白猫の正体見たり
僕たちは現場から少しカフェの方に戻ったところにある公園に入り、日陰のベンチに腰掛けた。
四段のジャングルジムや、滑り台のあるこぢんまりとした公園には、親子連れが二組いる他には人がおらず、程よく落ち着いて会話ができる。
僕たち兄妹の真ん中に座った新藤さんは、一息ついて話し始めた。
「じゃあまずはあの白猫について話そうか」
「千紘も言ってたけど、実際に見ると明らかに左右の目の色が違っていたね」
「あれは虹彩異色症だね」
「こうさ……なんだって?」
僕が聞き返すと、新藤さんはゆっくりと言い直してくれた。
「虹彩異色症。いわゆるオッドアイだね。瞳の中にある虹彩という部分の色が左右で変わってしまう症状のこと。遺伝的な原因や、病気、事故なんかで引き起こされて、人間でもなることがあるんだけど、それよりも犬や猫の方がなりやすいと言われていて、特に白猫では発症率が高い」
「あの子も、その病気なんですか?」
千紘の質問に、新藤さんは少し微妙な表情で頷いた。
「病気か……まあ平たく言えばそんな感じかな。現に、虹彩異色症の猫の3割ほどは聴覚障害があったりするという話を聞いたこともある」
「そういえばあの子、あたしたちが近づいても反応薄かったような……」
「よく気がついたね。それに関しては、人馴れしてたとか、色々要因が考えられるけど、一因としてはあり得るかもね」
新藤さんに褒められた千紘は少し得意げに胸を反らして見せた。
「でも確か、千紘は目が赤く光ったって言ってたよね? あの猫は青と黄色っぽい目だったと思うけど」
「キミもなかなか鋭いね」
今度は僕が得意げに胸を張った。
「実は猫は網膜の裏側に輝板と呼ばれる組織があるんだ。暗いところでも視力を確保するために、入射してきた光を反射する役割があるんだけど、赤かったのはこの反射光のせいだと思う。専門外だから正確な理由は分からないけど、左右で虹彩の開きが違ったとかで片目だけ赤く見えたんじゃないかな」
「えーと……ちょっと待って……」
「サックリ言えば、瞳の奥から反射してきた光が、しぼりの役割をする虹彩の影響で片目だけ赤く見えたんじゃないか、ってことよ」
僕は追いかけるように一語一句を噛み砕きながら、何となく理解した気になった。
つまりそれって……。
「つまりそれって、あの猫はちょっと変わった普通の猫だってこと?」
僕の脳内を音読したかのようなセリフを、千紘が口走った。真剣な面持ちで語っていた新藤さんは、それを聞いて少し表情を緩めた。
「ま、そういうことかな。珍しいといえば珍しいけど、悪夢を運ぶなんて大層なことはきっとしないよ」
それを聞いて、千紘も少しホッとした顔つきになる。何だかんだ言って、少し噂のことを気にしてたのだろうか。
「そんで、もちろんオッドアイの白猫は現実的に考えて悪夢に関係なさそうだと分かったわけだけど、さっき千紘ちゃんが言ったワードで全部説明できる仮説を考えついた」
新藤さんはもったいぶって少し間を置いた。まるで真犯人を告白する探偵のようだ。思わず息を飲んでしまう。
「千紘ちゃん、さっき白猫を見つける直前、確か花粉症って言いかけたよね?」
「え? 確かに言いましたけど……」
「ひょっとしてそれ、シラカバの花粉症だったんじゃない?」
僕と千紘は同時に驚きの声を上げた。そう、まさにその通り。千紘はシラカバの花粉症なのだ。しかし、先ほど千紘はシラカバという名前が出てこず、ただ花粉症とだけ言っていたはずだ。
「合ってます……え? なんで分かったんです?」
少し前のめりになって千紘が訊ねると、新藤さんはふっふっふと笑って話し始めた。
「まず、この道を夜遅くに通った理由を訊ねて花粉症の話が返ってきた時点で、お医者さんか薬局に行っていたであろうということは想像できる。長野にあるおじいちゃんの家へ行くっていう情報がセットだったということを踏まえると、この辺りにはなくて向こうにはある植物の花粉なんじゃないかなって想像できるでしょ?」
「それがシラカバだったってこと?」
僕の問いかけに新藤さんが頷いた。でも、それだけの情報では確信には至らないように思える。
「もちろんそれだけでは説得力に欠く。だけど、私の仮説にはもう一つ理由がある」
僕の心を見透かしたように彼女は語気を強め、そしてゆっくりと千紘に視線を向けた。
「千紘ちゃんがサクランボパフェを食べなかったのが、その理由」
「え?」
「口腔アレルギー症候群って聞いたことある?」
「こうくうあれるぎーしょうこうぐん?」
千紘は首をかしげてオウム返しにした。千紘も僕と同じく生粋の文系……というより理系オンチなのだ。新藤さんは軽く頷いて話を続ける。
「シラカバの花粉症の人は、人によってリンゴやモモ、サクランボみたいなバラ科のフルーツやナッツ類なんかを食べた時に喉のイガイガや吐き気みたいな症状が出ることがあるの。これを口腔アレルギー症候群って呼ぶんだ」
すごい……まさに千紘の訴えた症状にピタリと当てはまる。僕は以前、千紘が小学生だった頃にモモを食べて、口が痛いと大騒ぎしたことを思い出した。あれ以来、千紘はその症状がトラウマとなって一度もモモやサクランボを食べていない。
「サクランボや桃のパフェを避けた千紘ちゃんの証言は、この口腔アレルギー症候群を彷彿とさせる。そこまで考えて、私は千紘ちゃんが長野の山間部にあるおじいちゃんの家に行くにあたってシラカバの花粉症に対する薬を貰いに行ったんだろうと確信した。そうなってくると、一気に話は変わってくる。千紘ちゃん、その日いつもと違うお薬に変わったんじゃない?」
「は、はい……! お医者さんに前のお薬は眠くなっちゃうって話をしたら、確かにいつもと少し違うヤツになってました!」
「やっぱりね」
千紘が驚きを隠せない様子で答えると、新藤さんはニヤリと笑って、高らかに宣言した。
「例の日から毎日飲んでいるであろうその新しい薬。それが悪夢の原因になってるはずだ!」
「えっ! そんなことってあり得るの?」
僕は驚きの声をあげた。つまり花粉症の薬の副作用ということになるのだろうか?
副作用というと、じんましんが出たり気持ち悪くなったり眠くなったりというイメージしかない。ましてや悪夢の副作用なんて考えたこともない。
「実際、いくつかのアレルギーの薬では添付文書……えーと、説明書きの副作用の欄に、悪夢と書かれているんだ。他にも高血圧の薬や抗うつ薬で報告例がある」
「へえ……ちなみになんで花粉症の薬で悪夢を見るの?」
新藤さんはうーんと首をかしげた。
「実を言うと、メカニズムは解明されていないところが多いんだ。ただ、副作用で眠くなったりすることからも分かるように、花粉症の薬は脳などの活動にも影響しうる」
確かに千紘は前の薬が眠くなるので変えてもらったと言っていた。細かい事はよく分からないが、薬によっては脳に働きかけて悪夢を見せることがあるということだろうか。
「それで、とりあえずこれから薬を持って薬局に行って、悪夢を見るということを薬剤師さんに相談してみたら良いと思う。きっと適切なアドバイスをくれるよ。それから時間のある時にお医者さんに行って、薬を変えてもらえば解決すると思う」
新藤さんの口調は、一転して優しく安心を与えるようになった。彼女の言葉に頷いた千紘の表情は、ほっとしたような笑顔だった。




