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第二十二章 準備

石舞台へ向かう前日。


沈帰塵はホームセンターへ行った。


小さな折り畳み式のスコップを買う。


ついでに鈴も一つ。


山歩き用の、小さな鈴だった。


手に取って振る。


澄んだ音が響く。


店員が笑った。


「山ですか。」


「少し歩くだけです。」


宿へ戻ると、夕方になっていた。


阿倍清乃が訪ねてきた。


手には古い真鍮の鈴がある。


「曾祖父の遺品です。」


黒ずみ、傷も多い。


音は小さい。


鈍く響く。


沈帰塵は静かに見つめた。


「長く使われていた。」


「石舞台へ行く日は、いつも持っていたそうです。」


沈帰塵はうなずいた。


自分の鈴をしまう。


彼女の鈴には触れない。


それは彼女のものだった。


「明日は朝が早い。」


「はい。」


清乃は帰っていった。


沈帰塵は机の上へ地図を広げる。


石舞台。


西側。


温度の違った場所。


そこから始める。


深さは分からない。


何が残っているのかも分からない。


机の端には、西村敬の本が置かれていた。


『飛鳥の水脈』。


何度も読み返した跡がある。


最後のページを開く。


数字が並んでいた。


気温。


湿度。


水位。


毎日。


二十年。


変わらない景色を、変わらないように書き続けていた。


探していたのではない。


見守っていた。


沈帰塵は静かに本を閉じた。


阿倍仲麻呂は帰国できなかった。


帰ったのは、人ではない。


遺されたものだけだった。


西村敬も、それを知っていたのかもしれない。


だから掘らなかった。


誰かが来る日まで。


彼は地図を閉じる。


明かりを消した。


奈良の夜は静かだった。


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