第十五話 5人目の羽
十五階の、階層主の部屋。その扉を前に、俺たちは、最終確認をしていた。
「相手は、ブレイズファング。双頭の、狼型の階層主です」
フィーネさんが、静かに口を開いた。看破は、実際に相手を見なければ使えない。だが、この階層主については、話が別だった。
「わたし、昔、このボスを倒したことがあります。情報も、ある程度は出回っている。だから、事前に、特徴だけは、お伝えできます」
さすがは元金級。
この階層の攻略経験まであるとは。
「厄介なのは大きく二つです。まず、二つの頭が、それぞれ、別のブレスを吐きます。右の頭が、炎。左の頭が、風。……この二つを、同時に撃ってくることもありますし牙で攻撃しながらブレスなど多彩に攻撃してきます。」
「ブレスと物理攻撃を同時に?」
「はい。それにもう一つ。……この双頭は、二つの頭が別々にものを考えます。そのためどちらかの頭を行動不能にしてももう一方の頭で考え行動することが出来ます。」
フィーネさんの声が、真剣になる。
「さらに片方の頭でこちらを引きつけながらもう片方の頭でまったく別の相手を狙ってくる。一体なのに連携しているみたいに。……隙が、少ないんです」
なるほど。ただの双頭の狼じゃない。頭が二つ、別々の敵として、襲ってくる。確かに、難敵だ。
「で、指示の事なんだけど」
そこで、ミレイさんが、腕を組んで、俺たちを見回した。それから、少しだけ、ばつが悪そうに、ふん、と鼻を鳴らす。
「……今日から、指示を出すのは、あたしじゃなくて。フィーネ、あんたよ」
「え? わたし、ですか?」
「そうよ。あんた、元金級で看破まで持ってる。全員の状況把握は……悔しいけど、あたしより、あんたの方が上よね。認めるわ!」
ミレイさんが、にっと笑った。
「その上で、あたしは今日から指示は考えない。戦闘に全振りする。……その方が勝率があがるもの。損得で言えばそっちが得でしょ?」
損得に聡い。だからこそ見得を張らずに勝つための最善を選べる。
それがミレイさんの強さだった。
「わかりましたミレイさん」
フィーネさんが、そっと微笑んだ。
「では、遠慮なく。」
そう、フィーネさんが俺たちに作戦をつげた。
「皆さんの、いつもの戦い方は道中で拝見させてもらいました。……あとは、そこに、わたしの目を足すだけです。危ないところは、必ずわたしが、援護します。だから――安心してください」
その言葉には、不思議な安心感があった。
後ろにこの人がいる。
それだけで背中があたたかかった。
ギィィィィィィッ。
石の扉が開くと...
部屋の中央にそれはいた。
漆黒の巨大な狼。
だが、その首は二つ。
左右に、獰猛な頭が生えており右の頭の喉が赤く、さらに左の頭の喉がうっすらと緑に光っていた。
四つの眼が、俺たちを捉える。
グルルル、と。二つの頭が、別々の唸り声をあげた。
「皆さん!来ます、バルトさん! 爪に注意!!」
「おうっ!」
黒い狼が、地面を蹴った。
右の頭が、牙を剥き鋭い前脚の爪をバルトさんへ振り下ろす。
ガキィンッ!
バルトさんが、大盾でその一撃を受け止めた。
だが―
間を置かず。爪を弾かれた、その流れのまま。右の頭の喉が赤く膨れ上がる。
至近距離からの炎のブレス。
「バルトさん、そのままファイアブレスが来ます!」
「うぉっ……よいっしょぉぉぉっ!」
バルトさんが、盾を真っ向から構え直す。
「エレメントガードォッ!」
ゴォォッ!
炎が、盾に叩きつけられたが、バルトさんは、一歩も引かない。
防御技を使い真正面から受け止めて耐え切る。
それが、この人の戦い方だった。
「……すごい」
弓を構えながら、フィーネさんが、漏らした。
「あの至近ブレスと爪の攻撃に真っ向から。バルトさん...なんて頑丈さ……」
とフィーネさんがつぶやきながらも流れるように指示をだす
「バルトさんが削られました! ティアさん回復を!」
「もう、入れています!」
ティアさんの光が、バルトさんを包む。
「速い!回復させ過ぎず魔力消費まで押さえながら適正な回復量...」
ティアさんもすごい...まるでHPが見えてるみたい...。
「―レイ君、今! バルトさんが右の頭を抑えてます。その隙に!」
「はい!」
俺は、地面を蹴っていた。
バルトさんが、右の頭を引きつけているその隙を...
俺は、ウィンドソードを握り風のようにその側面へ回り込んだ。
シュッ!ズバッ!
銀閃が、走る。
敏捷を活かした速い斬撃。
ギャウン!!
右の頭が悲鳴をあげてのけぞる。
「ミレイさん、今です!左の頭ががら空きです! 今のうちに!」
「――任せなさいっ!」
指示を受けたミレイさんの詠唱に迷いはなかった。指揮を、フィーネさんに預けた分。ただ、撃つことだけに集中できる。
「フレアランス!」
ゴォッ!
炎の槍が、左の頭を正確に貫いた。
指示から解き放たれたミレイさんの魔法はこれまでにない鋭さでブレイズファングに命中した。
だが、ブレイズファングも階層主だ。ただでは、やられない。
「ハァァァァァッ!!!」
「レイ君!だめっ!!」
俺が、右の頭に斬りかかったその一瞬。
左の頭が、俺ではなく――
後衛のミレイさんをみた。ぐるり...と...狙いを変えた。
片方で俺を引きつけ、もう片方で別の獲物を噛みにいく。二つの頭が、別々に考えている。詠唱を終えたばかりのミレイさんは動けない。
「――っ!」
まずい。俺は、右の頭に、踏み込みすぎた。戻れない。
だが。
ヒュンッ!
俺が、声をあげるより、早く。
一本の矢が、俺の頭上を掠めて飛んでミレイさんへ飛びかかろうとしたブレイズファングの左の頭の目に深々と突き刺さった。
ゴァァァァァァァッ!!!
大きな叫び声と共にブレイズファングの左の頭がのけぞった。そして狙いが大きく逸れる。
「…ひゃぁ!…あっぶな……」
呆然とする、ミレイさん。その後ろで、フィーネさんが次の矢を番えながら静かに言った。
「レイ君!右に深入りしすぎです。この相手は、片方に気を取られると、もう片方にやられますっ。大丈夫です焦らないで。レイ君の速さなら、両方の頭を行き来できるはずですから」
「……っ、はい! すみません!」
矢が、飛んでくる。声が届く。
危ないところに必ずフィーネさんの援護が間に合う。
全員の位置も、二つの頭の狙いも、彼女は常に見ている。だから―
後ろがこんなにも安心なのだ。
「大丈夫。皆さんの連携は完璧です。わたしは、ただ綻びそうなところを直すだけ。……このまま、いきましょう」
そこからは、危なげはなかった。
バルトさんが、ブレイズファングの攻撃を受け止め、ティアさんが支える。
俺が、素早さを活かしながら隙を作りミレイさんが、火力を叩き込む。
そして、フィーネさんが先を読み危ういところを矢で繕う。
五人。
誰か一人が、崩れそうになると必ず誰かが支える。
「―右の頭、もう限界です! レイ君、とどめを! ミレイさんは、左に、全力を魔法をお願いします。タイミングはわたしが!!!」
「はい!」「わかったわっ」
「ふっ!!」
フィーネさんの矢がブレイズファングの二つの頭のちょうど中央を射抜く...
その合図とともに俺は炎の頭の喉元へ。ウィンドソードを、突き込む。
ずどんっ!
同時にミレイさんの最大火力が風の頭を破壊した。
「フレアバースト!!」
グ、ガ……ッ。
ブレイズファングが、崩れ落ちる。
漆黒の巨体が、大きく傾いで地響きとともに地に倒れ伏した。そしてまもなくその体が、光の粒になって消えていった...
◇
しん、と、静まり返った部屋に。
「……勝ち、ました」
フィーネさんが、弓を下ろしてほうっと、息を吐いた。
その声には、確かな手応えが滲んでいた。
「金級の壁。十五階の階層主を……こんなに危なげなく。……皆さんの連携、本当に見事でした」
「そりゃ、あんたの指揮が、あったからよ」
「あたしが、指示を全部あんたに預けられたから。思いっきり撃てたわ。……ふん、悔しいけど。認めてあげる。あんた指揮官として優秀ね!」
「ふふ。……ありがとう、ございます」
「でも勘違いしないでよ!リーダーはこのあたし!なんだからねっ!!」
ミレイさんが、にっと笑う。それを返すようにフィーネさんが、嬉しそうに微笑んだ。
俺も、胸がいっぱいだった。
バルトさんの鉄壁。
ティアさんの回復。
ミレイさんの火力。
フィーネさんの指揮と狙撃。
そして、俺の...
「レイ君ー」
フィーネさんがそう声をかけるより先に...
「まぁたレイがうつむいてるっ!レイ!あんたの遊撃がなかったらそもそもあのバカうけきれてないからねっ」
そうミレイさんがニコッっと笑いかけてくれた
「この五人だから!倒せたんだからっ!!」
五人だからこそ、届いた場所。俺は心からうれしかった。
「ふふふっブレイズファングは倒したわ...」
「だな。あとは奴さんらだけか」
「そうよ!待ってなさい王狼の牙!」
バルトさんとミレイさんがそういった後で...
なぜかティアさんが使ったのを見たことが無いモーニングスターを振りかぶって...
その横でフィーネさんが光の消えた目で弓を引いていた。
「「ウフフフフフフフ」」
ちょっと怖いなぁとおもったのはここだけの秘密にしたい。
そんな中、突然ミレイさんが拳を突き上げた。
「あたしたち銀の羽根はこれで金級パーティの条件を満たしたわっ!」
「「「おおーっ!」」」
歓声が、部屋に響きわたる。
二年間、荷物持ちだった俺が今は金級パーティの一員になれそうだった。
あの頃、後ろで眺めているだけだった憧れていたその場所に仲間と一緒にたどり着いた。
そして―
金級の条件を満たしたということは。
「……ねえ、みんな。やるわよ!」
ミレイさんが、にやり、と、口の端を上げた。猫みたいな目にいたずらっぽい光が宿る。
「レイに損をさせたあいつらに...」
「そうだな...あいつらに...」
「一泡吹かせてやりましょう。ウフフフフ」
ビィーン!!ビィーン!!!
ミレイさんが、バルトさんが、ティアさんが...フィーネさんは何故か弓を無言で引いていたけど...
俺の為にここまで言ってくれてるんだ!もうトラウマなんて関係ない!
あとはガロさんに俺はこんなにも強くなったって見てもらうだけだっ!
俺はそっと腰のウィンドソードに手を添えた。
二年ぶりに、あの人たちと。今度は、荷物持ちとしてではなく一人の冒険者として向き合う日がすぐ、そこまで来ていた。




