第6話 傷を抱く聖女
私のこの手首の包帯の下には、消えないアザがある。
小さい頃、母はいつも厳しかった。
「100点以外は失敗」
その言葉が呪いみたいに頭にこびりついていて、テストで満点を取れなければ、容赦なく叩かれた。
頬に走る痛みよりも、心に刻まれる恐怖の方がずっと深かった。
だから私は、失敗を隠すためにズルを覚えた。
答案を覗くことも、答えを写すことも、最初はただの逃げ道だった。
でも次第に、それは私の処世術になっていった。
ズルをしなければ生きていけない――そう思い込むようになった。
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
先生を通じて、母にカンニングがバレた。
家に帰るなり、母は私を責め立て、怒鳴り声とともに手が飛んできた。
「親に恥をさらすな!」
「あんたには価値がない!」
その言葉と痛みが、何度も何度も繰り返される。
私は泣きながら家を飛び出した。
夕暮れの空は灰色で、雨がしとしとと降る。
私は神社の境内に駆け込み、石段に座り込んだ。
濡れた髪が頬に張り付き、制服もぐっしょり。
誰もいない境内で、声を殺して泣く。
「どうして私ばっかり……」
「どうして失敗しちゃいけないの……」
嗚咽が雨音に紛れ、誰にも届かないと思っていた。
その時、傘を差し出してくれたのがタダシだった。
「君……大丈夫?」
その声には優しさが滲んでいた。
彼もまた、クラスメートからのいじめに苦しんでいるらしい。
その目は、私と同じように痛みを知っている目だと思った。
だから思わず顔を上げる。
雨に濡れた彼の髪、真剣な眼差し――その瞬間、胸が少しだけ温かくなった。
あの時からかな……私たちが少しずつ心を寄せ合うようになったのは。
後日、タダシと二人で帰っているとき、彼のいじめっ子たちが現れた。
「おい、また来たぞ」
「今日は逃がさねぇ」
彼らの声に、タダシは私を庇って立ちはだかった。
「セコさん、逃げて!」
必死の声だった。だけど私は逃げなかった。
母から逃れるために身につけた処世術――ズル。
それを駆使して、タダシのいじめっ子を撃退した。
「な、なんだこいつ……!」
「やべぇ、引け!」
彼らが慌てて逃げていくのを見て、タダシは呆然としていた。
私は息を切らしながら笑う。
「どう?ズルもあながち悪くないでしょ?」
その時、私は初めて思ったんだ。ズルはただの卑怯な手段じゃないって。
ズルは、私にとって生きるための武器。
そして――タダシを守るための力。
それが私の真実……なのかな。




