第十三話 足踏みしてる王狼さん
シルバーバードを、危なげなく倒してから。
【銀の羽根】の快進撃は、止まらなかった。
十一階、十二階、十三階。
俺たちは、次々と、下の階層を、突破していった。
ウィンドソードを手にした俺は、前衛として、すっかりパーティの主軸になっていた。速さと手数で、魔物を翻弄し、バルトさんが受けきれない敵を、片っ端から仕留めていく。後ろには、ミレイさんの魔法と、ティアさんの回復。四人の連携は、日を追うごとに、洗練されていった。
「ほんと、レイが入ってから、嘘みたいに進むわね」
狩りの合間、ミレイさんが、しみじみと言った。
「二人のときは、十階の階層主で2年近くも足踏みしてたのに。今じゃ、もう十三階よ」
二ヶ月が、あっという間に過ぎた。
俺のレベルも、ずいぶん上がった。ボックスの中のアクセも、稼ぐたびに、こつこつ買い足している。カードの数字は、更新するたびに周りをぎょっとさせた。もっとも、その理由を俺は、相変わらず胸の内にしまったままだったけれど。
そして
―十四階を突破した、その日。
「銀の羽根の皆さん。おめでとうございます」
ギルドの受付で、フィーネさんが、にこやかに、一枚の証書を差し出した。
「本日をもって、あなたたちのパーティは、正式に銀級と認定されました」
「……やった!」
ミレイさんが、証書を掲げて、飛び跳ねた。
「聞いた!? 銀級よ、銀級! あたしたち、ついに銀級パーティになったのよ!」
「おう! ここまで、長かったなあ!」
バルトさんが、豪快に笑う。俺も、胸が、いっぱいだった。二年間、荷物持ちだった俺が。今は、仲間と一緒に、パーティの節目を、喜んでいる。
ギルドの中は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
……そして、その様子を、物陰から、じっと見ている、一人の男がいたことに。俺は、気づいていなかった。
◇
その男―
王狼の牙の魔術師、ケイルは。
ギルドの隅で、その光景を、苦々しげに眺めていた。
(くそっ……あの荷物持ちが。なんで、あんなに、はしゃいでやがる)
クビにして、追い出した男。それが今、どこかのパーティで、仲間と肩を組んで、笑っている。そして、フィーネが読み上げた、
あの言葉。
【銀級】
ケイルは、足早に、ギルドを後にした。報告すべきことが、できたからだ。
◇
「あん?―なんだって?!」
王狼の牙の拠点で。ガロが、面倒くさそうに、顔を上げた。
「あの、レイが? 銀級パーティに、いるだと?」
「ああ。今日、昇格したらしい。銀の羽根、とかいう名前だ」
ケイルの報告に、ガロは、しばらく、ぽかんとして。それから...げらげらと、笑い出した。
「はっ、はははは! あの荷物持ちが? どこぞのパーティに拾われて、銀級だと?」
「なあ、笑えるよな」
剣士のドグが、にやにやと口を挟む。斥候のバズも、それに続いた。
「銀級なんざ、十階を、なんとか越えた程度だろ。どうせ、周りが強えんだよ。あいつは、相変わらず、荷物でも運んでんじゃねえの?」
どっと、笑いが起きる。ガロが、鼻で笑った。
「銀級ねえ?俺たちが、とっくに越えた場所だ。せいぜい、そこで満足しときな。荷物持ちには、お似合いの居場所だぜ」
だが、その笑いの輪から一人だけ距離を置いている男がいた。
黒い装束の暗殺者
―ザイド。
彼は、腕を組んだまま、笑わなかった。
「……ザイド? どうした、辛気くせえ顔して」
ガロが、訝しげに声をかける。ザイドは、静かに口を開いた。
「その、銀の羽根。……以前、確か、銅級だったな。魔術師と戦士の、二人組の」
「ん? ああ、そうだったか?そんな雑魚パーティーなんざ眼中にねぇからしらなかったわ。」
「【銀の羽】は、十階の階層主で、長いこと、足踏みしていたはずだ。それが、数ヶ月で銀級。……妙だな。二人増えた程度で、そう簡単に越えられる壁じゃない」
ザイドの、切れ長の目が、細くなる。
(数ヶ月で、銅級から銀級。……その中心に、まさか、あのFランクの荷物持ちが?)
いや、まさか。あれは、スキルレベルFの、外れスキル持ち。ガロが、そう言っていた。……だが...王狼の牙もここ数か月15階層にすら到達できていない...
ザイドの、暗殺者の勘は、かすかに、警鐘を、鳴らし続けていた。
◇
数日後。俺たちは、いよいよ、十五階の階層主に、挑もうとしていた。
十五階...
金級の壁、ここを越えれば、銀の羽根は、金級パーティだ。
その大一番を前に、俺たちは、ギルドで、最終確認をしていた。
その時だった。
「よう。誰かと思えば、荷物持ちじゃねえか」
聞き覚えのある、声。
振り返ると
―そこに、いた。
牙の徽章を胸に付けた、男たち。
王狼の牙だった。
先頭に、ガロさん。その後ろに、ケイルさん、ドグさん、バズさん。そして、見慣れない、黒装束の男が、一人。
二年ぶりに向けられた、その顔に。
俺の、体が...勝手に…強張った......指先が、かすかに、震える。
叱責。嘲笑。飯を抜かれた日々。名前で、呼ばれなかった、二年間。忘れたつもりでいた、あの時間が。あの人たちの顔を見た途端、体の奥から、じわりと、蘇ってくる。
「久しぶりだなあ、レイ。銀級パーティねえ?たいしたもんだ」
ガロさんが、にやにやと、俺を見下ろす。
「けどよ。悪いことは言わねえ。十五階の階層主は、やめときな。お前らみたいな寄せ集めにゃ、あそこは無理だ。身の程を、知るこったな」
震える俺の肩を。
そっと、後ろから抱き寄せる手が、あった。
「―大丈夫ですよ、レイさん」
ティアさんだった。俺を、庇うように、自分の腕の中へ、ぐいっと引き寄せる。柔らかな感触に、俺の顔が半分埋まった。
「怖い思いをした相手と、また会うのは、つらいですものね。……お姉さんが、ついていますから」
そのぬくもりに、震えが、少しずつ、収まっていく。ティアさんの、優しさが。ありがたかった。
……ただ。その光景を見た、フィーネさんの目から。
すっ、と。ハイライトが、消えた。
「……ティアさん。レイ君を...そんなに......ぎゅうぎゅうと....」
「あら。可愛い弟が震えていたので。慰めているだけですよ?」
にこやかに応じる、ティアさん。だが、その様子を見て、ガロさんが、下卑た笑いを、浮かべた。
「へえ。ずいぶん、いい女を、揃えてんじゃねえか、荷物持ち。……なあ、そこのお姉さん。そんなガキより、俺たち、王狼の牙が、相手してやろうか? どうだ、悪くねえ話だろ」
その粘つくような視線に。
ティアさんの微笑みが。すっと、温度を失った。
「……結構です」
レイを抱えたまま、ティアさんは、ぴしゃりと言い放った。腕の力が、さらにぎゅっと強まる。
「わたしは、この子の、お姉さんですので。あなたのような、見る目のない方に用はありません!」
その時....
ばぁぁぁんっ!
受付のカウンターが、鳴った。
ギルドにいた全員が、びくりとして音が鳴ったほうを見た。両手を、カウンターに叩きつけてにっこりと...けれど、目だけはまったく笑っていない笑顔で...
フィーネさんが...立っていた....
「……王狼の牙の皆さん、銀の羽の皆さん...ギルド内での...揉め事は......困り...ます...」
その、有無を言わせぬ迫力に。荒くれ者揃いの王狼の牙が、思わず一歩後ずさった。
……さすが、元Aランクの、弓聖。おっとりした顔の裏に、こんな凄みを、隠していたなんて。
そして、フィーネさんは。
つかつかと、ティアさんのもとへ歩み寄ると。その腕から俺を、ぐいっと奪い取った。
「レイ君は、こちらで、保護します。……もう、大丈夫ですからね」
俺を、ぎゅーっと自分の胸の中にかばうようにフィーネさんが、王狼の牙とティアさんの両方を牽制する。
なぜだか、二人の女性の間でばちばちと火花が散っている気がした。
……俺には、その理由が、さっぱりわからなかったけれど。
◇
「―はぁ? ちょっと待ちなさいよ」
そこで、ずいと前に出たのは、ミレイさんだった。
腕を組み、目を吊り上げて、まっすぐに、ガロさんを睨む。
「あんたたち、噂の王狼の牙でしょ。……レイをクビにして、それから、ずーっと、金級で足踏みしてるっていう」
ガロさんの、こめかみが、ぴくり、と動いた。
「有望な子を?自分から?捨てといて?上に行けずに燻ってる?ぷっ、傑作ね。人の心配してる場合? 自分たちの足元、見たら?」
「……小娘。もういっぺん、言ってみろ」
「何度でも言うわよ。あんたたち、一歩も、前に進めてないでしょ。図星なんじゃない?」
赤くなるガロさん。ケイルさんたちが怒気をはらむ。だが、黒装束の暗殺者だけはじっと、俺を...見ていた。
「……いいだろう」
ガロさんが、俺たちを、指さした。
「お前らが、もし本当に、十五階の階層主を倒せたなら。そのときは模擬戦で胸を貸してやる。この王狼の牙が、直々にな。どうせ倒せやしねえだろうがなぁ!」
「いいわよ、受けて立つ」
ミレイさんが、にんまりと笑った。
「あたしたちが階層主を倒したら。胸を貸すのは...!ずーっと足踏みしてる、可哀想なあんたたちじゃなく、あたしたち銀の羽よっ!」
しん、と、場が、静まって。
「……ぶふっ!」
噴き出したのは、バルトさんだった。
「む、胸を貸すって、お前……ぷくくっ、ミレイ、お前が、胸を……!」
「―なによ! おかしい!?...........ハッ!!!!!」
ミレイさんの顔が、真っ赤になる。
「キィィィッ!そういう意味じゃ、ないでしょーが! 慣用句よ! 相手になってやる、って意味の!」
「わ、わかってるって! わかってるけどよ、お前が言うと、なんかこう……!」
「―っ.....このっ!」
ずどっ。
ミレイさんの、渾身の蹴りが、バルトさんの脛に突き刺さった。
「いってええ!!」
脛を押さえて飛び跳ねるバルトさん。真っ赤な顔のミレイさん。毒気を抜かれて、ぽかんとする王狼の牙。
……こうして。奇妙な約束が、交わされた。
十五階の階層主を倒せば。俺は、二年ぶりに
―あの人たちと、向き合うことになる。
◇
王狼の牙が、去ったあと。
「……そういえば」
ふと、俺は、あることに気づいた。
「模擬戦、向こうは、五人ですよね。ガロさんに、ケイルさん、ドグさん、バズさん、それに、あの黒装束の人。……こっちは、四人だ」
しかも、向こうには、上位職が、二人もいる。ガロさんと、たぶん、あの暗殺者。数の上でも、格の上でも、こちらが、不利だった。
「あー……確かに。人数、合わせないとね」
ミレイさんが、腕を組んで、唸る。
「もう一人、腕の立つのが、いれば……」
その視線が、なんとなく。受付の、フィーネさんへと、向いた。
元Aランクの、弓聖。白金級目前まで行った、本物の実力者が。今、目の前にいる。
フィーネさんは、その視線に気づいて、きょとん、と、首をかしげた。それから、自分を指さして、「……わたし?」と、目を、まん丸にした。
「わたしのお願いを聞いてくれるのであればご協力するのもやぶさかでは....」
その頬が、なぜだか、ほんのり、赤く染まっていくのを。
俺は、ただ不思議そうに見ていた。




