第六話 2年ぶりのステータス更新
翌朝。
「レイーおきてるー?ステータス更新いくわよー!」
というミレイさんにおこされ、首根っこを掴まれるようにして、冒険者ギルドに来ていた。
昨日の食堂での一件以来、ミレイさんは、すっかり俺の世話を焼く気になっているようだった。宿も、彼女たちの泊まっている宿の空き部屋を、勝手に取ってくれた。「返せるときに返せばいい」と、有無を言わせず。
「いい? まず、最初にステータスの更新。話はそれからよ」
ミレイさんが、つかつかと受付へ向かう。その窓口に座っていたのは
—フィーネさんだった。
「あら、レイさん。それに……ミレイさんも」
フィーネさんが、ふわりと微笑む。どうやら、二人は顔見知りらしい。
「フィーネ、ちょうどいいわ。この子のカード、更新してあげて。二年間、一度も更新してないんですって」
「二年……ですか」
フィーネさんの微笑みが、ほんの少し、固まった。それから、心配そうな目で、俺を見る。
「レイさん。二年も、更新されていなかったんですか?」
「あ、はい。お金もかかりますし、俺、Fランクなので、どうせ大した数字じゃないと思って……」
「……そうでしたか」
フィーネさんは、何か言いたげだったが、それを飲み込んで、更新用の水晶板を取り出した。あの、登録の日に手を乗せた、薄い板だ。
「では、こちらに手を。今の状態を、カードに反映しますね」
俺は、言われるまま、板の上に手を置いた。
ぽう、と。板が、淡く光る。
二年ぶりの更新。どうせ、Lv1のまま、数字もほとんど変わっていないだろう。魔物を倒したこともないんだから。俺は、そんな風に気楽に構えていた。
光が、収まる。
そして
—フィーネさんが、カードに浮かんだ文字を見て固まった。
◇
「……え?」
フィーネさんの口から、小さな声が漏れた。
いつも穏やかな彼女が、目を見開いて、カードを凝視している。何度も、瞬きをする。まるで、見間違いを疑うみたいに。
「フィーネ? どうしたの」
ミレイさんが、怪訝そうに、横から覗き込む。
そして、彼女もまた
—固まった。
「……は?」
二人が、揃って、絶句している。俺には、何がなんだか、わからなかった。俺のステータスなんて、Fランクの、たかが知れた数字のはずだ。そんなに、驚くようなことが、あるだろうか。
「あの……何か、おかしかったですか?」
俺が尋ねると、ミレイさんが、ぎこちない動きで、カードを俺のほうへ向けた。
「レイ。……あんた、これ。自分で、見なさい」
差し出されたカードを、俺は受け取って、覗き込んだ。
【冒険者カード】
名前:レイ
ランク:F レベル:1
職業:冒険者 所属:―
──────────────
HP 135
MP 23
力 28 +20
頑丈 27 +20
敏捷 31 +20
技量 32 +20
魔力 17 +20
──────────────
スキル:アイテムボックスF/アクセサリ製造F
……ん?
俺は、しばらく、その数字を眺めた。
二年前に見た、あのカードとは、まるで違っていた。あのときは、力が8、敏捷が10、そんなものだった。それが今は
—力が28に、プラス20。敏捷は31に、プラス20。
数字の意味は、わかる。前の数字が、今の俺の能力値。
後ろの【+20】が、装備による上乗せ分だ。指に着けている、祝福の指輪の効果だろう。それは、いい。
でも...
「……あれ? 敏捷、31? 前は、10くらいだったような……」
俺が、首をかしげていると。
「そこ!! そこよ!!」
ミレイさんが、俺のカードを、びしっと指さして叫んだ。
「その、前の数字! 装備の+20を抜いた、あんた自身の数値! それが——なんで、28とか31とか出てんのよ!!」
「え、そんなに、高いんですか? これ」
「高いなんてもんじゃないわよ!!」
ミレイさんが、頭を抱えた。
「いい? よく聞きなさい。平民の生まれで、レベル1なら、能力値なんて、せいぜい10前後。血筋のいい貴族の子だって、レベル1なら15か、20がいいとこよ。それが、あんた平民の出でしょ!? なのに、全部の数値が、下手な貴族の子を超えてる!! レベル1で!! こんなの、聞いたことないわよ!!」
「はあ……」
「はあ、じゃないでしょ!! これじゃ、Eランクの冒険者と変わんないじゃない!いえ、Dランクっていっても差し支えない! 魔物一匹倒してない、LV1の冒険者がなんでよ!!」
ミレイさんの剣幕に、俺は、ただただ、面食らっていた。
自分では、実感がまるでなかった。
強くなった、なんて感覚は、これっぽっちもない。二年間、荷物を運んでいただけだ。それなのに、この数字...
◇
「……ちょっと待ちなさいよ」
ミレイさんが、はっとしたように、顔を上げた。
「レイのカードだけ、じろじろ見て、こっちが黙ってるのも、不公平だわ。……いいわ。あたしのも、見せてあげる。比べてみなさい」
そう言って、ミレイさんは、自分のカードを、カウンターにぱっと置いた。フェアな人だ、と思った。損得にうるさいくせに——いや、うるさいからこそ、こういう筋は、きっちり通す人なのだろう。
【冒険者カード】
名前:ミレイ
ランク:C レベル:32
職業:魔術師 所属:銀の羽根
──────────────
HP 180
MP 140
力 45
頑丈 50
敏捷 38
技量 60
魔力 155
スキル:魔術師C/魔力増大B
【Cランク、レベル32】それが、ミレイさんの数字だった。
魔力が、ずば抜けて高い...155、さすが魔術師だ。それにスキルも2つある。力や頑健さは、俺よりずっと上だけれど、思ったより、高くはなかった。
「……あれ。ミレイさんの敏捷、38、ですか」
「……なによ」
「俺、31なんですけど。……装備をいれたら、俺のほうが上?」
しん、と、場が静まった。
「…………」
ミレイさんの顔が、みるみる赤くなっていく。怒りか、羞恥か、その両方か。
「う、うるさいわね!! あたしは魔術師なの! 後衛なの! 敏捷が高くないのは、当たり前でしょ!? 魔力見なさいよ、魔力! あんたの、いくつ!?」
「えっと……17です」
「はい、あたしの勝ちー!! 155対17!! 桁が違うのよ、桁が!!」
勝ち誇るミレイさんの横で、バルトが、けらけらと笑った。
「まあまあ。けどよ、レベル32のミレイと、レベル1のこいつが、敏捷で並んでる時点で、やっぱ異常だぜ。……ほら、俺のも見とけよ」
バルトも、自分のカードを、どんと置いた。
【冒険者カード】
名前:バルト
ランク:C レベル:34
職業:戦士 所属:銀の羽根
──────────────
HP 620
MP 40
力 140
頑丈 155
敏捷 70
技量 80
魔力 30
スキル:剛力B
「俺は戦士だからな。力と頑丈が売りだ。HPも、こんくらいある」
バルトの数字は、さすがに、俺よりずっと上だった。力140、HP620。壁役、というだけあって、頑丈さが桁違いだ。
でも
—レベル34で、これ。
俺は、レベル1で、力28。
「……なあレイ。お前、レベル1でこれだぜ? もしこっから、ちゃんとレベル上げたら——お前、どうなっちまうんだ?」
バルトが、にやりと笑った。俺には、答えようがなかった。
◇
「……とにかく、おかしいのよ」
ミレイさんが、腕を組んで、唸る。
「なんで、平民のレベル1が、こんな数値なの。装備は、祝福の指輪ひとつだけ。それだけじゃ、こんなに上がらない。なにか、絶対、からくりがあるはずなのよ」
彼女は、俺のカードと、それから、俺の身なりを、じろじろと見回した。
「あんた、なにか、心当たりないの。特別な訓練したとか、変なもの食べたとか」
「訓練……村では、毎朝、剣を振ってましたけど。でも、リンドールに来てからは、荷物運びばっかりで」
「そんなんで、貴族や冒険者の血統を超えるわけないでしょ。……もっと、こう。決定的な、なにか——」
ミレイさんが、ぶつぶつと、考え込む。カードの数字を睨みながら。俺のアイテムボックスのことや、二年間のことをあれこれ探るように。
「……なのに、なんで、このステ-タス——」
そのときだった。
「——あっ」
俺は、思わず、大きな声を出していた。
神様。白い空間。サングラスの、あのおっちゃん。別れ際の、最後のひとこと。
—枠のことは、忘れんときや。
「ひゃぁ!?ちょっ、び、びっくりしたぁ!! 急になんなのよ、レイ!!」
ミレイさんが、飛び上がって、猫目を吊り上げた。バルトも、ぎょっとしている。
「あ、いえ……その」
言いかけて、俺は、口をつぐんだ。
装備枠が、無制限。
神様は、そう言っていた。「いちばん大事だから、覚えとけ」と、あんなに念を押して。
ま...まさか...ボックスの中に、放り込んだ、あのアクセサリたちも。全部、身に着けているのと、同じことに...なっている……?
いや。
装備枠は、ひとつ。アクセサリは、一個しか着けられない。それが、この世界の常識だ。しまってあるだけのアクセに、効果があるなんて...そんな、都合のいい話が、あるわけない。
確信なんて、まるでなかった。うろ覚えの、神様の言葉が、ひとつあるだけ。こんなの、口に出したところで、誰も信じてくれないだろう。俺自身、まだ、信じ切れていないのに。
「……なんでも...ないです。すみません、急に大きな声、出して」
俺は、その予感を、そっと、胸の奥にしまった。
ミレイさんは、しばらく、うさんくさそうに俺を見ていたが、やがて、ふうと息を吐いた。
「……まあ、いいわ。原因は、追い追い、突き止めるとして」
彼女は、腕を組み直して、まっすぐに俺を見た。その猫目には、もう、混乱よりも面白いものを見つけた、という色の方が、強かった。
「レイ。あんた、ただ者じゃないわ。理由は、まだわかんない。でも、その数字は、本物よ。レベル1でこれなら——ちゃんと戦えば、あんた、とんでもないことになる」
「え、いや、俺、戦ったことなんて……」
「これから、するのよ」
ミレイさんが、にやりと笑った。
「ねぇ、バルト。こいつ、面白いと思わない?」
「思う思う。なあレイ、お前、行くとこないんだろ? だったらよ——」
バルトが、俺の肩に、どんと腕を回した。
「しばらく、俺らと組まねえか? お前のその力、ちょっと見てみたくなった」
俺は、二人の顔を、交互に見た。
クビになった、昨日の今日で行き場をなくした外れスキル持ちの俺に。この人たちは、また、手を差し伸べてくれている。今度は、【荷物持ち】としてじゃなく。俺自身を、パーティーメンバーとして。
胸の奥が、じんと、熱くなった。
「いいんですか?俺LV1だし外れスキルですよ?」
俺がそうネガティブな発言をすると
「はぁ?あたしの決定に文句あるの?」
「でも...ただでさえご飯や宿でお世話になってるのにこれ以上迷惑をかけるわけに——」
「あーレイ、わりぃな。あのモードのミレイには逆らえねぇわ」
ハハッと笑いながらバルトさんが俺に手をあわせて言ってきた
「それに、そんなに自分を安く見ないほうがいいぜ?俺達にもメリットがあるしな。」
「そうよ!あんたは、あんた!あたしがレイを仲間にしたいっていってんだからいいのよ!」
猫目をつり上げながら「ふんっ!」とミレイさんはそっぽを向いた。
「ありがとう...ござ...います」
目頭が熱くなりながら俺が頭を下げると、ミレイさんが「え...?なんで??泣いてるの??えっ?」ときょろきょろしながらとまどっていた。
「え?決まりでいいのよね??」
「...はいっ!!!!」
こうして、俺は。
王狼の牙を追い出された、その翌日に。新しい仲間と、歩き出すことになった。
—自分でも、まだ気づいていない、本当の力の秘密を、そっと胸に抱えたまま。




