たった一つの方法は?
「このゲームはね、先手必勝なんだ」
得意満面の彼女は、そう言うとビニール袋からもう1枚新しい板チョコを取り出した。
包装から取り出すと、やはり板チョコには縦横に割線が走り、小さなブロックが6列4段で並んでいるような形になっている。
「分かりやすくするために逆から考えていこうか」
「逆から?」
「つまり、自分が勝つにはどうしたらいいかを考えるにあたって、自分が勝つシーンから遡ってゲームを振り返り、必勝法を探るのさ」
彼女はピッと人差し指を立てて僕を見据えた。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌だ。
そして、その綺麗な指はそのまま降りて板チョコの右手前の隅にある一かけを指差す。
「君に最後のひとかけを渡すことが出来れば、このゲームは私の勝ちだよね」
「そういう事になるね」
「ってことは、私はこの部分か、この部分を受け取ることが出来れば勝ちが確定する」
そう言って彼女は指差した一かけと縦横で接した一かけを指で囲うように示す。
つまり彼女の言うには、チョコの二かけで出来た長方形を受け取ればその時点で勝ち、ということだ。
「理解した。でも、それだけじゃ確実に勝てる訳では無いでしょ? 受け取ることが出来れば勝ちとは言っても、相手がどんな風に割るのかは予測できないよ」
「出来るんだな、これが」
ふふん、と新藤さんは鼻を鳴らした。そして今度はチョコの右手前の隅にある2列2段の四かけを囲う。チョコレートの一かけずつが正方形であれば、囲われた部分もちょうど正方形になるであろう形だ。
「例えば君がこの部分を受け取ったとする。さて、君はどうする?」
「どうするって……二かけの長方形を渡したら負けだから……」
言葉にしながら考えを整理していた僕はそこまでで言葉を切った。
「これって……」
「どうした?」
「この状況……どう割っても僕の負けになる……」
「ご名答!」
答えに辿り着いた僕を褒めるように、新藤さんは機嫌良く声を弾ませた。何だか今日はとても楽しそうだ。
「ルールの関係上、2×2の形になっているチョコレートをL字型に割って一かけだけを取り出すことは出来ない」
「つまり、2列2段のチョコレートを渡された時点で、僕の負け……」
「逆に言えば、2×2のチョコレートを渡した方が勝ちってことだね」
そう言うと彼女はペットボトルのお茶に口をつけた。一見普通のお茶に見えるそれの側面には、ポップなフォントで『砂糖茶』と書かれている。
相変わらず体に悪そうなものを飲んでいるようだ。
「でも、2列2段のチョコを相手に渡せるかどうかは、相手から貰うチョコの形次第になるんじゃ……」
「その通りだね。もちろんそこを何とかする方法もある訳だけど……ここで考え方を変えてみよう」
眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げた新藤さんは、再び右手前の隅にある一かけを指差した。
こちらに乗り出すような所作と一緒に、彼女の香りが運ばれてくる。
「この一かけを君に渡したら私の勝ちな訳だけど、一かけっていうのは1×1のチョコレートということも出来るよね?」
「まあ、確かに……」
「そしてさっきの検証で、2×2のチョコレートを渡せば勝ちになるということも確かめた」
「うん……ん? つまり新藤さんが言いたいことっていうのは……」
「そう、3×3のチョコレートを渡すことも、勝利条件になり得るんじゃないかってこと」
メタルフレームのメガネ越しに、オニキスのような瞳が僕の目を見つめた。上目遣いが、元々大きな瞳をさらに大きく見せる。
「検証してみよう」
彼女は視線を外し、そう言って板チョコを割り始めた。魔法が解けたような心地で我に返り、彼女の作業を見学する。
小気味よい音を立てて割れた板チョコは3列3段の形を成す。新藤さんは躊躇う様子なく、そのうち1列を手で覆い隠した。
「今、3×3の板チョコを相手に渡したとする。相手はどんな割り方をしてくるか分からないけど、例えばこうやって1列だけ割るパターンだったとする」
「残りは2列3段になるから……えーと、1段だけ割ってやれば2列2段のチョコを相手に渡すことが出来る」
「正解。逆に相手が1段だけ割ってきたら、こちらは1列だけ割って返せばいい」
新藤さんは満足げに顎を引いて、今度は3×3のチョコのうち2列を隠すように、翳した手を動かす。
「こういう風に相手が2列割って残りを渡してきたらどうしようか」
「そうなると渡されるのは1列3段のチョコレート……これだと2列2段にして返すことは出来ないよ」
「そうだね。でもこれはこれで勝ちが確定していないかい?」
「えっ……あ、本当だ!」
僕は少し遅れてそれに気づいた。1列3段のチョコを渡されたら、うち2段を折って残る1列1段――つまり最後の一かけを渡すことができる。
2列2段を作ることに気を取られすぎていたようだ。
「相手が2段割ってきた時も同じだね。これで3×3のチョコを渡された時の相手の選択肢はすべて検証したことになる」
「そして、その全てのパターンで勝負が決まることが分かった……」
「3×3のチョコを渡した時点で勝ちが決まるってことになるね」
新藤さんは先程割ったチョコレートを齧った。もう何枚目になるか分からないチョコレートが、彼女の小さな口の中に溶けていく。
「大体察しがついたかな? 相手にn列n段のチョコ……形は長方形だけど、便宜上“正方形”のチョコとしようか、を渡せば、必ず“長方形”のチョコが帰ってくる」
「“長方形”のチョコからは、必ず“正方形”のチョコが作れる……」
「つまり、このゲームの必勝法は……」
「先手で6列4段のチョコを4列4段にして渡すこと……っ!」
僕は思わず声を張り上げてしまった。
自分の声で我に返って辺りを見回すと、近くにいた中年女性のグループが目を丸くしてこちらを見ている。
新藤さんのヒントを貰いながらとはいえ、必勝法に辿り着いた歓喜のあまり、テンションが上がりすぎてしまったようだ。
「うん、正解」
新藤さんはそんな僕を見て、優しく笑った。これまでにも何度か彼女の笑顔は見てきたが、その中でも群を抜いて優しい笑みだ。
……というより、生暖かい?
「新藤さん、今僕のこと内心子供っぽいと思わなかった?」
「そんなことはないよ?」
「う……一層生暖かい眼差し……」
何だかやりづらくなって、僕は目を背けた。それでもなお、横顔に突き刺さる見守るような視線に耐えられず、話題の変更を試みる。
「そ、そういえばさ。必勝法は分かったけど、それじゃゲームが面白くなくなっちゃうよ。必勝法が無くなるようにはできないのかな?」
「私はとても楽しかったけど……例えばどうやって?」
今度は意地悪い笑顔を見せた彼女に質問を返されて、僕は腕組みをして頭を回転させる。必勝法のどこかワンシーンを邪魔するようなルールがあればいい。
例えば……。
「例えば、チョコを二つに割ったらそのうち小さい方を差し出さなくちゃいけない、ってルールを足したら?」
「無理だね」
「そうでしょ、だって……え?」
「無理だよ、それでもまだ抜け道がある」
彼女は即座に跳ね除けてみせた。考えて抜け道を見つけ出したにしては、その食い気味の却下は余りにも早い。
呆気に取られる僕に、新藤さんはゆっくり言い放つ。
「何故なら、このゲームから必勝法を無くすには一つしか方法がないからね」
またまた読者様への挑戦状!!
・河野くんの提案したルール付きのチョコ割りゲームにおける必勝法
・チョコ割りルールから必勝法を無くす方法
のどちらか、あるいは両方をお答えくださいませ!
分かった方はメッセージか活動報告でどうぞ♪
パズルのような問題ですが、ちゃんと次回では理系ミステリーらしい解説をつけます!




