第三十二話 ▓█▒▒/█▒▒█‡�̷
黒い靄が人の形を成していく。
それは、ゆっくりと立ち上がった。
背丈は、人間ほど。
だが、輪郭が滲んでいる。
まるで、そこだけ世界から剥がれ落ちたような黒い影法師。
顔は、のっぺりとして目も鼻もない。ただ、全身からぞわりと悍ましい【何か】が溢れ出していた。
「……フィ、フィーネさん。あれ……何なんですか」
俺が、震える声で聞くとフィーネさんは看破を走らせて──
「……鑑定、します少し待って…くだ…」
その目が黒い影を捉えた瞬間...
『█▓▒▒を検知▒▒▒█』
──ノイズのような、【声】が頭の中に直接響いた。
人の...言葉じゃない。
だが、意味の断片が途切れ途切れに脳を掻き毟る。何を言っているのかまったくわからない...わからないのに...悍ましさだけが...伝わってくる。
【 ❏❏❏❏❏❏❏ 】
名前:�‡▓█‡�̸̣ ▒̷ ❏
ランク:█▓▒(計測不能)
──────────────
HP ▓█7�̷ ‡▒
MP �̶̣ ▒8 ❏ ‡
力 4‡ ▒ �̷̠ ❏
頑丈 �̷ ▓88 �
敏捷 ▒7�̷̠ 0
技量 ▓50‡�̷
魔力 █▒█ ‡ ❏
──────────────
スキル:▓█▒▒/█異物排除██/▒▒強制退去▓▓/█自動修復▒▒/❏▓█‡▒▒
──フィーネさんが視ようとした瞬間。
『█▓▒▒レジスト▒▒▒█』
パンッ!!
「────ぁ」
フィーネさんの右眼から。
ぶしゅっ、と。血が噴き出した。
「フィーネさん!?」
「……ぁ、……ぁあああああっ!!」
フィーネさんが、右眼を押さえて崩れ落ちる。指の隙間から、血が溢れ出す。
「だ...大丈...夫で...す」
看破。あらゆるものを見通す特典スキル。それが──あの、影を視ようとして...
しかし視てはいけない、"何か"に触れて...壊れた。
「フィーネ! しっかりしろ、フィーネ!!」
バルトさんが駆け寄る。
俺は、影を鑑定しようとして──ぞっとした。
俺の、鑑定にも名前が...ステータスが...何も...映らない。ただ、文字化けした羅列がぐちゃぐちゃに蠢めいていた。
『█▓▓▒異物▒▒▒█▓排除▒▒』
読めない...
わからない...
今まで、どんな相手もフィーネさんの看破で見通してきた。鬼面オーガも...ブラックドラゴンオルタも。なのに、こいつだけは──輪郭すら掴めない。
これは...俺たちの、常識の外にいる...
◇
体が竦んだ。
恐怖。
ただの恐怖じゃない。
本能が、叫んでいた。
あれには、勝てない。あれには触れちゃいけない。逃げろ...と。
見れば、みんなも同じだった。
ミレイさんが、杖を握ったまま震えている。
バルトさんも、フィーネさんを抱えたまま顔が蒼白だ。
ティアさんの足も、竦んでいる。
俺達銀の羽根が数々の死線を、越えてきた...なのに!あの影法師を前にして──全員...恐慌状態に陥っていた。
指揮役の、フィーネさんは、片眼が潰れ動けない。
司令塔を失い恐怖に呑まれ連携なんてできる状態じゃなかった。
『▒▒▓転生者█▓▓を█強制退去▒▒▒』
影が、こちらへ一歩踏み出す。
その、断片的な【声】の中で。ひとつだけ、はっきりと、聞き取れた言葉があった。
──転生者
その瞬間。
俺の中で恐慌の霧がすっと晴れた。
(……こいつは)
俺を、見ている。
目もないのにまっすぐ俺だけを...
(……俺を、狙ってる)
なぜかその意思がわかった。
本能で...あの黒い靄は...俺を──【転生者】を排除しに来た。だから、俺にははっきりと、その意思が向いていた。
そして、自分が狙われていると悟った瞬間に俺は正気を取り戻していた。
みんなを守る!
その、一点だけで俺の覚悟は決まった。
影が動いた。
──速い!!
俺の鷹の目でも辛うじて追えるほどの速度!!!
その腕が──いや腕のような黒い何かが...バルトさんへ伸びる。
「バルトさん! 避けて!」
俺は叫んだ。だが反応の遅れたバルトさんは。
咄嗟に、盾を構えるので精一杯だった。
ブラックドラゴンオルタの極大ブレスすら受け切ったあのバルトさんが...
ズブゥッ……
いとも...簡単に...
貫かれた。
バルトさんの...体を...黒い腕が貫通していた。
「……がっ……」
バルトさんの、口から血が溢れる。
「バルトぉぉぉぉっ!!!」
ミレイさんが絶叫した。
「バルト! いやっ、いやよ、バルト!!」
ミレイさんが、駆け寄ろうとする。
だが、その体をティアさんが必死に抱き止めた。
「だめ、ミレイちゃん! 行っちゃだめ!」
「離して! バルトが……バルトがっ……!」
影が、貫いた腕を引き抜く。
バルトさんが、どさりと崩れ落ちた。
まだ、息はある。だが傷が深い。バルトさんが死ぬ...?
そんなことあって...いいはずが.....ない。
ティアさんが、ミレイさんを抱えたまま倒れたバルトさんを引きずって下がる。
「レイさん! バルトさんを回収します!フィーネさん!あなたもこっちに!!」
「俺がなんとか時間を稼ぎます!」
俺は影とみんなの間に割って入った。
黒龍刀を構える。俺は、影の周りを駆け回りながら斬りつける。
シュバッ!
だが──手応えが...ない。
黒い体は、刃をすり抜ける。まるで、靄を斬っているようだ。
だが、それでも。俺が動き回ることで影の意識は俺に向いた。
『█▓異物▒▒▒█排除▒▓▓』
影が俺を追う。
そうだ。
それでいい。
俺を、見ていろ。みんなから目を...離せ。
「ティアさん! みんなを、連れて、帰還オーブへ!」
俺は、叫んだ。
片眼を押さえたフィーネさんが血の滲む顔で俺を見た。
「……レイ君!? あなたは……!?」
「俺が、時間を稼ぎます! だから早く!」
◇
フィーネさんの顔が歪んだ。
指揮役の、彼女ならわかったはずだ。
この状況で、全員が助かる方法はひとつしかない。
誰かが、囮になって時間を稼ぐ。そしてその役は──いちばん、速くいちばんあの影に狙われている俺しか...いない
「……っ、だめ、です! レイ君も、一緒に……!」
「早く! バルトさんの傷が...もたない!」
俺は、影の攻撃を掻い潜りながら叫んだ。
ティアさんが、バルトさんを抱えミレイさんを引きずって帰還オーブへ走る。
フィーネさんが、片眼を押さえながらそれに続く。
「レイ君! 絶対に...絶対に!!!来てくださいね!!! 約束です!!」
「はい! すぐ、追いつきます!」
嘘だ。
俺は、わかっていた。
この影から、背を向けて逃げ切れるほど甘くないことを。
誰かが、最後まで引きつけなきゃいけない。
そして、その誰かは──俺だ。
みんなが、オーブに、たどり着く。淡い光が、四人を、包んでいく。
「レイ君!!」
フィーネさんの絶叫。ティアさんがその体を無理やり光の中へ引き込んだ。
そして──四人の姿が。光に、包まれ...そして消えた。
助かった。……よかった。
◇
その瞬間。
俺の集中が緩んだ。
『▒▓▓排除▒█』
影の、腕が...俺の、腹を──貫いた。
「……かはっ」
熱い。腹の中を黒いものが突き抜ける。
力が、抜けていく。
膝が...崩れる
……ああ...やられ、たか。
でも。
みんなは、逃げ切った。バルトさんも、フィーネさんも、ミレイさんも、ティアさんも。
全員助かった。
(……最低限は……役に、立てた、かな)
薄れゆく、意識の中で...俺は、ぼんやりと思った。
長い旅だった。楽しかったなぁ。
仲間ができて居場所ができて……大切な人たちを守れた。
こんな、幸せな、最期なら悪くない。
ただ──ひとつだけ...心残りが、あるとすれば。
(……あーあ。……フィーネさん、泣かせちゃった、なぁ)
あの、絶叫が耳に残っている。
ごめんなさい...フィーネさん。約束、守れなくて。すぐ、追いつくって言ったのに。
俺の、意識が。ゆっくりと、闇に沈んでいく。
影が俺にとどめを、刺そうと黒い腕を、振り上げた。
──ああ、これで、終わりか。
そう、思ったそのときだった。
「──おい」
聞き覚えのある声がした。
「勝手に、死んでんじゃ、ねえよ。……お前は、俺に、殺されなきゃならねえんだからな」
俺の体が誰かに抱え上げられる。
霞む視界の隅に見えたのは──憎らしいほど、傲慢なあの男の顔だった。
「……セイ、さん……?」
なぜ。どうして、あなたがここに。
問いかけようとした、俺の意識は...
そこで、完全に途切れた。




