りを入れる。
「ぐぁっ……!」
俺は床を転がり、少女の足元に倒れ込んだ。少女は怯えて震え、泣いていた。「兎」は吐き捨てるように俺に言った。
「しばらくそこで寝とけ」
「おーし、よくやった兎。お前、そのガキを殺せ。そうすればお前の命は助けてやる」
大刀を握る野盗が言うと、腕を切られ地面に転がった仲間が叫ぶ。
「冗談じゃねぇ、殺せ! 皆殺しだっ!」
だけど「兎」はそんな二人の声がまるで耳に入らないとでも言うように、独り言をつぶやいたんだ。
「まだ完璧には程遠いんだがな……まぁでも、ひと突きで繋げることができるように、いざって時のために準備しておいたのは正解だったぜ」
「あ? てめぇ何言って……」
野党が不機嫌そうな視線を向けたとき、「兎」はナイフの刃先で左手首の手枷を一突きした。そう、真夜中に部屋の片隅で黙々と続けていた作業の、最後の一突きだった。
瞬間的に、手枷に黒い紋様が浮かび上がった。
腐蝕が始まっていたんだ。
「兎」が手枷を削っていたのは、切断しようとしていたからじゃない。手枷を腕輪に見立てて、紋章彫金を施していたんだ。
「なっ……! て、てめぇ! 能力者だったのか!」
「兎」はそんな野盗の言葉には興味が無いというように、ただ無言でいた。ジャリ、という金属音が代わりに答えるように辺りに響いた。「兎」が鎖を引き千切ったんだ。
「さて……形勢逆転だな」
野盗たちは既に絶望していた。自分の運命が既に決まってしまったことを悟ったのだろう。それでも一縷の望みに縋らずにはいられず、大刀を捨て、地面に膝まずいて哀願した。
「う、兎……今までのことは……」
「うるせぇ。吐き散らして死ね」
俺がされたのと同じように、「兎」は野盗の腹を蹴った。それで全てが終わり。野党は死んだ。無残だった。
そしてそのひと蹴りは、「兎」が俺よりも、能力者として遥かに格上だってことを証明していた。何しろあの粗悪な金属でできた手枷に、ナイフで削って作ったもっとも単純な魔具でその威力だ。俺なら能力を発動するどころか、かすかな腐蝕痕を残すことすらできなかっただろう。
「ひ、ひぃ……! 助けて……!」
残った野盗は腕の切傷も忘れて地面を這っていた。
「ちっ……! つまんねぇ奴だな。反吐が出るぜ」
「兎」は無慈悲に呟くと、大刀を拾い上げて野盗を斬り捨てた。
辺りは異様に静まり返っていた。ただ血の匂いと少女が恐怖で歯を打ち鳴らす音だけが響いていた。
「兎」は俺に向き直ると、無言で大刀を振り下ろした。まるで野菜でも切るみたいに、俺の手枷がさっくりと二つに割れた。それから少女の方へと歩み寄ると、同じように手枷を切った。
「嬢ちゃん、頼みがある。この手紙を妹に渡してほしい」
「兎」はポケットから紙切れを取り出すと、少女の手に握らせた。今までの乱暴な口調が嘘みたいに優しい声をしていた。
「おい、ユウリ。この嬢ちゃんを連れてテルミナへ行け。俺が時間を稼ぐ。……といってもこんな急造りの魔具じゃ保ってあと数分でとこか。急げよ」
「……お前はどうする」
俺は問いかけたが、「兎」は答える代わりに俺を罵った。
「うるせぇ! 早く行け! ぶち殺されてぇのか!?」
「……ありがとう」
俺は呆然としている少女の手を引き、立ち上がらせた。「兎」は半開きになった扉に手をかけ、床に転がったままのナイフをちらりと見やると、俺に言った。
「それとな。そのナイフ、餞別でお前にやるよ。嬢ちゃんを死ぬ気で守ってやれ」
「ありがとう。必ず、助けに来るよ。そうしたら、このナイフはきっと返すから……」
「……いらねーよ。早く行け」
兎は、ぶっきらぼうにそう言ってから扉の外に目を走らせた。
異変を察知したらしい野党が、辺りを警戒し始めているのが見えた。
「クソッ、あの人数が相手か……。気が重いぜ」
そんな呟きを背後に残し、俺は少女の手を引いて走り出した。




