プロローグ ~河野千紘はビビらない~
河野千紘は一人夜道を歩いていた。
家々の明かりはまだどこも灯っているが、辺りはとうに夜の濃紺に包まれ、等間隔で立つ街路灯の光が却って闇を際立たせる。時折道沿いの建物から人の話す声や生活音が聞こえてくるが、それらもこの道の不気味さをかき散らすのに十分とは言えなかった。
人通りも少なくて薄暗いこの道は、普段は帰り道に使わないのだが、今日は帰りが遅くなってしまったし、この道を通ると近道なので意を決してこの道を選んだのだった。やっぱり遠回りになっても商店街の方を通ってくるんだったかという後悔が千紘の頭の中をくるくると渦巻く。
いや、よく考えれば別に怖いものなんてないはずだ。周囲に人の気配はないし、仮に不審者に何かされそうになっても、普段から運動をしている千紘は逃げ切れる自信があった。それにお化けや妖怪の類は信じない派だ。だから、この薄暗い道に何が出ても……いや出ないに越したことはないけど、大丈夫なはずだ。
そうやって考えることで、千紘は極力怖さを感じていないように振る舞おうとしたが、自然と歩くスピードが早くなる。
街路灯の光が辺りの暗さを引き立たせるように、怖くないと思えば思うほど、かえって怖さが浮き彫りになるものだ。自分でもそれが分かっているからこそ、どんどん負の連鎖は続いていく。
これではいけないと思った千紘は、音楽でも聞いて気を紛らわせようと、部活用の大きなカバンから音楽プレーヤーを取り出した。ぐるぐる巻きになっているイヤホンのコードを平静を装いながら解いていく。
その時、がさりと道端の草むらから音がした。
「ひっ!?」
千紘は思わず音楽プレーヤーを取り落としそうになるくらい、びくりと大きく体を震わせた。バクバクと大げさに鼓動する心臓を必死に抑え、全神経を集中させて、草むらを凝視する。同時に、頭の中で草むらから出てくるものの正体を色々想像してしまう。
ごそごそと再び草むらが揺れて、何かがスッと道に飛び出してきた。
自慢の反射神経で咄嗟に身構えた千紘だったが、出てきたのは何のことは無い、ただの白い大人の猫だった。
千紘は気抜けしてその場に崩れ落ちそうになった。
「なんだ、ただの猫か…」
警戒が解けて気の緩んだ千紘は、つい独り言を言った。
冷静になってよく考えてみれば、ただ草むらから猫が出てきただけだったのに、全身を強ばらせて、あまつさえ恐怖のあまり短く小さい悲鳴をあげてしまった自分が恥ずかしく感じた。
別に怖いものなんてない、とか考えておきながら、しっかりビビってしまっているじゃないか。
こういうのを、幽霊の正体見たり枯れ尾花と言うんだったか……。
千紘は学校の古典の先生が言っていた言葉を思い出しながら、ずり下がってきた肩掛けのカバンをかけ直し、音楽プレーヤーに繋がったイヤホンを耳に入れて歩き出そうとした。
その時、千紘は間違いなく目撃したのだ。
道を横切って悠々と去ろうとする白猫の右目だけが、妖しく赤く光ったのを……。
おかげさまで2月16日現在推理小説の日刊ランキング2位!
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引き続き、第2章もお楽しみください(「・ω・)「




