第八章 掃く方向
和室は小さかった。
畳の部屋。
庭に面した障子は開けられている。
外の光がそのまま畳に落ちている。
線香の匂いがかすかに残っている。
彼女は湯を沸かし、茶を点てた。
動きは静かで無駄がなかった。
沈帰塵はその様子を見ていた。
茶碗が差し出される。
「どうぞ。」
彼は一口飲む。
深い緑の味だった。
「掃除の仕方は、誰に教わった?」
彼女は少し驚く。
「祖父です。」
「外へ向かって掃くのは?」
「祖父です。」
沈帰塵は頷いた。
「いい習慣だ。外へ掃けば、埃は外へ出る。」
彼女は黙っていた。
「あなたの祖父は、どんな人だった?」
「もう亡くなりました。十年前です。」
沈帰塵は茶碗を置いた。
「石舞台のことは聞いているか。」
「少しだけ。」
「子どもの頃に行ったことは?」
「あります。」
沈帰塵は封筒の写真を机に置いた。
「この人を知っているか。」
彼女は首を振る。
「でも……曾祖父の友人だと聞いたことがあります。」
「名前は?」
「わかりません。ただ……『阿』とか『安』とか、そんな音だったと。」
沈帰塵は静かにうなずいた。
そしてポケットから珠を取り出した。
深い褐色。
光を吸うような石。
彼女はそれを見る。
「これは……」
「駅前で祖母が持っていたものだ。」
彼女はそっと手に取る。
指先で触れる。
「祖母は昔からこれを持っていました。でも最近は……ぼんやりすることが増えて。」
沈帰塵は言う。
「外したあと、少し落ち着いた。」
彼女は顔を上げる。
「どうしてそんなことがわかるんですか。」
「石じゃない。時間だ。」
彼は珠を戻す。
「預かっておく。必要なら返す。」
彼女は小さく頷いた。
「あなたは、これからどこへ?」
沈帰塵は窓の外を見る。
銀杏の木が揺れている。
「石舞台へ行く。」
彼女は少し迷ってから言った。
「私も行っていいですか。」
沈帰塵は彼女を見る。
その目には迷いがあったが、強さもあった。
「いいよ。」
彼女は少し安心したように息を吐いた。
「じゃあ、連絡先を——」
沈帰塵は首を振る。
「ここに来る。必要なときに。」
彼女はうなずく。
沈帰塵は立ち上がる。
「ありがとう。」
「あなたは……」
彼女は言いかけて止める。
沈帰塵は振り返る。
「うちの曾祖父に会ったことはありますか。」
彼は少しだけ間を置いた。
「ある。」
それだけ言って、部屋を出た。




