第十話 4人だから出来たこと
十階へ向かう道は、思っていたより静かだった...
これまで狩っていた浅い階層とは、空気が違う。魔物の数は減り、そのぶん、一体一体が手強くなる。回廊は広く、天井が高くなり、どこか、厳かな雰囲気すら漂っていた。
「この先が、十階の階層主の部屋よ」
先頭を歩くミレイさんが、大きな石の扉の前で、足を止めた。
その横顔が、いつもより、少しだけ、硬い。俺が声をかけようとすると、隣で、バルトさんが、ぽつりと言った。
「……レイ、俺達はずっと十階層の階層主で足止めをくらってたんだよ。」
「え?」
「二人でさ、何回も何回も挑んだんだけどよ。どうしても、あの階層主が倒せなくてな。あと一歩ってところで、いつも撤退。……それでよ宿に戻って、何度悔しい思いをしたか。」
ハハッっといって、バルトさんが苦笑する。
ミレイさんは、何も言わなかった。ただ、じっと、扉を睨んでいる。その拳が、きゅっと握られていた。
「二人だけで、ここまで来てたんですね」
俺が言うと、ミレイさんが、ふん、と鼻を鳴らした。
「……二人じゃ、何もかもが足りなかった。仲間を増やせば...って何度も思ったわよ!でも」
彼女は、そこで言葉を切った。
それから、ちらりと、俺とティアさんを見た。
「あたし、信用できない奴とは絶対に組まないの。強いとか便利とかそんな理由で頭数だけ増やすなんてまっぴらごめんだわ!背中を預けるなら、心から信じられる相手だけ。それが、あたしの...あたしたちのやり方!」
と若干語気を荒げながらバルトさんを見た。
「だな。まぁこうして足踏みしてたわけだけど、お前らみたいな最高の仲間ができたんだ!今日でこの階層主との因縁も決着をつけてやるぜ!」
二人でこだわってきた。信頼出来る仲間。その中に自分が入っていることがたまらなくうれしくて俺は...胸を討たれた。
損得にうるさくて、等分にこだわって。ツンとして、口も悪い。でも、その根っこにはこんなにも真っ直ぐな芯が通っていたのだ。搾取されていた俺を、放っておけなかったのも。きっと、同じ、この芯のせいなのだろう。
「そうよ!この4人ならあんな鳥いちころだわっ!」
ミレイさんが、こちらを振り返った。その猫目に、いつもの、勝気な光が戻っている。
「レイ、ティア、あんたたちは、あたしが、信用した仲間よ。……だから、今日こそこの壁...ぶち破ってやるわ!」
◇
ギィィィィッ
石の扉が、重い音を立てて開いた。
広大な部屋の中央に、それはいた。
巨大な、鳥だった。
王狼の牙時代も何度も見たあの鳥だった。
人の背丈の何倍もある大きさに鋼のような銀の羽毛、鋭く反り返った長い爪。四枚の翼を広げ、天井近くを、悠然と旋回している。その双眸が、こちらを獲物として捉えた。
この鳥型の魔物シルバーバードが十階の階層主。ミレイさんとバルトさんが、二人がかりでも越えられなかった壁。
「作戦は、いつも通り。バルトが前で受けて、あたしは魔法。ティアが回復。……で、レイ」
ミレイさんが、俺を見た。
「あんたは、遊撃。速さを活かして、あいつの隙を突きなさい。空から来る相手だから、力任せじゃ当たらない。……あんたの動き、信じてるから」
「はい!」
大鳥が、甲高い咆哮を上げた。
戦いが、始まった。
鳥が、翼を畳んで、急降下してくる。バルトさんが、大盾を構えて、その爪を受け止めた。
ギィィィン!
「くっそ!相変わらず重いなっこん畜生めっ!」
鋼と鋼が、ぶつかる。バルトさんの足が後ろへ滑る。重い。さすが、階層主だ。だが、受け止めてさえくれれば、そこに隙が生まれる。
「レイ!」
「はい!いきます!!」
俺は、地面を蹴った。
正直、力ならバルトさんに敵わない。でも、俺には速さがある。
シルバーバードが、次の一撃を繰り出すより早く。俺は、その懐に滑り込んでいった。
シャッ...スパッ!!
ガロさんがやっていたように翼の付け根を斬りつける。
ガロさんとは違い俺の一撃は軽い。その分手数で削る。
反撃の爪が来る頃にはもう離脱している。相手の呼吸の、その隙間を縫うように。
「えっ、速っ……!あいつあんなに速かった?!」
ミレイさんが、小さく漏らした。
二人で、あんなに手こずった相手。それが今、少しずつ崩れていく。
「これならっ!」
バルトさんが受け、俺が翻弄する。そこにミレイさんの魔法とティアさんの回復...四人の歯車が、噛み合っていた。
やがて、シルバーバードの動きが、目に見えて鈍りはじめた。傷が蓄積していたのだ。
「いまだわっ……! レイ、とどめ!」
ミレイさんが、叫んだ。
「はいっ!」
俺は、うなずいて、床を蹴ろうとした。その、瞬間...
シルバーバードが、大きく翼を広げた。
ゴォォォォォォッ!
その全身の羽毛が、逆立ち鋭い光を帯びる。
「なんだあれ?あんなガロさんたちが戦ってた時に見たことないぞ...?」
なにかまずい...そう頭の中で警鐘がなる。
追い詰められた獣の捨て身の一撃。
その狙いは―俺ではなく、後ろのミレイさんだった。
「ミレイ!!」
バルトさんがそう叫ぶと、無数の羽根が刃となってミレイさんめがけて、放たれる。
「くっ、させるか!」
バルトさんが、身を投げ出して大盾で庇う。
だが、その勢いは凄まじかった。
ガキッ、ギャリ、ギャリン!!
無数の羽根の刃が、バルトさんの盾に襲い掛かりその何本かが、バルトさんの守りを抜けていく。
俺は、考えるより先に体が動いていた。
「まにあえぇぇぇぇぇぇぇっ」
俺は、ミレイさんの前に飛び込んだ。
抜けてきた羽根の刃を、短剣で払い、そして受ける。
カンッ、キンッ、ギャリンッ!
ばぎんっ。
そして鈍い音がした。
手の中で、父にもらった短剣が 根元から、ぽきりと折れた。
しかし、羽の刃はミレイさんには当たっていない。
「大丈夫ですか?!」
俺は、折れた柄を握ったまま無事な彼女の姿を確かめた。
「助かったわ……レイっ!」
彼女の、目がすうっと、吊り上がった。
「バルト!レイッ!信じてたわよっ!」
そういってミレイさんはすでに魔力を紡ぎ終わっていた。
「―いい加減にぃ倒れなさいっ!!フレアストーム!!!!」
ミレイさんの掌から、これまでで最大の火の奔流が放たれた。
ゴォォォォォォッ。
炎の嵐がシルバーバードを、丸ごと飲み込む。
甲高い断末魔が、ボス部屋に響きわたった。
そして、大鳥の巨体が、ゆっくりと、傾いて...
やがて地響きとともに、崩れ落ちる。その体が、淡い光の粒になって、消えていった。
しぃん
静寂が、訪れた。
◇
「……勝った。勝ったわよ!! やった、やったーーっ!!」
ミレイさんが、両手を突き上げて、飛び跳ねた。
いつもの、ツンとした彼女は、どこにもいない。子供みたいに満面の笑みではしゃいでいる。
「ねぇあんたたち見た!? 最後の、あたしの魔法! あのシルバーバードを一撃よ! あたしたちが、二人のときあんなに勝てなかった相手を!!」
「おう。……ついに、越えたな。この壁を」
バルトさんも、大盾を下ろして感慨深そうに笑った。ミレイさんが、腰に手を当てて胸を張る。得意満面の最高のドヤ顔だった。
俺は、その光景を見ながら手の中の、折れた短剣に、目を落とした。
二つに折れた古い刃。
父が、村を出るとき、俺の腰に差してくれた、あの短剣。
二年間、一緒に冒険してきた。それから、俺の初めての戦いからいままでずっと、共にしてくれた。
そして、最後に仲間を、守って折れた。
俺は、その折れた刃をそっと両手で包んだ。
「……今まで、ありがとう」
小さく語りかける。
物言わぬ鉄の塊。
それでも、こいつは、確かに、俺の相棒だった。父の手のぬくもりごと、俺を、ここまで連れてきてくれた。折れた柄を、俺は捨てずにそっと、ボックスにしまった。
「レイ!」
顔を上げると、ミレイさんが、こちらに歩み寄ってきていた。
さっきまでの、はしゃぎようとは、打って変わって。真剣にこちらを見た。
「……その、ありがと。あたしを、庇ってくれて。信じてたわよ!」
「いえ。間に合って、よかったです」
俺が笑うと、ミレイさんは、俺の手元を見た。折れた短剣の、あった場所を。
「……あんた、その短剣で、あたしを庇ったのね。ありがとっ!」
彼女は、少しの間何かを考えるように、黙った。
それから、ふと、床に落ちている、あるものに、目を留めた。
シルバーバードが、遺していったドロップ品。銀色に光る、鋭い爪だった。
ミレイさんが、それを拾い上げる。
そして、にっと笑った。
「決めた。レイ、あんた、次の武器がいるでしょ。……この爪で、あんたの剣を、作るわよ」
「え?」
「みんないいわよねっ!」
「いいんじゃねぇか?」
「あらあら、それはいい考えですね。」
「あたしたちが、昔から世話になってる、腕のいい鍛冶師がいるの。階層主の素材なら、きっと、いい剣にしてくれる。……あんたが、あたしを庇ってくれた、お礼よ。文句、ないわね?」
つん、とそっぽを向きながら、でも、その耳は、少し赤い。俺は、胸がじんと熱くなった。
「……ありがとうございます、ミレイさん..バルトさん...ティアさん!」
そしてティアが誰にも聞こえないような声でつぶやいていた。
「フフッやはりあのとき見た動きは本物だったわ、私が上級職になるためにレイさんの武器は新調しなければ...それに、レイさんがお金足りなかったときは私がだしてあげて...」
そうボソボソとつぶやきながら俺を見つめていた。
◇
帰り道。
十階の壁を越えた高揚に、みんなが、明るく話す中で。俺は、ふと、あることを、思い出していた。
あの、シルバーバード、王狼の牙にいた頃、荷物持ちとして後ろでその戦いを眺めていた。ガロさんたちが、あの階層主と戦うのを。
あのとき、四人は危なげなど...なかった...
ガロさんの大剣が、一撃であの銀の羽毛を断ち切り、ケイルさんの魔法が易々とシルバーバードを焼いていた。今日、俺たちが死力を尽くしてようやく倒した相手を、あの人たちは、涼しい顔で、蹴散らしていたのだ。
(……やっぱり、強いんだ。あの人たちは)
改めて、その差を、思い知る。
ガロさんは、確かに、俺を道具のように扱った。ひどい仕打ちも、受けた。でも...冒険者としてのあの実力だけは、まぎれもなく一流だった。
金級。
十五階を越える、一流のパーティ。その力は、伊達では、ない。
いつか、俺も、あそこまで...そんなことをぼんやりと考えていた。
そのときの俺は、まだ...知らなかった。
あれほど強かったはずの、王狼の牙が。この先、思いもよらない形で崩れていくことになるだなんて。
そして、そのきっかけはほかでもない俺自身に、あるだなんて...




