第十二話 風を纏う剣
剣が仕上がったと、カヤさんから連絡が来た。
シルバーバードを倒してから、一週間。引っ越しも済ませ、新居にも慣れた頃だった。
俺は、みんなと連れ立って、カヤさんの店へと向かった。
「おう、来たね。最終調整したら完成だよ。」
カヤさんが、奥から、一振りの剣を、大事そうに抱えて出てきた。布に包まれたそれを、カウンターの上で、ゆっくりと、開いていく。
現れた剣を見て、俺は、息を呑んだ。
刃は、銀色。シルバーバードの爪を鍛え直したという刀身は、光を受けて、うっすらと青みを帯びて輝いていた。柄と、刃の芯には、鈍い灰色の金属...ミスリルが使われている。
すらりと長く、凛とした佇まいの、長剣だった。
「持ってみな」
言われて、俺は、その柄を、握った。
ずしり、と。手のひらに、重みが伝わる。
軽い剣ではない。ちゃんとした、長剣の重さだ。でも、その重さが、不思議と、嫌じゃなかった。手に、しっくりと収まる。俺の膂力で、きっちり支えきれる。ぎりぎりを見極めたような、絶妙な重さだった。
試しに、軽く、振ってみる。
ぶんっ。
刃が、風を切って、重い音を立てた。速い。それでいて、一振りに、確かな威力が乗っている。長剣の重さと切れ味を、そのままに。俺が振り切れる速さに、収めてある。
「……すごい。重いのに、ちゃんと、振れます」
「そうだろ。調整は必要なさそうだね。」
カヤさんが、腕を組んで、得意げに笑った。
「言っただろ。軽けりゃいいってもんじゃない、ってね。重さは、そのまま、切れ味と威力になる。けど、重すぎりゃ、ボウズの速さが死ぬ。だから、あんたが振り切れる、ぎりぎりの重さに、仕立てたのさ。切れ味と、速さの、両立ってやつだ」
「はー……相変わらず、いい仕事するわね、カヤは」
ミレイさんが、感心したように、剣を覗き込む。
「そりゃそうさ。あたしを、誰だと思ってるんだい。……ああ、それとレイ。その剣には、おまけも付いてる」
「おまけ?」
「シルバーバードの素材は、風の魔力を宿しててね。あたしが打つとき、その性質を殺さないよう仕上げた。だから、その剣を持つと―敏捷が、少しだけ上がる。敏捷、プラス3。打った、あたしが言うんだ、間違いないよ。あと折れた短剣だけどね、素材解体するとき用のナイフにしといたよ。大事なもんだったんだろ?」
そういってカヤさんはナイフを渡してくれた。
「ありがとうございます!」
「いい素材で剣を作らせてくれたからね!サービスだよ。」
俺は胸があつくなりそのナイフをそっとアイテムボックスにしまい込んだ。そしてウィンドソードに目を向けてこっそり鑑定をした。
【ウィンドソード】効果:敏捷 +3
……本当だ。カヤさんの言った通り。俺の鑑定でも、そう出ている。もっとも、それを、口に出すつもりは、なかったけれど。
「ウィンドソード、か。……いい名前だ」
俺は、その剣を、そっと胸に抱いた。
仲間と倒した階層主を素材に、さらにミレイさんとティアさんが、お金を出してくれて。
カヤさんが、腕によりをかけて打ってくれた。みんなの想いの、詰まった一振りだ。
「……ありがとうございます、カヤさん。大事に、使います」
「おう。可愛がってやんな。折れないよう、しっかり打ってあるからね」
カヤさんが、豪快に、笑った。
◇
「そういえば、みんな、しばらくカード更新してないでしょ。ちょうどいいわ、ギルド寄ってくわよ」
店を出たところで、ミレイさんが言った。
この一週間、シルバーバード撃破に、その後の狩り。みんな、レベルが、それなりに上がっているはずだ。剣も新しくなったことだし、と、俺たちは、その足で、ギルドへ向かった。
受付には、勤務中のフィーネさんがいた。
「あら、皆さん、お揃いで。」
「フィーネ!カードの更新にきたわっ」
「更新ですね。順番にお願いします。」
まずは、ミレイさんから。水晶板に手を乗せ、更新する。
【冒険者カード】
名前:ミレイ
ランク:C レベル:34
職業:魔術師 所属:銀の羽根
──────────────
HP 212
MP 215
力 48
頑丈 53
敏捷 40
技量 64
魔力 165
──────────────
スキル:魔術師/魔力増大A ※魔力増大+1指輪 装備中
「ふふん。レベル34。魔力も、165まで来たわ。順調、順調」
次は、バルトさん。
【冒険者カード】
名前:バルト
ランク:C レベル:36
職業:戦士 所属:銀の羽根
──────────────
HP 672
MP 42
力 150
頑丈 168
敏捷 75
技量 86
魔力 32
──────────────
スキル:剛力B
「おう、HP672か。相変わらず、俺のHPは、伸びがいいな。ま、壁役だ。硬いに越したこたぁねえ」
続いて、ティアさん。
【冒険者カード】
名前:ティア
ランク:B レベル:40
職業:僧侶 所属:銀の羽根
──────────────
HP 376
MP 390
力 63
頑丈 94
敏捷 78
技量 89
魔力 220
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スキル:治癒/付与魔法B
「レベル40に、なりましたね。……上位職まで、あと十。ふふ、まだまだ、遠いこと」
穏やかに微笑みながら、ティアさんが、そっと呟く。その言葉の裏に、少しの焦りが滲んでいたことに、みんなは、気づかなかった。
「じゃ、最後。レイ、あんたの番よ」
「はい」
俺が、水晶板に手を乗せる。ぽう、と、光が収まって。フィーネさんが、カードを、こちらに向けてくれた。そして...
「……えっ」
また、その、動きが、止まった。
【冒険者カード】
名前:レイ
ランク:C レベル:32
職業:冒険者 所属:銀の羽根
──────────────
HP 480(+230)
MP 85(+ 20)
力 128(+ 58)
頑丈 120(+ 52)
敏捷 148(+ 75) +3
技量 150(+ 78)
魔力 78(+ 12)
──────────────
装備:ウィンドソード(敏捷+3)
スキル:アイテムボックスF/アクセサリ製造F
しん、と。受付の周りが、静まり返った。
ミレイさんも、バルトさんも、ティアさんも。俺のカードを、覗き込んで、固まっている。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
ミレイさんが、震える指で、カードを指した。
「HP、480? あれ?前は250くらいだったじゃない!。力は128で、バルトの150に、迫ってる。敏捷なんて...148に、剣で+3で……151? バルト、あんた...いくつだっけ」
「……75…だな...」
バルトさんが、遠い目をした。
「レイの、半分以下じゃねえか!技量も、俺が86で、レイが150。……なあ。俺、いちおう、Cランクの戦士なんだけどよ。前衛の、先輩...なんだけどよぉ」
「魔力とMPだけは、低いですね。そこだけは、可愛げがあります」
ティアさんが、くすりと笑う。
「でも、それを除けば……レベル32で、この数値。ふふ。やっぱり、面白い子」
みんなの視線が、俺に集まる。俺は、ただ、曖昧に笑うことしか、できなかった。
自分でも、わかっている。この数字が、異常だってことは。でも、その理由を、口にはできない。装備枠が、無制限だなんて。ボックスに突っ込んだ安物のアクセが、全部、装備状態になってるなんて……言えるわけが、なかった。
「……レイ君は、本当に、すごいですね」
フィーネさんが、カードを、そっと返しながら、微笑んだ。けれど、その目の奥には、驚きと...少しの心配が、混じっていた。
「あんまり、無茶は、しないでくださいね。……あなたが、無理をしていないか、わたし、時々、心配になるんです」
その言葉が、あんまり優しくて。俺は、少しだけ、胸が、あたたかくなった。
◇
「よし。準備万端ね」
ギルドを出て、ミレイさんが、拳を握った。
「じゃ、行くわよ。今日の目的は――シルバーバードの、リベンジよ」
そう。今日、俺たちが向かうのは、また、あの十階の階層主。
前回は、勝てはしたものの、ぎりぎりだった。ミレイさんの、あの捨て身の一撃がなければ、どうなっていたか。俺の短剣も...折れた。
でも、今日は、違う。
俺は、レベルが上がり、みんなも、また一段、強くなっている。そして、俺の手には、このウィンドソードが、ある。
「みんな!今度こそ、危なげなく、勝つわよ」
「はい!」
「おう!」
「わかりました。」
◇
石の扉が、開く。
前と同じ、広大な部屋。前と同じ...銀の巨鳥。シルバーバードが、四枚の翼を広げ、こちらを、鋭い目で捉えた。
甲高い咆哮。
だが―今日の俺は、あの日の俺じゃない。
「バルトさん、正面お願いします!」
「おう、任せろ! ……って、頑丈が取り柄のバルトさんだぜっ?!」
シルバーバードが、急降下してくる。バルトさんが、大盾で、その爪を受け止めた。
ガインッ!!
ずしん、と、床が揺れる。
その瞬間。俺は、もう動いていた。
あの時のガロさんがやっていたようにまず羽を落とす!!!
ウィンドソードを握って、地面を蹴る。
体が、軽い。敏捷が上がったぶん、前よりずっと速い。手の中の剣は、確かな重さを保ったまま、俺の速さにぴたりとついてくる。
重さと、速さ。その両方を、俺は、手にしていた。
シルバーバードの懐へ、風のように、滑り込む。
そして、刃を振るう。
ズバァッ!
ウィンドソードが、重い風切り音とともにシルバーバードの翼を、斬り裂いた。
手応えが、違う。長剣の重さが乗った一撃は、銀の爪の切れ味と合わさって、シルバーバードの、硬いはずの羽毛を、深々と、断っていく。
前回、あんなに苦戦した相手。その皮膚に、俺の刃が、次々と、深い傷を刻んでいく。速く、そして、重く。相手の反撃を、かわしながら。
「ハァッ!セヤァッ!!」
ズバッ!!ザンッ!!
「レイのやつ……! 剣一本で、あそこまで……!」
シルバーバードが、怒りの咆哮を上げて、あの羽根の刃を、放とうとする。
「レイやばい!あの時の大技がくるぞっ!」
バルトさんが叫ぶ。
前回、ミレイさんを狙った、あの大技。翼が、大きく、広がっていく。
でも、もう、遅い。
「させません!」
俺は、それより速く、懐に飛び込んでいた。翼が、開ききる、その一瞬の隙。がら空きになった、脳天めがけて突きを繰り出す。
ずどんっ!
「クケェェェェェェェェッ」
刃が、深々と脳天に突き刺さった。
シルバーバードが、断末魔の悲鳴を上げて...今度は、ミレイさんの魔法を、待つまでもなく。
崩れ落ちた。
どしぃぃん。
その巨体が、淡い光の粒になって、消えていく。前回の、あの死闘が、嘘みたいな。静かな、幕切れだった。
◇
「……ほんと、嘘みたい」
崩れ落ちる光を見つめて、ミレイさんが、ぽつりと言った。
「あんなに、あたしたちを、苦しめた相手を。今日は、レイがほとんど一人で。……ねえ、あんた、ほんとに、どこまで強くなるのよ!」
「え、あ……す、すみません」
「だから、謝るなっての!」
ばしん、と、背中を叩かれた。痛い。けれど、ミレイさんの顔は、呆れ半分・感心半分で、どこか誇らしげだった。
「あたしが、見込んだ仲間だもの。強くて、当然よね。……ふふ、ますます、下が、楽しみになってきたわ」
「えぇ本当に見込んだ通りです。」
ミレイさんがはしゃぎ、バルトさんが豪快に笑いそしてティアさんが、穏やかに微笑む。
俺は、腰に差したウィンドソードにそっと手を触れた。
みんなの想いが詰まった、新しい相棒。この剣と一緒なら、もっと強くなれる。もっと、みんなの役に立てる。二年間、荷物持ちだった俺が。今は、こんなにもあたたかい仲間に、囲まれている。
新しい剣を、手に。新しい家で。新しい仲間と。
俺の冒険は、まだ、始まったばかりだ。




