第九話 銀の羽根、四人目
ティアさんとお試しで組むようになって、数日が過ぎた。
結論から言うと、ティアさんの腕は、本物だった。
魔物の攻撃が飛んでくる、その一瞬前に、もう回復の光がこちらへ届いている。前衛の俺やバルトさんが、多少無茶をしても、後ろから的確に支えてくれる。回復役が一人いるだけで、パーティの動きが、こんなにも変わるものかと驚いた。
「ふふ。前衛が思いきり暴れられるのは、後ろが安心だからでしょう? どんどん、前に出ていいのよ」
そう言って、ティアさんは、ゆったりと微笑む。
落ち着いた、包み込むような話し方をする人だった。二十歳だと聞いたけれど、それより、ずっと大人びて見える。俺やミレイさんが、ぴいぴい騒いでいるのを、一歩引いたところで、優しく見守っている。そんな雰囲気の人だ。
そして、これは、その、言いにくいのだけれど。
ティアさんは、とても、体つきの豊かな人だった。
背が高くて、手足がすらりと長い。金色の髪が、動くたびにさらりと揺れる。その上で、胸元が、こう……とても、主張が強い。回復のために前かがみになったり、錫杖を掲げたりするたびに、否応なく、視界に入ってくる。
「レイさん? どうかしたの?」
「い、いえ! なんでも、ないです!」
つい、目が行きそうになって、俺は慌てて視線を逸らした。
いけない。失礼だ。俺は、必死で、天井や、足元や、魔物の死骸に、意識を向けた。
そんな俺の様子を、横から、ミレイさんが、じとーっと見ていた。
「……ねえ、レイ。あんた、今、どこ見てた?」
「み、見てません! どこも!」
「ふうん。そう。……ならいいけど」
猫みたいな目が、すうっと細くなる。俺は、背中に冷や汗をかいた。
その隣で、ティアさんは、きょとんとした顔をしている。それから、自分の胸元と、ミレイさんのそれとを、何気なく、見比べた。
そして、小さく、ため息をついた。
「……ミレイちゃんは、これから、よ。ね?」
「なっ......... なにその、憐れむような目! 余計なお世話よ!!」
ミレイさんが、真っ赤になって、吠えた。ツインテールが、ぶんぶん揺れる。ティアさんは、悪気など、これっぽっちもない顔で、「あら、ごめんなさいね」と、ふんわり笑っている。
その天然の破壊力に、ミレイさんが、地団駄を踏んでいた。
俺は、そっと、目を逸らした。これは、関わってはいけないやつだ。バルトさんも、同じ判断をしたらしく、二人して、明後日の方向を見ていた。
◇
お試し期間は、あっという間に過ぎた。
ティアさんの実力も、人柄も、文句なし。ミレイさんも、バルトさんも、異論はなかった。
「じゃ、決まりね。ティアを、正式にうちに迎える。ギルドで、登録するわよ」
そういうわけで、俺たちは、揃ってギルドへ向かった。
受付には、今日もフィーネさんがいる。パーティメンバーの追加登録には、本人のステータスカードの提示が要るらしい。ティアさんが、慣れた手つきで、自分のカードを差し出した。
【冒険者カード】
名前:ティア
ランク:B レベル:39
職業:僧侶 所属:銀の羽根
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HP 420
MP 380
力 60
頑丈 90
敏捷 75
技量 85
魔力 210
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スキル:治癒A/付与魔法B
「あら。Bランクの僧侶さんで、治癒に付与魔法の、二つ持ち……」
フィーネさんが、カードを確認して、少しだけ、目を見張った。
「立派な回復役さんですね。二つ持ちなんて、なかなか、いらっしゃらないのに。銀の羽根さんも、心強い方が入りましたね」
「ふふ。よろしくね」
二つ持ち。俺は、その言葉に、内心で、少し引っかかった。生まれ持つスキルは、ふつう一つ。二つ持つ者は、めったにいないと、村で聞いたことがある。
そういえば、ミレイさんも、確か二つ持ちだった。……この人たち、けっこう、規格外の集まりなんじゃないだろうか。
「じゃあ、あたしたちも、一応カード出しとくわ。新メンバーが入るんだもの。お互いの手の内は、見せ合っておくべきでしょ」
ミレイさんが、自分のカードを、ぱっとカウンターに置いた。
【冒険者カード】
名前:ミレイ
ランク:C レベル:32
職業:魔術師 所属:銀の羽根
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HP 180
MP 140
力 45
頑丈 50
敏捷 38
技量 60
魔力 155
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スキル:魔術師/魔力増大A ※魔力増大+1指輪 装備中
「あ。ミレイさん、それ……この間の、俺が渡した指輪」
「そうよ。ありがたく、使わせてもらってるわ。魔力増大が、まるまる一段上がってるでしょ。……ふん、まあ、悪くない拾い物だったわね」
つん、とそっぽを向きながら、ミレイさんが言う。指輪の効果で、彼女のスキルが、しっかり強化されている。役に立てたなら、よかった。
その隣で、バルトさんも、ぬっとカードを出した。
【冒険者カード】
名前:バルト
ランク:C レベル:34
職業:戦士 所属:銀の羽根
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HP 620
MP 40
力 140
頑丈 155
敏捷 70
技量 80
魔力 30
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スキル:剛力B
「俺は、この通り。スキルは、剛力ひとつだけの、シンプルな戦士よ」
バルトさんが、からっと笑う。
「けどよ、なんでか知らねえが、昔っから、やたらとHPだけは伸びるんだよなあ。同じレベルの戦士より、頭ひとつ多い。まあ、頑丈なのは、壁役にゃありがたいけどな」
一つ持ちの、シンプルな戦士。なのに、HPだけ、妙に伸びがいい。バルトさんは、あっけらかんと笑っていたが……その「なんでか知らねえが」が、少し、引っかかった。この人も、もしかしたら、何かあるのかもしれない。
「で。レイ君も、出してくれる? パーティを組む以上、あなたの数字も、把握しておきたいの」
ティアさんが、こちらに、にっこりと微笑みかけた。
俺は、一瞬、迷った。でも、隠すのも、不自然だ。仲間になるのだから。覚悟を決めて、自分のカードを、差し出した。
【冒険者カード】
名前:レイ
ランク:C レベル:30
職業:冒険者 所属:銀の羽根
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HP 280(+190)
MP 75(+ 35)
力 115(+ 51)
頑丈 108(+ 44)
敏捷 128(+ 62)
技量 133(+ 67)
魔力 70(+ 10)
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スキル:アイテムボックスF/アクセサリ製造F
我ながら、また少し、数字が伸びていた。あれから、稼ぎで買ったアクセを、こっそりボックスに足していたからだ。もちろん、その内訳は、誰にも見えない。カードには、ただ、合算された数字だけが並んでいる。
ティアさんの、動きが、止まった。
その目が、カードの上を、ゆっくりと、なぞっていく。ランクC。レベル30。職業、冒険者。そして、その能力値。
彼女の、穏やかだった表情が、少しずつ、変わっていった。
(……やっぱり)
ティアは、内心で、そう呟いていた。
初めて、はっきりと数字で見た、レイの能力値。予想は、していた。あのダンジョンで見た、無駄のない身のこなし。あの動きの持ち主が、ただのCランクのはずがない、と。
だが、実際に数字を突きつけられると、想像をはるかに超えていた。
(力115に、技量133……。ランクはC。職業は、外れ職の冒険者。それなのに、ほとんどのステータスが同じCランクのバルトさんに匹敵している。しかも、スキルは二つ持ちでFランクでさらに戦闘職でもないのにこの数値。どういう、からくりなの、この子)
胸の中で、そろばんが、かちかちと弾かれる。この原石を、磨けば。この子を、手元に置いて、育てられれば。自分が上位職へ至るための、これ以上ない足がかりになる。
打算が、確信に変わった。ティアが、この銀の羽根に入る、本当の理由。それが今、目の前のカードで、裏づけられたのだ。
「……ティアさん?」
「はい?」
俺が声をかけると、ティアさんは、はっと我に返った。そして、何事もなかったかのように、いつもの穏やかな微笑みに、戻る。
「ごめんなさい。ちょっと、見惚れてしまって。……レイさん。あなた、思っていた以上に、すごい子ね」
「い、いえ。そんな。ミレイさんたちのおかげでCランクになれたようなものですから」
「ふふ。そういうことに、しておきましょうか」
「何言ってるのよレイ!あんたの実力よ!」
「そうだぞー。そんなこと言ってたらお兄さん悲しいなぁー」
ティアさんが、意味ありげに、目を細めた。その笑みの奥に、何か、俺には読み取れないものが、隠れている気がした。
◇
「はい。では、登録を承りました」
フィーネさんが、手続きを終えて、微笑む。
「これで、ティアさんも、正式に銀の羽根の一員です。四人パーティ、ですね。前衛にレイさんとバルトさん、後衛にミレイさんとティアさん。バランスも、いいと思います」
そう言って、にこやかに手続きを終える。……つもりだったのだと思う。
けれど、フィーネさんの視線が、ふと、レイとティアのほうへ向いたとき。
その胸の奥で、何か、小さな、ちくりとしたものが、生まれた。
(……あの、ティアさん。とても、綺麗な方。それに、大人で、優しくて……レイさんとも、もう、ずいぶん打ち解けて)
レイの隣で、ティアが、優しく微笑みかけている。レイが、少し照れたように、それに応じている。仲のいい、パーティの一員として。ごく、自然な光景。
それを見ていると、なぜだろう。胸のあたりが、もやもやとして、落ち着かない。
(……わたし、なに、考えて。レイさんは、ただの、お客様で。ううん、もう、お客様というより……あら? わたし、レイさんのこと……)
自分の胸に湧いた感情の名前が、わからなくて。フィーネさんは、ひとり、こっそりと、頬を赤らめた。そして、その気持ちに気づかないふりをして、そっと、書類に目を落とした。
もちろん、そんな彼女の様子に、俺は、まるで気づいていなかった。
◇
「じゃ、善は急げよ。明日から、狩り場を、もっと下に移すわよ。目標は——五階を越えて、十階の階層主」
「階層主!?」
俺は、思わず、声を上げた。
十階の階層主といえば、この街の冒険者にとっても、ひとつの壁とされる、強敵だ。
「大丈夫よ。今の面子なら、いける。……特に、あんたがいるしね、レイ」
ミレイさんが、にやりと笑って、俺を見た。
二年間、荷物持ちとして、後ろで眺めていただけの俺に。今は、こうして、パーティの主戦力として、期待が寄せられている。胸が、じんと熱くなった。
五人になった、銀の羽根。それぞれの思惑を、少しずつ抱えながら。俺たちの冒険は、いよいよ、深いところへと進んでいく。
俺の秘密も。ティアさんの打算も。そして、フィーネさんの、名前のわからない気持ちも。まだ、誰も知らないまま。




