第二十五章 鉄箱
沈帰塵は目を開けた。
何も言わない。
珠をしまう。
石舞台の西側へ歩く。
巨石の影。
草は短い。
風だけが動いていた。
彼はしゃがみ込む。
掌を土へ当てる。
少しずつ動かす。
石と土の境目。
指先が止まった。
「ここだ。」
清乃もしゃがみ込む。
「手伝います。」
沈帰塵はうなずいた。
「草だけ取ってください。」
清乃は枯れ草を静かに払った。
土が現れる。
色が少し違う。
沈帰塵は小さなスコップを取り出した。
掘るのではない。
隙間を探す。
石に沿って。
少しずつ。
少しずつ。
やがて。
小さな音がした。
金属だった。
彼は手を止める。
清乃も息をのんだ。
沈帰塵はスコップを置く。
今度は指で土を払う。
柔らかい。
誰かが埋め戻した土だった。
新しくはない。
古い。
百年。
もっと前かもしれない。
やがて石板が現れた。
薄い石だった。
静かに持ち上げる。
その下に、小さな鉄箱があった。
錆びている。
角は崩れ始めていた。
それでも形は残っていた。
二人とも黙っていた。
長い時間。
風だけが吹いていた。
清乃が小さく言う。
「西村先生も……。」
沈帰塵は箱を見つめたまま答えた。
「見つけていた。」
「やっぱり。」
「だから、そのままにした。」
清乃は箱を見つめた。
「待っていたんですね。」
沈帰塵は静かにうなずく。
「誰かが残したものは、
誰かが残していく。」
清乃は何も言わなかった。
その言葉だけが、
風の中に残った。
沈帰塵は錆びた蓋へそっと触れた。
力は入れない。
蓋がわずかに動く。
小さな隙間。
その奥に。
古い紙が一枚見えた。
それだけで十分だった。
彼は蓋を閉じる。
石板を戻す。
土を戻す。
枯れ草をかぶせる。
沈帰塵は掌で土を軽く押さえた。
何事もなかったように。
風だけが、
その場所を知っていた。
「開けないんですか。」
「開けない。」
「どうして。」
沈帰塵は立ち上がった。
「そこに残っていることが、大切だからだ。」
「知れば、それで十分だ。」
そのとき。
高田からメッセージが届いた。
「今日は山に行きます。」
沈帰塵は画面を見た。
返信はしなかった。
清乃が尋ねる。
「高田さんですか。」
「そうだ。」
「今日も若草山へ?」
「毎日だ。」
「先生と同じですね。」
沈帰塵は小さく笑った。
「そう願った。」
風が吹く。
草が揺れる。
清乃も立ち上がった。
二人は石舞台を振り返る。
石は何も語らない。
それでも。
そこには、
千三百年の時間が残っていた。




