第七話 銀の羽根加入!
翌朝、俺はミレイさんに連れられて、またギルドに来ていた。
正式に【銀の羽根】の一員になった以上、パーティ登録の手続きが要るらしい。受付には、今日もフィーネさんがいた。
「おはようございます、フィーネさん」
俺が声をかけると、フィーネさんは、ぱっと顔を上げた。そして、ふわりと微笑むとなぜか、ごく自然な仕草で、俺の頭に、ぽんと手を乗せた。
そのまま、くしゃくしゃと、優しく撫でる。
「よかったですね、レイさん。いい仲間が、見つかって」
まるで、無事に帰ってきた身内を迎えるみたいに。あまりに自然で、俺も、されるがままになっていた。
「ちょっと、フィーネ」
横から、ミレイさんの、じとっとした声が飛んだ。
「あんた、なにさらっとレイの頭撫でてんのよ」
「……え?」
その一言で、フィーネさんが、はっと動きを止めた。自分の手と、俺の頭を、交互に見る。じわじわと、その頬が、赤くなっていった。
「あ……わ、わたし……」
「あんた、今まで、そんなことする人だった? 誰にでも、きっちり一線引いてた、あのフィーネがぁ?」
そうやってミレイさんがフィーネさんをにまぁっと見ていると
「い、いえ、その……なんで...でしょう。手が、勝手に……自分でも、よく……」
フィーネさんは、真っ赤になって、両手で頬を押さえた。おっとりした彼女が、こんなに慌てるのは、珍しかった。自分の気持ちが、自分でも、掴みきれていない。そんな顔だった。
俺は、なんだか、くすぐったい気持ちになってそれから、素直に、頭を下げた。
「ありがとうございます、フィーネさん」
にこ、と笑って、そう言うと。
フィーネさんの動きが、また、止まった。
今度は、頬どころか、耳まで赤い。胸のあたりを、そっと押さえて、目を泳がせている。
「……ぅ」
「フィーネ?」
「な、なんでも、ありません……! パ、パーティ登録、承りますね……!」
早口で言って、フィーネさんは、逃げるように手続きを始めた。その横顔を、ミレイさんが、うさんくさそうに、じーっと見ていた。
俺には、二人が何をやりとりしているのか、いまいち、わからなかった。
わからなかったけれどフィーネさんに頭を撫でられたときの、あのあたたかさだけは、なんだか、ずっと覚えていたい気がした。
◇
「じゃあ、登録のついでに、はっきりさせておくわ」
手続きの途中、ミレイさんが、俺のほうへ向き直った。
「レイ。あんた、今日から銀の羽根の一員よ。だから、うちのルールを、覚えてもらう。……いちばん大事なのは、分配」
「分配、ですか」
「そう。うちのパーティは、頭割り。稼ぎも、拾った物も、ぜんぶ、きっちり人数で等分する。あんたも、あたしも、バルトも、取り分は、まったく同じ」
「え……ええっ!?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
「で、でも、俺、まだレベルも低いし、戦力だって、お二人に比べたら全然……そんな、同じだけもらうなんて」
「はぁ? なに言ってんの」
ミレイさんが、眉を寄せた。
「同じパーティを組んで、同じダンジョンに潜って、同じ危険を背負うのよ。だったら、取り分が同じなのは、当たり前でしょ」
当たり前。
その言葉が、胸に、ずしんときた。
二年間、俺の分け前は、いつもゴミみたいなアクセサリと、端数の銅貨だった。それが【当たり前】だと、思っていた。
荷物持ちだから...仕方ないと。
でも、この人たちにとっては【等分】の方が、当たり前なのだ。
「……王狼の牙ではどうだったかしらないけど...」
ミレイさんが、声のトーンを、少しだけ落として、聞いた。
俺は、正直に答えた。二年間、分け前はゴミ同然のアクセサリと、銅貨が数枚だけだったこと。それが普通だと思っていたこと。
話を聞いて、ミレイさんの眉がこれ以上ないほど吊り上がった。
バキッ!
なにかすごい音がして受付をみると、フィーネさんの手の中でペンが折れていた...
「……ふざけてるわね、その王狼とかいうの」
ミレイさんが、低く、吐き捨てた。
「いい、レイ。よく覚えときなさい。あんたが、そんな扱いを受けてたのは、あんたが悪いからじゃない。あいつらが、腐ってただけ。銀の羽では、二度と、そんな思いはさせないから」
その言葉に、じわりと、目の奥が熱くなった。
「……ありがとう、ございます」
「フィーネ。あんたも、証人ね。銀の羽根は、レイを、正式なメンバーとして、等分で迎える。いいわね」
「……はい」
フィーネさんが、そっと微笑んだ。けれど、その目は、少しだけ、潤んでいるように見えた。
「確かに、承りました。……レイさん。よかったですね」
俺は、こくりと、うなずくのが精一杯だった。
◇
パーティ登録を終えて、俺たちは、さっそくダンジョンへ潜ることになった。
「いい? 今日から、あんたを鍛えるわよ」
ダンジョンの入り口で、ミレイさんが、びしっと俺を指さした。
「あんたは、能力値だけ見れば、そこそこある。でも、レベルは1で、実戦経験はゼロ。まずは、レベルを上げないと話にならないの。だから——低い階層で、あんたが前に出て、魔物を倒す。あたしとバルトは、後ろでサポート。とどめは全部、あんたが刺しなさい。経験値は、戦闘に貢献した人に入るんだから」
その言葉に、俺は、はっとした。
そうか。二年間、俺が一度もレベルが上がらなかったのは戦闘に参加させてもらえなかったからだ。今になって、その意味が、わかった。
「危なくなったら、あたしたちが助ける。だから、思いっきりやりなさい」
俺は、腰の短剣に、手をかけた。父がくれた、あの古い短剣。村を出てから二年、一度も、抜いたことのなかった刃。
その短剣を、ぐっと握る。
—いよいよ、だ。
◇
一階の回廊を進むと、さっそく、魔物が現れた。
犬ほどの大きさの、灰色の魔物。二年間、何百回と、その死骸を剥ぎ取ってきた。でも、自分で戦うのは、初めてだ。
「来るわよ、レイ! 落ち着いて!」
魔物が、地面を蹴って、飛びかかってきた。
—遅い。
そう、感じた。
不思議だった。初めての戦闘のはずなのに、魔物の動きが、やけにゆっくり見えた。王狼の牙でもっと上の階層の魔物の動きを毎日毎日じっと見てきたからだ。
俺は、半歩、横に踏み込んで、その一撃をかわした。そして——
短剣を、振るう。
しゃっ。
刃が、魔物の首を、あっさりと斬り裂いた。
どさっ
魔物が、地面に崩れ落ちる。
「……え」
俺は、自分の手元を、まじまじと見た。倒せた。あっさりと。手応えが、あまりにも軽い。
後ろで、ミレイさんとバルトが、ぽかんと口を開けていた。
「……おいおい」
バルトが、頬を引きつらせる。
「初戦闘だろ、今の。なのに、あの動き……無駄がなさすぎるだろ。二年間、荷物運びしかしてなかった奴の動きじゃねえぞ」
「……まぁ一応【王狼の牙】も金級ってことね。あたしたちがいけない階層にレイは言ったことがあるってこと。そこの魔物の動きを毎日みてたとしたら1階層の魔物はいわずもがなって感じね。」
二人の視線が、なんだか、こそばゆかった。
「末恐ろしいわね、ほんと」
ミレイさんは、そう言って、ふっと笑った。
◇
それから、俺たちは、しばらく低階層で狩りを続けた。
一階、二階、三階。ミレイさんとバルトが後ろで守ってくれる中、俺は、次々と魔物を倒していった。倒すたびに、体に、じんわりと熱が広がる。これが、経験値というやつだろうか。
数日もすると、俺のレベルは、みるみる上がっていった。1が、5になり、8になり、10を超える。二年間、びくとも動かなかった数字が、嘘みたいに、伸びていく。もともとの能力値が高いぶん、レベルが上がると、力も敏捷も、さらに跳ね上がった。
そして、二週間ほどが過ぎた頃。
「よし。そろそろ、いいでしょう」
ミレイさんが、宣言した。
「レイ。あんた、次は——五階の、フロアボスに挑むわよ」
「はいっ!....え?」
◇
五階のフロアボスは、大きな岩の甲羅を背負った、亀のような魔物だった。
「ロックタートル。硬い甲羅が厄介だけど、動きは鈍いわ。あたしが魔法で気を引く。バルトが盾で受ける。あんたは——脚を狙って、一気に仕留めて」
「わかりました!」
作戦通り、ミレイさんの火の魔法が、ロックタートルの注意を引く。バルトが、大盾で、その突進を受け止めた。
ずしんっ。
「今だ、レイ! 脚を狙え!」
「はいっ!」
俺は、地面を蹴ってボスの側面に回り込んだ。
レベルが上がった今、体は、さらに軽い。短剣を逆手に持ち替えて、甲羅の下から覗く太い前脚に、渾身の力で突き込む。
ずぶりっ。
刃が、深く食い込んだ。ボスが、悲鳴をあげて、のけぞる。
「効いてる! もう一撃!」
スパッと、刃が走る。レベルが上がったおかげか、硬い皮膚を、確実に裂いていく。
やがて、ロックタートルは地響きとともに倒れ伏した。
どぉ...ん
「……やった」
倒した。フロアボスを。自分の手で。じわじわと、実感が、こみ上げてくる。二年前、後ろで眺めているだけだった、あの光景。その真ん中に、今、俺が立っている。
「やったじゃない、レイ!」
「上出来だ! 初のフロアボス撃破、おめでとうさん!」
バルトが、俺の背中を、バシバシと叩いた。
そのとき、倒れたボスの体が淡い光の粒になって、消えていく。そして、その跡に、ころんと、小さなものが残った。
指輪だ。
「あ……これ」
「レアドロップよ! フロアボスは、たまに、いいものを落とすの。初めて自分で倒したボスからのドロップね。……よかったじゃない」
俺は、その指輪を、そっと拾い上げた。胸が、じんと熱くなる。誰かにもらった分け前じゃない。自分で、勝ち取ったものだ。
◇
「さて。じゃあ、その指輪。帰ったら鑑定して、振り分けましょ」
地上へ戻る道すがら、ミレイさんが言った。
「魔術師向きなら、あたし。戦士向きなら、バルト。それ以外だったら、とりあえずレイが装備。それで、決定ね」
「わかりました、ミレイさん」
俺は、うなずいて受け取った指輪を鑑定した。
「……あ。これ、魔力増大プラス1、ですね。ミレイさん向きです」
言ってから、しまった、と思った。
しん、と、場が静まる。ミレイさんと、バルトが、揃って、俺を見ていた。
「……レイ」
ミレイさんが、目を、まん丸にした。
「あんた今、鑑定した? その場で? 鑑定スキルなんて、持ってたの!?」
「まじかよ……」
バルトも、目を丸くしている。それから、はたと首をかしげた。
「……いや待て。この前、ギルドで見たお前のステータスカード。あそこに、鑑定なんて、載ってなかったよな? スキル欄、アイテムボックスと、アクセサリ製造だけだったろ」
やってしまった。
俺は、一瞬、言葉に詰まった。神様がくれた【鑑定】は、特典扱いで、カードには載らない。でも、それを、どう説明すればいいのか。
必死で、頭を回して、俺は、なんとか、言葉を絞り出した。
「あ、えっと……アクセサリ製造スキルの、おまけみたいなもので。作ったアクセサリが、どんな効果か分からないと、困るじゃないですか。だから、物を見極めるくらいの、簡単な鑑定なら、一応、付いてるんです。細かい機能だから、カードには、出ないんだと思います」
我ながら、苦しい言い訳だった。
ミレイさんは、しばらく、じーっと俺を見ていたが。
「……ふうん。聞いたことないけどね、そんなの。まあ、いいわ。あんたが鑑定できるなら、鑑定屋に持ち込む手間も省ける。誰も損しないもの。むしろ助かるわ」
助かった。ミレイさんが、「損得」で割り切る人で。誰も損してないなら、それでよし。彼女らしい結論だった。
「じゃ、その魔力増大の指輪だけど。スキルリングは、高値で売れるの。だから——売った相当分を、ちゃんと三等分よ。あたしが使うなら、あたしが、その分をパーティに払う」
「え、いえ、それは。ミレイさんが使うものですし、俺は、いりません——」
「レイ」
食い下がろうとしたミレイさんに、俺は、先に言った。
「ミレイさん。さっき、教えてくれたじゃないですか。銀の羽根は、等分だって。……だから、俺も、俺向きの物がでたらちゃんともらいます。それが、ルール、ですよね?」
一瞬、ミレイさんが、きょとんとした。
それから、俺は、バルトのほうを見て、笑った。
「ね、バルトさん」
バルトが、ぷっと噴き出した。
「はっはっは! こりゃ傑作だ! なあミレイ、お前のルールを、お前が返されてんぞ。一本取られたな!」
「なっ……」
ミレイさんの顔が、みるみる、赤くなっていった。ぐ、と言葉に詰まって、それから、ぷいっと、そっぽを向く。
「……もう。わかった、わかったわよ」
小さな声で、ぼそぼそと言う。
「……じゃあ、この指輪。あたしが、使わせてもらうわ。……二人とも、ありがとね」
最後は、消え入りそうな声で。耳まで真っ赤にして、ミレイさんは、そう言った。
猫みたいにつり上がった目が、今は、ばつが悪そうに、伏せられている。いつも威勢のいい彼女の、そんな照れた顔に、俺とバルトは、顔を見合わせてそれからどちらからともなく、笑い出した。
「な、なによ! 笑うことないでしょ!」
「いや、悪ぃ悪ぃ。素直なお前も、たまにはいいなと思ってな」
「うるさい!!」
夕暮れのダンジョンタウンを、三人で、笑いながら歩く。
損得を、きっちり分けて。でも、その根っこには、ちゃんと、仲間を思う気持ちがある。誰かが、一人だけ損をしたり、得をしたりしない。みんなで、同じものを、分け合う。
二年間、俺が、知らなかったもの。
その帰り道の景色を、俺は、たぶん、一生、忘れないだろう。
利用されていた俺の、本当の冒険は。ここから、ようやく始まったのだ。




