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第4話 ハイエナの聖女 

あれはまだ私が小学生の頃。


「今日は絶好の遠足日和ですねー」

引率の先生が明るい声をかける中、クラスメイトたちは、それぞれのグループで楽しそうに盛り上がっていた。


そんな中で、私はひとり、リュックの肩紐をぎゅっと握りしめ、バスの陰にしゃがみこんでいた。


(みんな楽しそうでいいな……)


一ノ瀬 真衣。私はこの春、引っ越してきたばかり。

最初から明るく話しかけてくれる子もいたけど、どこか距離を感じた。

輪に入れていないっていうより、誰も“輪の中”に私を呼んでくれない。

そんな空気が、どこか漂っていた。


(まぁ……仕方ないか。急に来られても、困るよね)


先生に名前を呼ばれて、ちょっとためらいながらもバスに乗り込む。

誰も隣に座ろうとはせず、私は自分から最後列の窓際に腰を下ろした。


車内では、ずっと話し声や笑い声が響く。

でも、それが私には遠い世界のことみたいに聞こえた。



公園に着くと、生徒たちは班に分かれて散策に出る。


私の班は男子3人と女子2人の五人。けれど、なんとなく気まずい空気が流れていた。


「私、真衣って言います。よろしくね」


そう名乗った私に、返ってきた返事はどれもあいまいで、ぎこちなかった。

私は黙ってリュックの紐を背負い直し、みんなのあとをただついていく。


しばらく小道を歩き、丘の上にある広場を目指していたとき。


「……あれ、一人足りなくない?」

男子の声。


その頃、私は少し後ろの石段の前で、ハアハアと息を切らしながら立ち止まっていた。

誰も気づかず、他のみんなはどんどん坂を登っていく。


しかし、その男子だけは来た道を小走りで戻ってきてくれた。


「君、大丈夫?」


突然声をかけられて、私はびっくりして目をぱちぱちさせた。


「あ、うん……ちょっと、足遅くて」

肩をすくめて、息を切らしながら笑う私に、彼は歩幅をゆっくりにして、隣に並んで歩いてくれた。


「僕も、実は走るの苦手なんだ。だから、ゆっくりでいいよ」


「……ありがとう」


それきり言葉は交わさなかった。

でも、何度も彼が後ろを振り返って歩幅を合わせてくれるたびに、胸の奥が少しずつ温かくなった。


二人で一緒に登る坂。

笑顔も、言葉もまだ静かで小さなものだったけど――それはたしかに何かの始まりだった。



広場に着くと、班の子たちは誰も振り返らずに、思い思いに遊びに走っていった。

でも、私はさっきまでと少し違っていた。


(私にも一人、知ってる子ができたから)


その小さな“肯定感”が、私の足をほんの少しだけ軽くしてくれた。


***


日曜日の午後。駅前の人通りは多く、俺とセコは並んで歩いていた。


「ねえ、タダシくん。メイド喫茶って行ってみない?」

セコが唐突に言い出す。


「……は?なんでメイド喫茶?」

俺は思わず足を止める。


「お前、一応女子だろ?」


「何が“一応”よ!」

セコはむっとして頬をふくらませる。


「行ってみたいの。悪い?」

清楚スマイルを浮かべながらも、目はきらきらと好奇心に輝いている。


俺は頭をかきながらため息をついた。

「……ったく。お前のそういう思いつきに付き合うの、何回目だよ」


「ふふん♪ いいじゃない。どうせ暇なんでしょ?」

セコは勝ち誇ったように腕を組む。


(……こいつ、ズルい笑顔で押し切る気だな)

「ああ、わかったよ」

俺は観念して歩き出す。


こうして俺たち二人は、駅前のメイド喫茶の扉をくぐることになった――。



店内

カランカラン、とベルが鳴り、二人は店内へ。

レースのカーテンに囲まれた空間は、休日らしく賑わっていた。


「ご主人様、お帰りなさいませー!!」

制服姿のメイドたちが一斉に声を揃える。


「……俺たちほんとに来ちゃったな」

俺が呆れ顔をすると、セコは清楚スマイルで返す。

「ふふん♪ 女子だって、こういうの一度は体験してみたいのよ」



さっそく、メイド姿の店員が現れた。

「ご、ご主人様……わたくしがお席にご、ご、ご案内いたします!」


さらに彼女は、慌ててトレイを抱えたまま……、

足をもつれさせて転びそうになる。

「きゃっ……す、すみません!」

必死に立て直し、笑顔を保つが、頬は真っ赤。


俺は思わず目を丸くする。

「君……もしかして、真衣ちゃん?」

「えっ……宗方くん!? ど、どうしてここに……」

彼女はさらに慌てて、トレイを傾けてしまい、グラスがカタカタと揺れる。


そして──セコが一瞬、俺に目を光らせると、

今度は清楚スマイルを浮かべながら、ひそひそ声で俺に囁く。

「あの娘……可愛いけど、損するタイプね」

「お前な……」

俺は苦笑するしかない。


「クシュン!」


「ちょっとあなた、鼻水出てるわ!」

セコは清楚スマイルのまま、彼女に容赦なく指摘する。


「あ、す、すみま……クシュン!」

真衣は後ろを向いて必死に鼻をかむ。


「真……あの、君、風邪ひいてるの?」


「え、いや、ええっと……クシュン、じえんです!」


(はぁ!?“鼻炎びえん”を“耳炎じえん”って……どんな間違いだよ!『自演』と聞き間違うだろ!)

俺は心の中で全力ツッコミを入れる。


その時、店の扉が再び開いた。

「兄貴ー!!」

妹のににが駆け込んでくる。


「兄貴をメイド服で籠絡するなんて……仁義に反する!」

にには真衣を指差して噛みつく。


「ち、違います!ただのアルバイトです!」

真衣は必死に弁解するが、にには眉をひそめる。

「筋が通ってない!兄貴に仕えるのはボクだけだ!」



それから──真衣は慌てて「これはサービスです!」と手作りクッキーを差し出そうとする。

しかし、トレイを傾けてしまい、クッキーが机に散乱。


「わぁっ……!」

セコとににが同時に手を伸ばし、クッキー馬鹿食い競争が勃発。

「これはボクが食べます!」

「いいえ、私がもらうわ!」


真衣は「ええっ!?す、すみません!」と慌てて拾いながら、さらにドジを重ねる。

その拍子に、小さく呟いた。

「……宗方くんに食べてもらえたら嬉しいのに……」


ほんの一瞬、その声は俺の耳にも届いていた。

俺は聞こえなかったふりをして、散らばったクッキーの一枚を手に取った。

わざと自然に振る舞いながら口に運ぶ。

「……うん、なかなか上手いな、これ」


「本当ですか?これ、私が作ったんです……あ、ありがとうございます!」


「あー!私が狙ってたクッキー、タダシが食べた〜」


「お前ら、いい加減に、しろ!!」


ポン、ポン、と二人の頭を軽く叩くという原始的な手段で止めに入る。


二人は頭をおさえ、恨めしそうな目で俺に訴えてくるが知らんがな。


慌ただしい空気の中、ふっと肩の力が抜ける。真衣は小さく笑ってこう呟いたような気がした。

「……でも、こういうのも悪くないかも」

(聞き間違いかもしれないけど、妙に心に残った)

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