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第十八章 ノート

その夜。


沈帰塵は旅館の机の前に座っていた。


古本屋で買った『石舞台発掘調査概報』を開く。


大正三年の発掘調査団の名簿。


そこに阿倍という名前があった。


清乃の曾祖父だった。


名前の横には小さな書き込みがある。


「地元の聞き取り調査を担当。石舞台の下に何かがあるという話を記録」


沈帰塵はそのページを閉じた。


そのとき、ノックの音がした。


阿倍清乃だった。


ドアの前に立っている。


「少し、話してもいいですか」


「どうぞ」


彼女は部屋へ入った。


縁側に座る。


沈帰塵は茶を入れた。


「曾祖父のノートに、石舞台のことが書いてあったんです」


「でも、途中で切れているページがあるんです」


「切れている?」


「はい」


「ここから先は何か書いてあったはずなのに、破られた跡があるんです」


「誰かが破った」


沈帰塵は茶を飲んだ。


「いつ破られたか、わかる?」


「さあ……でも、曾祖父が生きていた頃には、もう破れていたみたいです」


彼女は少しうつむいた。


「私、曾祖父のことをあまり知らないんです」


「小さい頃に亡くなったから」


「でも、何か大きなことを探していたんだと思います」


沈帰塵はうなずいた。


「あなたも、探しているんですか」


沈帰塵は答えなかった。


窓の外を見る。


若草山が見えていた。


山頂の空が、少しだけ明るい。


月明かりかもしれない。


街の灯りの反射かもしれない。


「探している」


「でも、見つけることが目的じゃない」


「じゃあ、何が目的なんですか」


沈帰塵は少し考えた。


「ただ、そこにあったことに気づくこと」


彼女は沈帰塵の顔を見た。


真面目な顔だった。


冗談を言っているようには見えなかった。


彼女は小さくうなずく。


「少し、わかるような気がします」


沈帰塵は茶を注ぎ足した。


二人で飲む。


窓の外で遠くの犬の声が聞こえた。


それ以外は何も聞こえない。


奈良の夜は静かだった。

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