キルシェのパフェ
僕の呟きとは裏腹に、千紘が新藤さんとご対面するのは思ったより早かった。
というのも、新藤さんに千紘の悪夢の件を再度報告したら、一度実際に会ってみたいということになったのだ。
千紘の『会ってみたい』なら軽くあしらうことができるが、新藤さんの『会ってみたい』は、こちらから相談している以上断るわけにはいかない。
ソフトボールガールの千紘と、研究で忙しい新藤さんと、仮にも社会人の僕の予定が合うのは日曜日。つまり二日後が予定日となる。
千紘に成り行きを伝えると、「むふふ、おめかししなくちゃ」などとほざいてあっさり了承したため、会合は次の日曜日に決まってしまった。
そして件の日曜日、僕と千紘は少し早めに約束のカフェに着いた。宣言通り、千紘は少しおしゃれな格好をしてきた。ピンクのリブニットと膝上くらいの丈のデニムスカートはどちらも淡色にまとめられており、白のスニーカーと相まって、甘すぎずボーイッシュ過ぎない感じにまとまっている……らしい。
千紘と外出するなんて数年来だが、かつてはあんなに小さく幼かった千紘が、いつの間にか年頃の女の子らしい格好をするようになっていたことに、何とも言えない心地になった。
僕と千紘はアイスコーヒーを頼んで先に席に着いた。カウンターから少し離れた窓際の四人席だ。千紘は楽しみで仕方ないとばかりにそわそわと辺りを見回している。
よく晴れた日曜日だからか、窓から差し込む陽光で明るい店内は、賑わいでおり、ゆったりとしたBGMに花を添えるように、そこかしこから楽しげな会話や笑い声が聞こえてくる。
そうして十分くらい経った頃、カフェのドアが開いて、栗色のポニーテールの女の子が店内に入ってきた。薄いピンク色をしたメタルフレームのメガネと、その奥にある吸い込まれそうに大きな黒目。高くはないけど整った鼻筋と小さくてふっくらした桜色の唇。我らが才媛、新藤さんに違いなかった。
「新藤さん、こっち」
僕が声をかけた瞬間、出入り口に背を向けていた千紘が素早く振り返った。
「あ、そこか。遅くなってごめんね」
「ううん、さっき来たばっかり」
「とりあえず飲み物買ってくる」
「うん、ここにいるから」
二言三言交わして、新藤さんはカウンターの列に並びに行った。
ふと正面に視線を戻すと、千紘は列に並ぶ新藤さんを見たまま固まっている。
「千紘?」
「……か」
「か?」
千紘はこちらに顔を向けた。少し驚いたような表情だ。ぽかりと開いていた口元の両端が上がっていき、やがてそれはそれは楽しそうなニヤニヤ顔に変わった。
「かわいいじゃないですかああああっ」
「うおっ」
千紘は足をジタバタさせた。ヒソヒソ声とギリギリ呼べるボリュームだったが、あまりにも昂っていたので、驚いてしまった。
「いやあ……あんなにカワイイ子がねえ……んふふ……お兄さん隅に置けませんなあ」
千紘は頬に手を当ててくねくねしながら言った。何やら妄想がはかどっているらしい。テンションの上がりきった千紘には、もう何をどう訂正したって届かないだろう。
そしてきっと今晩は赤飯だ。
「あのなあ、今日はそういう目的じゃないだろ?」
「おっと、そうだった!」
千紘はわざとおどけたように手を打って、スイッチを入れたように真面目な顔に戻った。
「将来のお義姉様なんだから、第一印象は大事にしないとね」
中身は真面目モードに切り替わっていないらしい。僕は浅くため息をついた。
そうこうしていると、新藤さんが向こうからやってきた。その手には何やらクリームが盛られた甘そうな飲み物が収まっている。どうやって頼んだらそんなにクリームが盛られるのか想像もできない。
「ごめんごめん、お待たせ」
新藤さんは空いていた僕の隣に座った。千紘が変なこと言うせいで、なんだか妙に意識してしまう。
「初めまして、新藤真悠です」
「千紘です! 兄がお世話になってます」
千紘は人懐っこい笑みを浮かべて頭を下げた。よそ行きモードに切り替わったようだ。こういう時は恐ろしいくらい愛想がある。
新藤さんは優しく微笑んでそれに応えた。
「それで……えーと、千紘ちゃんは悪夢に困ってるんだよね?」
「そうなんです……朝練もあるのに眠れなくて困ってて……」
新藤さんは甘そうなチョコレート色の飲み物を一口飲んだ。
「眠れないってのは本当につらいよね……。ちなみに、どんな夢を見るの?」
「今朝はでっかい虫に追いかけられる夢を見ました。足のたくさん生えた……ムカデかゲジゲジみたいなやつです」
千紘は身振り手振りを交えて説明していった。新藤さんはうんうんと頷きながら、真剣な表情で話を聞いている。
「あたし、体力には結構自信があるんですけど、何故かうまく走れなくて……追いつかれそうになって絶体絶命ってところで目が覚めました」
「起きたのは何時くらい?」
「時計は見てないんですけど、まだ暗かったです」
「そっか……それは辛いね」
「はい……内容は毎度バラバラですが、よくそうやって怖くて起きちゃうんです」
新藤さんの質問に、千紘が答えていく。お医者さんの問診にも似た光景だけど、新藤さんの話し口は穏やかで威圧感がなく、包み込むような優しさに満ちているように感じた。
そこに、カウンターの方からウェイターさんがやってきた。シックなこげ茶色の丸いお盆の上には、かわいらしいパフェが乗っている。
「お待たせいたしました、キルシェのパフェでございます」
「お! 待ってましたっ」
そう言った新藤さんの前に、ウェイターさんが丁寧な所作で背の高いパフェを置いた。クリームの白とさくらんぼソースの艶やかな赤が交互に重なった層の上に、瑞々しくて形の良いさくらんぼがたっぷり乗っている。
いつの間に頼んだんだろう。
見れば、彼女は目をキラキラさせてどこから攻めようかと幸せそうに悩んでいる。新藤さんは、その小柄な体のどこに入るのかというくらいの大食いなのだ。僕は、以前推理小説のアドバイスをもらったお礼に夕飯をおごった時のことを思い出して身震いした。
僕の視線に気づいた新藤さんは、大事そうにパフェを手で隠した。
「そんな目をしたって、私のパフェはやらんぞ」
そういうわけではないんだけどな。
「千紘ちゃんも何か食べる? 私たちが出してあげるよ」
「うーん、今は大丈夫です」
千紘は遠慮がちに答えた。僕に対する待遇と明らかに違う優しさを見せた新藤さんは、会話しながら攻めるポイントを決めて、パフェに着手しようとしている。
「遠慮はしなくていいんだよ? 特にこの期間限定のさくらんぼパフェと桃パフェはオススメだよ」
「えーと……実はあたし、その辺のフルーツが苦手で……」
「え? そうなんだ」
新藤さんは上の方に乗っていたさくらんぼを頬張りながら言った。
「食べると口の中がイガイガする気がして……だから甘いのより辛いののほうが好きなんですよね」
「ふうん……なるほどね……」
どこか納得したように新藤さんはふむふむと頷いた。
「そういえば、悪夢を運ぶ白い猫の話も聞きたいな」
「えっ? 信じてるんですか?」
「まあ、実際信じちゃいないけど、根拠もなしに否定はできないからね」
その言葉に、千紘は少し納得した表情をして、話し始めた。
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