第十一話 あたらしい家
翌日、俺はミレイさんに連れられて街の一角にある一軒の店を訪れていた。
「武器屋兼、鍛冶屋。ここが、あたしたち【銀の羽】が世話になってる店よ」
看板には、槌と剣の看板。店先には、剣や槍が、所狭しと並んでいる。
扉を開けると、奥から、金属を打つ音が、規則正しく響いていた。
「らっしゃい。……おや、ミレイじゃないか」
カウンターにいたのは、大柄な男の人だった。背が高くて、筋肉質。人の好さそうな顔で、こちらに手を挙げる。
「ゴウさん、久しぶり。カヤは、奥?」
「ああ、打ってる最中だ。おーい、カヤ! ミレイが来たぞ!」
奥に声をかけると、しばらくして、一人の女性が、汗を拭きながら出てきた。
背が高くて、引き締まった体つき。腕まくりした腕には、しなやかな筋肉。豪快な雰囲気の、姉御肌といった感じの美人だ。
……そして、その、なんというか。胸元が、ティアさんに、勝るとも劣らない。
「おう、ミレイ! 久しぶりじゃないか。元気にしてたかい」
「うん。今日は、この子の武器を、頼みたくて」
ミレイさんが、俺を、前に押し出した。
「へえ。あんたが、噂の新入りかい。……ふうん」
カヤさんと呼ばれた女性が、俺を、じろじろと眺めた。値踏みするような、でも、どこか温かい目だ。
「レイです。よろしくお願いします」
「カヤだ、よろしく。……で、あんた、職業は?」
「冒険者、です」
その答えに、カヤさんが、にやりと笑った。
「はっ。冒険者、ときたか。……あたしと、同じだね」
「え?」
「あたしもね、職業は【冒険者】さ。生産系スキル持ちの、外れ職ってやつ。鍛冶のスキルでね。世間じゃ、戦えない役立たず、なんて言われてる口さ」
俺は、目を見開いた。
外れ職の、冒険者。俺と、同じ。その人が、こんな立派な店を構えて、腕のいい鍛冶師として、やっている。
「あたしはね、これでも昔は、Aランクの冒険者だったんだよ」
カヤさんが、腕を組んで、誇らしげに言った。
「鍛冶の腕を、武器そのものに変えてね。前線で、自分で打った剣を振るってた。白金級に、あと一歩ってとこまで行ったのさ。……外れ職だろうと、極めりゃ頂点も見える。あんたも腐るんじゃないよ」
その言葉が、じんと胸に染みた。
外れ職だと、笑われてきた。でもこの人は、金級まで駆け上がった。同じ【冒険者】の大先輩。俺にも、まだ見ぬ道があるのかもしれない。
◇
「白金級目前、って……カヤさんたち、そんなに強かったんですか」
俺が驚いて聞くと、ゴウさんが、カウンターの向こうで、豪快に笑った。
「おうよ。うちのパーティは、当時、街でも指折りだったんだぜ。俺が盾で前を張って、カヤが打ち込んで。回復と魔法もいてな。五人で、二十階を目指してた」
「五人、ですか。あとの二人は……?」
「ん? 一人は、実家に帰って、貴族の坊ちゃんと結婚した僧侶。もう一人も、同じく嫁に行った魔術師さ。……で、最後の一人が」
ゴウさんが、にっと笑った。
「今、この街のギルドで、受付をやってる。フィーネって女さ」
「フィーネさん!?」
俺は、素っ頓狂な声を上げた。
あの、おっとりした受付嬢のフィーネさんが。この、白金級目前のパーティの、一員だった。しかも――
「フィーネは、弓の名手でな。【弓聖】ってやつだ。Aランクの、そりゃあ大した腕前だったんだぜ。あいつがいなきゃ、うちはあそこまで行けなかった」
「あの、フィーネさんが……」
信じられなかった。いつも、にこにこと、俺にパンをくれる、あの優しい人が。トップクラスの、弓の使い手。……道理で。初めて会った日、俺のカードを見て、何かを見抜いたような、あの目。あれは、本物の実力者の、目だったのだ。
「あたしとゴウが、所帯を持ってね」
カヤさんが、後を引き取った。
「子供ができたのを機に、二人で引退して、この店を開いたのさ。パーティは、それで解散。フィーネは、前から誘われていた受付の仕事に、収まった。……まあ、みんな、いい引き際だったよ。未練なんて、これっぽっちもないさ」
そう言って、カヤさんは、幸せそうに、笑った。
◇
「さて、と。前置きが長くなったね。武器の話だ」
カヤさんが、手を打った。
「ボウズ。あんた、今、どんな武器を使ってる?」
「あ、それが……昨日、短剣が、折れてしまって」
俺は、ボックスから、折れた父の短剣を取り出した。カヤさんが、それを手に取って、じっと眺める。
「ふうん。手入れは、行き届いてる。大事に使ってたんだね。……で、次は、どうしたい」
「実は……もう少し、攻撃力のある武器が、欲しくて。短剣だと、どうしても、威力が足りなくて。長剣に、変えようかと」
俺がそう言うと、カヤさんは、ふむ...と顎に手を当てた。
「――やめときな、って言いたいところだね」
「え?」
「武器を、まるごと変えるのはあんまり勧めないよ。今まで、短剣で戦ってきた体だ。急に長剣なんて持ったら、間合いも、振りも、全部狂っちまう。慣れるまでに、何ヶ月もかかる。下手すりゃ、弱くなるよ」
さすが、プロだ。的確な指摘に、俺は、うなずくしかなかった。
「けど、まあ。試してみるのも、悪くない。ほら、これを振ってみな」
カヤさんが、店の壁から一振りの長剣を取って俺に手渡した。
ずっしりと、重い。
俺は、両手でそれを構えて軽く振ってみた。
ひゅん。
……あれ。思ったより、悪くない。
短剣とは、勝手が違う。それでも、体が、なんとなく、動きを掴んでくれる。技量が上がっているからだろうか。振り抜くと、刃が、綺麗に軌道を描いた。
「へえ」
カヤさんが、片眉を上げた。
「初めて長剣を持って、その振り。……あんた、やっぱり、ただ者じゃないね。悪くない筋だ」
「でも……」
俺は、剣を、もう一度、振ってみた。悪くない。悪くないのだけれど。
「ちょっと、重いですね。俺の戦い方だと、速さが、殺されるというか」
「そうだろうね。短剣をみたところボウズは、力より速さで戦うさね。長剣の重さは身のこなしまで殺してしまう、悩ましいとこさ」
うーん、と、俺は唸った。攻撃力は、欲しい。
でも、速さまでは殺したくない。
この二つを、両立させる方法は―
「……あの」
そのとき、後ろで様子を見ていた、ティアさんが、口を開いた。
「カヤさん、でしたか。たとえば、銀の爪を刃にして...芯に、重量軽減の加工を施す...というのは、できませんか? 素材を活かしつつ、重さだけを抑えるみたいな感じで...」
その提案に、カヤさんは目を見張った。
「……へぇ、お嬢さん鋭いね。ああ、できるよ。シルバーバードの爪は、軽くて硬い...いい素材だ。そこに軽量化の付与を重ねりゃ、攻撃力そのままで、短剣並みに軽い長剣が打てる。……ただし長剣のメリットもけしちまうけどね。」
「長剣のメリット?」
「ズバリ重ささ!重ければいいってわけじゃないけど軽いと長いだけの剣になっちまう。そうつまりは、バランスが大事ってことさ!」
カヤさんが、ニカッと俺に笑いかけた。
「そうだね...坊主もただ軽いだけの剣より切れる剣がほしいんだろ?」
「はい...今のままだとさらに下の階に行った時に攻撃力が足りなくなりそうで...」
「アッハッハ、正解だね。でもね、ボウズが一人で倒す必要もないんじゃないかい?」
「それでも...何かあった時に仲間を守れるくらいには強くなりたいんです!」
「ふぅん?いい顔するじゃないか。軽さと重さのバランスを両立させるにはまぁミスリル加工が一番だろうね、刃を銀の爪で芯と柄の部分をミスリルにすればボウズの望んだ長剣になると思うよ。まぁ値段は張るけどね。」
カヤさんは2本指を立て最高の笑顔で俺にそう告げた。
そして、告げられた金額に。
「……たっか!!」
俺は、思わず、叫んだ。
俺の、今の全財産を、軽く超えている。とてもじゃないが、払えない。
「レイ。パーティの運用資金から、出しなさいよ」
ミレイさんが、当然のように言う。だが、俺は、首を振った。
「いえ、ダメです。俺の武器のために、みんなの金を使うなんて。それに、こんな高価なもの―ただでさえ素材をいただいているのに!!」
「なに言ってんのよ。あんた変な所で頑固ね...それにあんたの武器は、パーティの戦力でしょ。立派な、必要経費――」
「それでも、俺は」
食い下がろうとした、その時だった。
「―では、足りない分は、ここから出してくださいな」
ティアさんが、すっと、カウンターに歩み寄って。金貨を、数枚カウンターの上に置いた。
「ちょっ、ティアさん!? ダメですよ、そんな! いただけません!」
俺が慌てて止めようとすると...
「はい、レイさん。文句は...なしですよ?」
ティアさんが、にっこりと微笑んで。
「あんまり強情だと...えいっ!」
そして、俺の頭を、ぐいっと、抱き寄せた。
「んむっ……!?」
顔が、柔らかい何かに埋まった。ティアさんの、豊かな胸元に。視界が、ふさがれる。息ができない。
「ふふ。レイさんは、可愛い弟みたいなものですから。お姉さんに、これくらい、させてちょうだいな。……ほら、これで、文句は言えないでしょう?」
言えるわけがない。というか、言葉が、出せない。物理的に。
「んーっ! んんーっ!」
「んーうらやましい奴。」
俺は、必死でもがいた。横でバルトさんが何か言っていたけど...息が...苦しい。
ティアさんの腕は、優しく...しかし、がっちりと、俺の頭を離さない。
その様子を、横で見ていた、ミレイさんが。
自分の胸元に、視線を落とした。ぺたん、としたそこを。
そして...
「…………」
無言で、そっと、目を...逸らした。何かを、悟ったような遠い目で。
……ミレイさん。
「ぶはっ!」
バルトさんがその光景をみて爆笑していー
ドガッ
「いって!!!」
ミレイさんに顔を殴られていた...
「はいはい、そこまでにしときな」
カヤさんが、豪快に笑いながら手を叩いた。
「金は、確かに受け取ったよ。三日後に、最終調整するからまた来な。いい剣に、してやるからさ」
半分、意識が飛びかけたところで。
俺は、ようやく、ティアさんの腕から解放された。
「……し、死ぬかと、思いました」
「あら。幸せな死に方でしょう?」
ティアさんが、悪びれもせず、ふふ、と笑った。
◇
ふらつく足で、店を出た、その時だった。
「……レイ君?」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。
フィーネさんだった。今日は、私服だ。休みなのだろう。買い物帰りらしく、腕に、荷物を抱えている。
そして、その視線が...俺と、俺の隣に立つティアさんに注がれた。
ちょうど、俺が、ティアさんの胸に支えられている...その格好に。
「……レイ君。あの、大丈夫ですか?体調がわる...そ...う...」
「あ、フィーネさん。いえ、これは、その」
「ふふ。ちょっと、可愛がりすぎちゃって」
ティアさんが、俺の肩を抱いたまま、にこやかに言う。その瞬間。
フィーネさんの、微笑みが...目からハイライトが消えた...
「か....可愛...がる?」
つかつかと、フィーネさんが、歩み寄ってくる。そして、ティアさんの腕から、俺をぐいっと、引き剥がした。
「レ、レイ君は、ふらふらしてますから! わたしが、支えます!」
そう言って。フィーネさんは、俺の手を、ぎゅっと握った。
「え」
俺は、固まった。
フィーネさんの、手。細くて、柔らかくて、あたたかい。
それが、しっかりと、俺の手を、握っている。
な、何事だ。急に、どうして。俺は、顔が、かっと熱くなるのを感じた。
「……あら」
ティアさんが、その様子を見て、すっと、目を細めた。にこやかだけれど、どこか、探るような目。まるで、フィーネさんを、警戒するみたいに。
二人の間で、なにか、見えない火花が、散っている気がする。
「フィ、フィーネさん、あの、手」
「え? ……あっ」
俺が、恐る恐る指摘すると。フィーネさんは、ようやく、自分が俺の手を握っていることに、気づいたらしい。みるみる、耳まで、真っ赤になっていく。
「わ、わ、わ! ご、ごめんなさい! わたし、つい、勢いで……!」
ぱっと手を離して、フィーネさんが、あわあわと、両手を振る。その慌てぶりが、あんまり可愛くて。
俺は、なんだか、胸がどきどきして、仕方がなかった。
◇
「―ちょうどいいわ。フィーネ、あんたにも、相談があったの」
その一部始終を、にやにやしながら見ていたミレイさんが、口を開いた。
「あたしたち、そろそろ、宿暮らしをやめて、一軒家を借りようって話してるの。パーティのホームってやつ。……で、あんた、この街の物件、詳しいでしょ?」
「あ、はい。それなら、いくつか、心当たりが」
赤い顔のまま、フィーネさんが、こくこくとうなずく。
「実は、ちょうど何件かいい物件があるんです。少し前に、空いたばかりで……。よかったら、ご案内...しましょうか?」
「決まりね。じゃ、みんなで、見に行きましょ」
そういうわけで。俺たちは、フィーネさんの案内で、その物件に向かうことになった。フィーネさんが先導してくれた。
もう、彼女は、すっかり俺たちの輪の中にいた。
◇
案内された家を何件か見て回ったあと、二番目にみた街の外れの静かな一角にあった家を再度見に行った。
石造りの、二階建て。こぢんまりとしているが、しっかりとした造りだ。中に入ると、居間と、台所。そして、二階には――
「わあ。部屋が、たくさん、ありますね」
俺が見上げると、フィーネさんが、うなずいた。
「はい。個室が、五つあります。それぞれに、ちゃんと、一人部屋が持てますよ」
五つ。
俺は、指を折って、数えた。俺、ミレイさん、バルトさん、ティアさん。……四人だ。
「あれ。五部屋も、いるんですか? 俺たち、四人ですけど」
俺が、素朴にそう聞くと。
フィーネさんも、こてん、と首をかしげた。
「そういえば、そうですね。四人なら、四部屋で……なぜ、五部屋の物件を?」
すると、ミレイさんが。
にんまりと、それはもう、実に楽しそうに、笑った。
「あーら。いいじゃない、一部屋くらい、余裕があっても。……それにさ」
ちらり、と。ミレイさんの視線が、フィーネさんへ、向く。
「いつか、もう一人くらい、増えるかも、しれないしね?」
その言葉に。フィーネさんが、きょとん、とした。増える? 誰が? そんな顔で。
一方、ミレイさんの視線を受けて、バルトさんが、ぶっと噴き出した。
「だっはっは! だな! いやあ、パーティーメンバーは五人が最大だしその時に引っ越しすればいいかなって思ってたけど、うん、すぐに五人目が増えそうだしそうなったら、五部屋で、ちょうどいいや!」
二人して、意味ありげに、にやにやしている。
俺には、二人が、何を面白がっているのか、さっぱり、わからなかった。ティアさんだけが、「あらあら」と、口元に手を当てて、微笑んでいる。
そして、フィーネさんは。
自分が、その「もう一人」だと、まるで気づかないまま。ただ、きょとんと、首をかしげていた。……その頬が、なぜだか、ほんのり、赤いのは。きっと、気のせいではなかったのだと思う。
「……いい、お家ですね」
ぽつりと、フィーネさんが言った。
その横顔が、なんだか、とても、あたたかそうで。俺は、この家で、みんなと暮らす日々を、思い描いて...なぜだろう。その輪の中に、フィーネさんもいる気がして、少しだけ、嬉しくなった。
◇
こうして、俺たちは、その家を借りることに決めた。
宿暮らしから、パーティのホームへ。新しい剣の完成をまっている間に、引っ越しを済ませ、新居に慣れ、日々は、あわただしくも、楽しく過ぎていった。
気づけば、シルバーバードを倒してから、一週間が経っていた。
そして、カヤさんから剣が完成したと連絡があり...
俺は、新しい相棒を、受け取りにもう一度、カヤさんの店へと、向かうのだった。




