鈴カステラと毒物X
「いただきまーす!」
カフェテリアの近くにあった大学構内の売店で買ってきたお菓子をいくつか与えると、彼女はパッと起き上がって包装を解きはじめた。あまりに機敏な動きに、僕は少し面食らってしまった。彼女はみたらし団子の串を1本取り出すと、ポケットから財布を出し、小銭を差し出してきた。
「いやあ、頭使ったら糖分がないとね〜。はい、お代」
「いや、いいよ。それくらいは」
僕は、手のひらを向けて断ろうとした。僕も食べるから最初から奢るつもりだったし、これだけいろいろ教えてもらえるなら、報酬におやつ代くらい付け足してもいいと思った。
「問答無用。はい」
その手のひらに挿すように小銭を押し込まれ、僕は思わず握って受け取ってしまった。
「うん、おっけ。キミには夕飯をしっかりおごってもらうからね」
彼女は満足そうにそう言って、無邪気に笑った。初めに彼女を見た時は機嫌が悪かったからか、あどけない顔立ちの割に大人っぽい雰囲気をも感じたが、こうして笑っている顔を見ると余計に子供っぽく見える。
「キミ、今子供っぽいって思わなかった?」
団子を頬張っていた彼女が急に訝しむ顔になって言った。
「え? い、いや思ってないよ」
不意に心を読まれたようなツッコミを受け、とっさに受け答えるも思わず動揺してしまう。何となくここは話題を変えて乗り切ることにした。
「そういえば、青酸カリってどうして漢字で書くと青ってついているのかな。本当は白い色をしているのに」
「確か青酸って名前は染料に由来したはず。ドイツのプロイセンで発見された青色の染料のことを、プロイセンを示す英語からプルシアンブルーと名付けたのが発端だよ」
彼女は僕の突飛な疑問にさらりと答えた。
「で、そこから青酸化合物が取れたから、向こうの人はこれをシアン化合物って呼んだの。それを日本語に訳すときにシアンを青と訳したことから青酸と呼ばれるようになったって説がある」
まるで何かに書いてある説明文を読みあげるかのように、よどみなく言い切ると、彼女は串に刺さった団子の最後一個を食べた。何とか話題を変えることには成功したらしい。
「へぇ……新藤さんは博学なんだね」
僕は素直な感想を伝えた。ほんの少し会話をして、小説のアドバイスをもらっただけだが、その小さな頭には膨大な量の知識がぎゅっと詰まっていることはよく感じ取れた。
「……まあね、本をよく読むから」
新藤さんは少しうつむいて、ほんの一瞬だけ困ったような微妙な表情をしたように見えた。
「そういえば、私を訪ねてきたのは岡本の紹介なんだっけ?」
ぱっと顔を上げて、次なるお菓子に手を伸ばしながら彼女は言った。バサッという小気味のいい音を立てて、鈴カステラの袋が開く。
「うん、そうだよ。毒薬に詳しい人を知らないかって聞いたら新藤さんのことを教えてくれてさ」
僕がそう言うと、彼女は鈴カステラで膨らませた頬を少し緩ませて、懐かしそうに目を細めた。
「岡本にも久しく会ってないなぁ……元気そうにしてるかい?」
あれ、そうだったのか。なんとなく僕と岡本の関係のように、定期的に顔を見ているものかと勝手に思っていた。
「ああ、保育士の仕事は大変だって言ってたけど、相変わらず元気そうだったよ」
僕は手を伸ばして彼女の手元にある袋から鈴カステラを一粒頂戴し、答えた。
「そっか……まあそれなら何よりだよ。今度会ったらよろしく言っといてよ」
彼女はあっさりとそう答えて、意外と人懐っこい笑みを浮かべた。
「それはそうと、どうしても青酸カリじゃないといけないの?」
もそもそと鈴カステラをあさりながら、彼女は思い出したように言った。
「いっそ架空の毒物Xとかでもいいんじゃない?」
「いや、そうすると臨場感がないというか、SFっぽくなっちゃう気がするんだよ」
実際、架空の毒を用いたとする推理小説もなくはない。ただし、そうすることによって読者が物語の真相を推理することが難しくなる。つまりアンフェアだという主張もある。
推理小説を書く上での規則として有名なヴァン・ダインの二十則では、未知の毒物を使ってはならないとしていたはずだし、推理小説と言えば実存する毒を使うべきという風潮があるのは確かだ。
この「推理小説には実存する毒を使う」という風潮が、架空の毒を扱う作品がSFっぽく見えてしまう原因になっているのではないだろうかと僕は思っている。
「うーん、それもそうか」
もぐもぐと鈴カステラを頬張りながら新藤さんは答えた。
それにしてもよく食べるな、この人。僕は一瞬何となく嫌な予感を感じた気がした。
「いや、さっきの続きなんだけど、青酸カリってのは扱う分野が限られていて、足がつきやすいと思うんだ。投与量もけっこう多いし、味も悪い。確かに即効性はあるかもしれないけれど、殺人には向かないと思うよ」
彼女は少しまじめなトーンでそう話し始めた。どうやら糖分を補給してスタミナが回復したらしい。
「そっか……じゃあ、どんな毒ならあつかいやすいかな?」
我ながら物騒なセリフだ。言いながら僕は先ほどまでメモに使っていたノートをまた用意した。
新藤さんは最後の鈴カステラをさらいつつ、少し考える顔つきになった。僕が期待を込めて彼女に目線を送ると、それに気づいた彼女はゆっくり首を振った。
「すべての欠点を劇的に解決するアイデアは思いつかないな」
「うう、やっぱりだめか……」
僕は何となく残念な心地で天井を見上げた。
「でも、どうにか殺せる条件なら考えられるんじゃないだろうか」




