第十四話 わたし(俺)の秘密
「わたしを、銀の羽根に入れてください」
その申し出は翌日、ギルドの奥の一室で正式に告げられた。
模擬戦のための、人数合わせ。元Aランクの弓聖、フィーネさん。願ってもない話だった。ミレイさんが、身を乗り出す。
「もちろん、大歓迎よ! で、条件は? 何かお願いがあるって、言ってたじゃない」
「はい。その……」
フィーネさんが頬をほんのり染めて、もじもじと指を合わせた。
「わたしも皆さんのパーティホームに、一緒に住まわせていただけないかと」
「ん?当然じゃない。引っ越してきなさいよ。」
ミレイさんが、にやりと笑いかけふと、首をかしげた。
「なんでそんなことをわざわざ聞いたの?ホーム見に行った時に5人部屋にした理由もいったしフィーネがくるのは予定のうちなんだけど?」
「…あの…その」
フィーネさんの頬が、さらに赤くなる。それから、消え入りそうな声で。
「……わたし、家事が、まったくできないんです」
しん、とした間のあと。
「……はぁ?」
ミレイさんが、目を丸くした。
「あんた、一人暮らし長いでしょ。いままでどうやって、生きてきたのよ!」
「が、外食と……あとは、ゴウさんとカヤさんのお店に時々……。冒険者時代は、仲間がやってくれていたので。恥ずかしながら、料理も掃除も洗濯も、からっきしで……」
「あっはっは!ギルドの女神に思わない弱点があったな」
「ふふっ、ギルドでこのことを言いふらしたら良い騒ぎになりそうですね。」
「わ...わたしにもイメージというものが...」
弓聖ともあろう人が、消え入りそうな声であまりに情けない告白をするものだから。
俺は思わず、微笑ましくなった。
でもそれくらいなら話は簡単だ。
「大丈夫ですよ、フィーネさん! 家事は任せてください! 慣れてますから!」
俺が胸を張ってそう言うと。
「……え?」
フィーネさんはきょとんとした。
それから、ミレイさんとティアさんの方を見る。
見られたミレイさんとティアさんは顔をそらし明後日の方向を見つめていた
「あの……皆さんのお家の家事は、どなたが?」
「レイよ、レイ」
ミレイさんが、あっさりと答えた。
「うちでは、掃除も洗濯も、ご飯まで、ぜーんぶレイがやってくれてるの。レイったら家事完璧なの!」
「レ、レイ君が……全部……」
フィーネさんの顔が、みるみる赤くなっていく。それから、ミレイさんとティアさんにそっと身を寄せて、小声で尋ねた。
「……あの。せ、洗濯って。その……下着...とかも……?」
「ん? ああ、そりゃ洗濯だもの。全部でしょ」
ミレイさんが、けろりと答える。ティアさんが、くすりと笑った。
「ミレイさん。フィーネさんが気にされているのは。ご自分の下着を、レイさんに洗われることになる、ということですよ」
「え? ……ああ、そういうこと」
ミレイさんが、ぽんと手を打って。それから実にあっけらかんと、言い放った。
「別に、いいじゃない。あんなの、ただの布よ?」
「――っ!!」
フィーネさんの顔が、一気に沸騰した。
「た、たたたただの布って……!! そ、そういう問題では……!!」
真っ赤になって、あわあわとうろたえるフィーネさん。俺は、なんとか力になろうと、身を乗り出した。
「安心してください、フィーネさん! 洗濯は俺の得意分野です! どんな汚れも任せてください! 干し方も畳み方も、ばっちりですから!」
「~~~~~っ!!」
フィーネさんが、俺の胸をぽかぽかと叩いてくる。なぜだ。良かれと思って、言ったのに。
「レイさんは、そういう方ですものね」
ティアさんが深いため息をついて、フィーネさんの肩にぽんと手を置いた。
「同情しますよ。この子、良い子なんですけど……こういうところは、本当に鈍いので」
なぜ二人して、俺を憐れむような目で見るのだろう。さっぱりわからなかった。
◇
ひとしきり騒ぎが収まったあと。
「……皆さんに、もう一つ。大事なことを、申し上げなければなりません」
フィーネさんが、居住まいを正した。その表情が、急に真剣になる。
「パーティを組む以上、わたしの手の内は、お見せしておきます。……わたしのスキルは、二つ」
彼女は、指を二本立てた。
「一つは、鷹の目。弓手の代表的なスキルです。ランクはS。器用さと視力を、大きく補正します。もう一つは、剛弓。威力補正のスキル。こちらはA」
「――S、と、A!?」
ミレイさんが、飛び上がった。
「すごいじゃない! なによ、その化け物みたいなランク! これなら、十五階の階層主も余裕ね!」
みんなが沸き立つ。だが、フィーネさんは、まだ話を続けた。
「……いえ。実は、もう一つ。三つ目のスキルがあるんです。これは、ステータスカードには載りません。特典スキル、と呼ばれるものです」
その言葉に。俺の心臓が、どきりと跳ねた。
「三つ目の……特典スキル、ですって?」
ティアさんが眉をひそめた。その声が、少し大きくなる。
「そんな、ありえません。スキルは多くて二つ。三つ持ちなんて、聞いたことが……。仮にあったとしても、三つ目なんてランクはFかE。アクセサリで付与できる最低枠ですっ!十階以降じゃ、使い物にならないはずです!」
「ええ。ティアさんのご見解は、おおむね正しいです」
フィーネさんが、静かにうなずいた。
「けれど特典スキルというのは、そういったランクの範疇外のものなんです。……わたしの場合は、看破。相手のステータスと、持っているスキルの名前を、看破するスキルです。人でも魔物でも、関係なく。それに、罠なども見破ることができます」
「ええっ!? す、すごいじゃない、それ!」
ミレイさんが、大喜びではしゃぐ。
「魔物のステータスが事前にわかるなんて! 罠も見破れる! 探索が、どれだけ楽になるか!」
「おう、そりゃ頼もしいな!」
バルトさんも、豪快に肯定する。ティアさんも、驚きを飲み込みつつ、一歩引いて、それでも言った。
「……確かに。これ以上ない戦力アップですね。フィーネさん。よろしくお願いします」
みんなが、フィーネさんを歓迎する、その中で。
俺だけが、うつむいて、黙り込んでいた。
◇
カードに、載らないスキル。
その言葉が、俺の胸の奥を...締め付けていた。
俺にも、あるのだ。カードに載らない力が。誰にも言えず、ずっと抱えてきた秘密が。フィーネさんは、仲間になるからと、手の内を見せてくれた。なのに、俺だけが、隠したままでいいのか。
こんなにも、あたたかい仲間の中で。信じてくれる、みんなの中で。
「……俺も」
気づけば、口を開いていた。
「俺も、皆さんに、言わなきゃいけないことが、あります」
みんなの視線が、俺に集まる。俺は覚悟を決めて、アイテムボックスに手をかざした。そして、取り出した。
どさっ、どさどさっ。
床に、山と積み上がっていく。指輪。腕輪。ペンダント。いままでこつこつ溜め込んできた、大量のアクセサリ。
その数、ざっと百を超える。
「……ちょっと、あんた」
ミレイさんが、目を丸くした。
「なんなの、この量! なんで、こんなにアクセサリ持ってんのよ!? っていうか、そのアイテムボックス、どう見てもランクF、じゃないでしょ!」
「……はい。それが、俺の秘密に、関わってるんです」
俺は、覚悟を決めて、続けた。
「実は俺、神様……いえ、生まれつき、二つ、特典を持ってるんです。カードには、載らない特典。一つが、鑑定。もう一つが――装備枠、無制限」
「装備枠……無制限?」
「はい。普通は、指輪みたいなアクセは、一つしか装備できませんよね。でも俺は、いくつでも、装備できるんです。……いえ、正確には」
俺は、床に積んだアクセの山を、手で示した。
「このアイテムボックスの中に入れたものも、装備しているのと、同じ扱いになるみたいで。……試しに、検証したんです。武器や防具は、駄目でした。でも、アクセサリだけは、ボックスに入れた分、全部、効果が乗る。……つまり」
「……つまり」
ミレイさんが、ごくり、と喉を鳴らした。
「この、百個以上のアクセの効果が。全部、あんたのステータスに、乗ってるってこと?」
「……はい。俺のステータスが、レベルのわりに高いのは。血筋でも、才能でもなくて。……たぶん、これのおかげ、なんです」
◇
しん、と、部屋が静まり返った。
「……ちなみに」
やがて、俺は、おそるおそる付け加えた。
「そのアイテムボックスと、アクセサリ製造も。ランクは、Fって表示されてるんですけど。……自分を鑑定すると、EXって出るんです。SSランクの、さらに上、って」
「SSの、上……!?」
ミレイさんの、口があんぐりと開く。
「あの、レイさん」
ティアさんが、震える声で尋ねた。
「その、アイテムボックス。……実際、どれくらい入るんですか?」
「……無限、って。説明には、ありますね」
その一言に。今度こそ、誰も、言葉を失った。
その重い静けさを破ったのは、フィーネさんの、ぽつりとした一言だった。
「……これは。戦争が、起きますね」
「え? そんな、大げさな……」
俺が慌てて否定しようとすると。フィーネさんは、真剣な顔で首を振った。
「大げさではありません。……レイさん。看破で拝見した、あなたの数値。あれは、たぶんBランク上位……下手をすれば、Aランク相当です。ちなみに、わたしの看破と、あなたの鑑定は、よく似ていますね。相手の数値や、力の中身を、見通す。……だからこそ、わかります。あなたの力が、どれほど異常か」
彼女の声が、低くなる。
「そんな強さの人間が、無限の収納を持ち、どこにでも移動できる。物資も、兵糧も、どんな戦力でも、一人で運べる。……もし国に知られたら。奪い合いになります。戦争が起きても、おかしくないくらいに。考えるだけで、怖いですね」
自分の力が、そんな大それたものだなんて。考えたことも、なかった。
「――だめっ!!」
その時だった。
ぎゅうっ、と。ティアさんが、俺を後ろから抱きしめた。誰かから守るみたいに。
「そんなの、だめです。うちの子は、どこにもあげません! ……皆さん!」
ティアさんが、きっとみんなを見回した。いつものおっとりしたお姉さんは、どこにもいない。母親みたいな、必死の顔で。
「今の話は、重要機密です! 絶対に、誰にも漏らしては、いけませんよ! いいですね!?」
「……いや、まあ」
ミレイさんが、頬をかいた。
「ぶっちゃけ、こんな話。誰かに言ったって、信じてもらえないわよ。無限の収納とか、SSの上とか。頭、大丈夫? って思われるのがオチよ」
「まぁ、なぁ。……けど、万が一、ってこともあるしな」
バルトさんが、腕を組んで唸る。その【万が一】という言葉に。
すっ、と。フィーネさんの目から、ハイライトが消えた。
そして彼女は、ティアさんの腕から俺をそっと奪い取ると。今度は後ろから、ぎゅっと抱きしめた。
「……ご安心ください、皆さん」
にっこりと。けれど、その声は、ぞっとするほど静かで。
「もしレイさんの秘密が、万が一にも漏れるようなことがあれば。その原因になった人は。わたしが、消しますので」
「「「…………」」」
誰も、何も言えなかった。おっとり弓聖の、笑顔の裏の底知れなさに。全員が、そっと目を逸らした。
◇
「……ふふ」
やがて、フィーネさんが、俺を抱きしめたまま、耳元で優しく囁いた。
「レイ君。……実は、わたし。前から、知っていたんですよ」
「え?」
「看破スキルで。あなたのカードを、初めて見たあの日から。あなたの数値が、Fランクのはずがないってこと。それに、『装備枠無制限』なんていう、見慣れない特典を持っていること」
初めてギルドで会った日。俺のカードを見て、フィーネさんが何かを見抜いたような、あの目。あれは。
「知っていて。でも、あなたが話してくれるまで、待とうと思っていました。……ずっと一人で抱えて。秘密にするの、つらかったですよね。わたしも同じだからわかります。」
その言葉に、俺の目の奥が、じん、と熱くなった。
そんな恐れを抱えて、ずっと一人で。
でも、この人は、知っていて、なお。俺が話すのを、待っていてくれた。
「……はい。……はい」
うなずくのが、精一杯だった。フィーネさんの腕の中はあたたかくて、俺は少しだけ、目を潤ませた。
その様子を見ていたティアさんが、ふっと微笑んで、二人の頭にそっと手を伸ばした。俺とフィーネさんの、両方の頭を。よしよし、と優しく撫でる。
年下のはずの彼女の目は、もうすっかり、お姉さんのそれだった。
「……よかったですね、レイさん。フィーネさん」
そう言って、ティアさんは、俺たち二人をまとめて、そっと抱きしめた。
打算で近づいたはずだった。この子を利用しようと。自分の踏み台にしようと。……そんな考えは、もう彼女の中に、これっぽっちも残っていなかった。
◇
その日の午後。フィーネさんの装備調整のため、俺たちはカヤさんの店を訪れた。
「―なんだって? フィーネ、お前、またパーティ組むのか?」
事情を聞いて、ゴウさんが目を丸くした。
「ギルドの受付は辞めるのかい? へえ……もったいないねえ。せっかく、いい仕事に就いたのに」
からから、と笑うゴウさん。その隣で、カヤさんが、フィーネさんの弓を点検しながら、ふと手を止めた。
「……フィーネ。お前が入るってのは、あの、レイってボウズのパーティだろ」
カヤさんが、こちらを、ちらりと見る。
「あのボウズ。冒険者のくせに、妙な気配があると思ってたんだ。何か、大層なもんを、抱えてそうな。……まあ、あたしゃ、詮索する気はないがね。お前は、大丈夫なのかい」
同じ外れ職として、只者でない何かを感じている。けれど、それ以上は、踏み込まない。カヤさんらしい、距離の取り方だった。
「……いえ。もう、話しました。わたしの、看破のことも」
フィーネさんが、そっと微笑んだ。
「そして。……受け入れて、もらえました。誰も、気味悪がったりしないで。ただ、仲間として。ちゃんと」
その目が、うっすらと潤む。
カヤさんは、しばらくフィーネさんを見つめた。それから、ふっと目元を緩めた。その豪快な瞳が、少しだけ濡れている。
「……そうかい。まあ、あの子らなら。そんなもんかね」
くしゃっと笑って、カヤさんは、フィーネさんの頭を、乱暴に撫でた。
「よかったねフィーネ。いい居場所を、見つけたじゃないか」
◇
装備の調整を終え、フィーネさんを正式に迎えた俺たちは五人になった。
そしてギルドで、全員のカードを更新する。
【冒険者カード】
名前:フィーネ
ランク:A レベル:60
職業:弓聖 所属:銀の羽根
──────────────
HP 520
MP 180
力 130
頑丈 130
敏捷 340
技量 380
魔力 140
──────────────
スキル:鷹の目S/剛弓A
技量380に、敏捷340。弓聖の名は、伊達ではなかった。フィーネさんの数値は、俺たちの誰よりも洗練されている。看破のことは、当然カードには載っていない。
【冒険者カード】
名前:ミレイ
ランク:B レベル:44
職業:魔術師 所属:銀の羽根
──────────────
HP 250
MP 330
力 55
頑丈 62
敏捷 46
技量 72
魔力 255
──────────────
スキル:魔術師/魔力増大A ※魔力増大+1指輪 装備中
「ふふん。あたしも、Bランクの44。魔力は255。魔術師としてもう少しで上級職ね!」
【冒険者カード】
名前:バルト
ランク:B レベル:46
職業:戦士 所属:銀の羽根
──────────────
HP 980
MP 48
力 190
頑丈 245
敏捷 85
技量 98
魔力 36
──────────────
スキル:剛力B
「おう、HP980! ……相変わらず、俺のHPだけ、伸びが異常だな。ま、壁役だ。硬いに越したこたぁねえ」
【冒険者カード】
名前:ティア
ランク:B レベル:48
職業:僧侶 所属:銀の羽根
──────────────
HP 470
MP 360
力 72
頑丈 118
敏捷 88
技量 100
魔力 278
──────────────
スキル:治癒/付与魔法B
「レベル48……上位職の聖者まで、あと二つ。ふふ、少しずつ、近づいてきましたね」
穏やかに微笑みながらも、その声には、期待と、ほんの少しの焦りが、滲んでいた。
そして、俺も、カードを更新した。
【冒険者カード】
名前:レイ
ランク:C レベル:42
職業:冒険者 所属:銀の羽根
──────────────
HP 560(+300)
MP 140(+ 55)
力 175(+ 95)
頑丈 140(+ 68)
敏捷 210(+128) +3
技量 215(+130)
魔力 140(+ 70)
──────────────
装備:ウィンドソード(敏捷+3)
スキル:アイテムボックスF/アクセサリ製造F
ランクは、C。パーティで、いちばん下。スキルは、相変わらずF表示。
でも、みんなはもう知っている。このFの裏に、何が隠れているのかを。そして、それでも俺を、仲間として受け入れてくれている。それが、どうしようもなく、嬉しかった。
「―さあ! 準備は整ったわね!」
ミレイさんが、五人を見回して、拳を握った。
「金級の壁。十五階の階層主。あたしたち銀の羽根、五人で、ぶち破るわよ!」
「「「「おう!」」」」
そうして俺たちは、いよいよ、金級への扉の前へとたどり着いた。
十五階の、階層主の部屋。
その重い石の扉を前に、俺は腰のウィンドソードに手を添えた。
この扉の向こうに、俺たちの新しい景色が待っている。




