第八話 僧侶と打算
銀の羽根に入って、一ヶ月が過ぎた。
俺の毎日は、すっかり様変わりしていた。朝、宿でミレイさんとバルトと合流して、ダンジョンへ潜る。低い階層で魔物を狩り、レベルを上げる。夕方に戻って、稼ぎを等分して、飯を食う。そんな、当たり前の冒険者の生活。
二年間、荷物持ちとして過ごした日々が、まるで嘘みたいだった。
そして、その一ヶ月で。俺のレベルは、驚くほど伸びていた。
「どうぞ、レイ君。これが今日の更新後のカードね」
ギルドでフィーネさんにカードを更新してもらって、俺はその数字を眺めた。
【冒険者カード】
名前:レイ
ランク:F レベル:29
職業:冒険者 所属:銀の羽根
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HP 250(+160)
MP 70(+ 30)
力 100(+ 36)
頑丈 95(+ 31)
敏捷 115(+ 49)
技量 120(+ 54)
魔力 68(+ 8)
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スキル:アイテムボックスF/アクセサリ製造F
レベル29。一ヶ月前は、1だった。それが、ミレイさんやバルトさんに、もう手が届きそうなところまで来ている。
ふと、俺は、あることに気づいた。
以前のカードには、数字の横に【+20】と、装備の上乗せ分が表示されていた。祝福の指輪の効果だ。それが、今は、消えている。
「あれ。フィーネさん。前にあった、装備の+20って、なくなってます?」
「ああ、それね?」
フィーネさんが、やわらかく微笑んだ。
「祝福の指輪の効果は、レベル10までなんです。レイ君は、もうLV29だから。とっくに、効果は切れているの」
なるほど、と思った。でも、それなら...おかしい。
指輪の+20が消えたのなら、その分、数字が下がるはずだ。なのに、俺の能力値は、下がるどころか、上がっている。レベルが上がったから、と言われれば、それまでだけれど。
(……本当に、それだけ、だろうか)
胸の奥で、あの日の予感が、また、静かに首をもたげた。
◇
その夜。俺は宿の部屋で、一人、あるものを机に並べていた。
昼間、自分の稼ぎで買ってきた、安物のアクセサリだ。等分の分け前が、ちゃんと入るようになって、俺にも、少しは自由に使える金ができた。その金で、露店をまわって、二十個ほど買い集めてきた。
どれも、二束三文の品ばかり。力が少し上がる指輪。素早さがわずかに上がる腕輪。体力が伸びるお守り。売り物としては、屑同然の、はした金アクセ。
これを使って、確かめたいことがあった。
神様の言葉が、ずっと、頭の隅に引っかかっていた。
装備枠は、無制限。いちばん大事だから、覚えとけ。
まさか、とは思う。でも、もし、本当に。ボックスに入れたアクセサリが、身に着けているのと同じ扱いになるのだとしたら。
俺は、まず、今のステータスを、頭に叩き込んだ。力100。敏捷115。それから、机の上のアクセサリを、一つずつ、アイテムボックスに、しまっていった。
力+2の指輪。素早さ+3の腕輪。技量+2のお守り。
二十個、全部、しまい終える。装備は、していない。ただ、ボックスの中に、放り込んだだけ。
そして、俺は、自分のステータスを、確かめた。
鑑定の目で、自分自身を見る。すると。
(……上がってる)
力が、100から、112に。敏捷が、115から、130近くに。しまっただけの、装備してもいないアクセサリの分、確かに、数値が、増えていた。
背筋が、ぞくりとした。
試しに、その中の一つ、力+2の指輪を、ボックスから取り出してみる。指に着けるのではなく、ただ、外に出す。すると、力の数値が、すっと2、下がった。もう一度しまうと、また2、上がる。
間違いない。
ボックスの中にある間だけ、そのアクセサリの効果が、俺のステータスに乗っている。装備しているのと、まったく同じように。
装備枠は、無制限。
神様の言葉が、そのままの意味で、俺の身に、起きていた。
「……そういう、ことか」
俺は、思わず、天井を見上げた。
この世界の常識では、アクセサリは、一つしか装備できない。指輪一個ぶんの効果しか、得られない。だから、みんな、いいアクセサリを、一つだけ厳選して着ける。
でも、俺は、違う。
ボックスに入れた分だけ、いくらでも、重ねがけできる。十個でも、百個でも。二束三文の屑アクセだって、束にすれば、馬鹿にならない力になる。
二年間、なんとなく溜め込んできた、あの三十個の分け前。それも、ずっと、俺を強くしてくれたのだ。祝福の指輪が切れても、能力値が下がらなかったのは、そのおかげだった。
生産職だと、笑われてきた。荷物持ちだと、見下されてきた。
その俺の力が実は、この世界の誰も持っていないとんでもない代物だった。
じわじわと、実感が、胸を満たしていく。でも、同時に、俺は、こうも思った。
(……これは、誰にも、言わないでおこう)
理由は、うまく説明できない。ただ、なんとなく。この力のことは、まだ、そっと胸にしまっておくべきだと、そう感じた。ミレイさんやバルトさんは、信頼できる。それでも、こんな規格外の力を口に出せば、きっと騒ぎになる。
俺は、机の上を片付けてその夜は眠りについた。
自分の中に眠る力の、本当の大きさを、少しだけ、知った夜だった。
◇
翌日、俺たちは七階まで足を延ばしていた。
レベルが上がって、狩り場も、少しずつ深くなっている。この階層の魔物は、そこそこ手応えがあって、経験値の入りもいい。ミレイさんが言うには、自分と同じくらいの強さの魔物を倒すのが、いちばん効率よく育つのだそうだ。
狩りの合間のことだった。
「……あなたたち、少し、いいかしら」
不意に、声をかけられた。
振り返ると、僧侶のローブをまとった、一人の女性が立っていた。落ち着いた物腰の、大人びた雰囲気の人だ。年は、ミレイさんより少し上だろうか。手には、僧侶が使う錫杖を携えている。
「あなたたちのパーティ。回復役が、いないでしょう」
女性は、そう切り出した。
「わたしは、ティア。僧侶よ。今、組む相手を、探しているの。……もしよかったら、あなたたちのパーティに、入れてもらえないかしら」
ミレイさんが、すっと目を細めた。
「 ずいぶん、突然ね。あんた、Bランクの僧侶でしょ。錫杖の紋章で、わかるわよ。そんな人が、なんで、うちみたいなCランクパーティに?」
「……上を、目指したいの」
ティアさんは、静かに答えた。
「今のパーティじゃ、頭打ちで。もっと、伸びしろのあるところで、腕を試したい。あなたたち、勢いがあるでしょう。特に——」
その視線が、ちらりと、俺に向いた。
「そちらの、彼。ずいぶん、面白い動きをするから」
俺は、どきりとした。
このティアさんという人。もしかして、俺のことを、どこかで見ていたのだろうか。妙に、こちらを、値踏みするような目をしている。ミレイさんやバルトさんを見るのとは、少し、違う視線だ。
もちろん、そのときの俺は、知らなかった。
この人が、王狼の牙と同じ深さまで潜る腕を持ち、あの搾取の日々の中で、俺の異質さに、とっくに気づいていたことを。そして今、その打算を胸に、俺に近づいてきたのだということを。
「面白い動き、ねえ」
ミレイさんが、腕を組んで、じっとティアさんを見た。値踏みを、値踏みで返すように。
「……まあ、いいわ。回復役が欲しかったのは、本当だし。ただし、お試しよ。何度か一緒に潜って、うちに合うかどうか、見極めさせてもらう。それでいい?」
「ええ。もちろん」
ティアさんが、そっと微笑んだ。
こうして。少しばかりの打算を隠した僧侶が、俺たちのパーティに、加わることになった。
彼女が、やがて、その打算をすっかり忘れてパーティいちばんの世話焼きになるだなんて。このときは、誰も、思っていなかったけれど。




