第三十三話 俺様の...獲物だ
「──邪魔を、するなぁっ!!」
薄れゆく、意識の中で。
セイの怒声が聞こえた。
俺を、抱えたままセイは片手で剣を振るった。その刃に──淡い金色の光が纏っている。
『▒▓▓█▒』
黒い影が、その剣を避けようとする。だが、間に合わない。
ザンッ!!
「どうだっ!」
セイの、一閃があの影法師に"入った"。
黒い靄が、初めてぐらりと揺れた。
(……入った……?)
俺は、朦朧とする意識の片隅でそれを見ていた。
あれだけ、俺の攻撃をすり抜けたのに...セイさんの剣は届いた。
なぜ?何が...違う?
……属性?……属性攻撃なら──
考えようとしたがそこで俺の意識はぷつりと途切れた。
◇
(……あつい)
腹が熱い...全身が、鉛のように....重い...
揺れている。誰かに担がれて、運ばれている。
「……おい……死ぬなよ……こんなところで、勝手に死ぬな!!」
……セイさんの声だ。
なぜ?どうして、あなたが。
俺は、朦朧としながら、目を薄く開けた。
セイが、俺を背負って血だらけになりながら帰還のオーブへ向かって走っていた。
その背中はぼろぼろだった。あの、傲慢な聖騎士の面影は、どこにもない。片腕が、砕け足を引きずり....それでも、必死に走っている。
「……なんで……」
俺は、掠れた声で聞いた。
「なんで……セイさんが……俺を、助けるん...ですか……」
セイが、ふんと、鼻を鳴らした。
「……勘違い、するなよクソ冒険者!!これは、助けてるんじゃねえ」
セイの声は、憎らしいほど傲慢だった。だが、その奥に何か別のものが滲んでいた。
「……お前は、俺の獲物だ。……あんな、化け物なんかに、横取りされてたまるかっ!」
「……」
「俺は、お前のせいで……全部...失った」
セイが、荒い息の合間に吐き出す。
「下僕も!名声も!……女も!!!……全部、お前らにぶち壊された!……俺の、人生をめちゃくちゃにしやがって!!!」
その言葉に。俺は、何も言えなかった。
「だからな……お前を、殺すのは俺だ。俺じゃ、なきゃならねえ。……その権利は俺のもんだ。誰にも譲らねえっ!」
歪んだ執着。
この人は、最後までそうだった。人を駒だと思っている。
復讐すら、自分の所有物のように語る。
でも──今、この人は...その、歪んだ執着だけを支えに命を削って俺を運んでいる。
「……お前を、殺すのは俺だ。……だから、覚えて...おけ」
セイの身体が大きく震えた。
「お前はァ……この俺様..に...命を拾われた。……その、屈辱を...ガハッ……一生、忘れ..るな……それが、俺の……復讐だ...」
セイの壮絶な叫び声とともに、帰還のオーブへ...一歩また一歩その歩みを進める。
淡い...帰還の光が俺たちを待っている。
だが──後ろから...あの、影法師の気配が迫っていた。
『█▓▒異物▒▒█排除▒▒』
「……ちっ……しつ...こい、野郎だ」
セイが、俺を下ろした。オーブの、すぐ手前に。
「セイ、さん……?」
「ここまで来たらクソ冒険者のお前でも行けるだろう」
セイが、剣を構えた。血だらけの体で影法師の、ほうへ向き直って。
「クックック、この俺様が足止めをしてやる。……お前は、さっさと、いきやがれ」
「そんな……あなたも、一緒に……!」
「うる...せえッ!!」
セイが、振り返らずに、言った。
「……言った、だろう。お前は、俺の獲物だ。……俺の獲物を奪うあいつも敵だ。」
その、背中がやけに、大きく見えた。
「……最後に、いいこと、教えてやるクソ冒険者」
セイが、影法師を、睨みながら、言った。
「あの、化け物はな……俺の属性攻撃は入った。……見てただろう?」
「……!」
「属性を、乗せろ……それと、属性を乗せた渾身の一撃だ...一撃で消滅させろ...たぶん、あいつを、殺す唯一の正解だ。…ハッ!…せいぜい、役立てろ」
そう言って、セイは影法師へ向かっていった。
「うおおおおおっ!! かかって、こいや、化け物ぉぉぉ!!!」
聖なる、光を纏った剣が...影に向かって、振り下ろされる。
◇
俺は、オーブの光に包まれながら。
最後に、見た。
セイが、影法師に斬りかかり──そして、その黒い腕に...
貫かれる瞬間を。
「セイ、さん……!!」
俺の叫びは、光に呑まれて...届かなかった。
◇
──気がつくと。
俺は、地上にいた。
リンドールのダンジョン入り口。
見慣れた街の光...帰還のオーブが、俺を送り届けたのだ。
「レイ君!!」
フィーネさんが、駆け寄り俺を抱きしめた。片眼に包帯を巻いて。それでも、俺を見て涙を流していた。
「よかった……! 生きてる……! 生きてくれてた……!」
「フィーネ、さん……みんなは……」
「みんな、無事です! バルトさんも……ティアさんが、治療して……! あなたが、時間を、稼いでくれたから!」
よかった。みんな、助かったんだ。
その時俺の後ろに帰還の光がともった。
「セイ、さん?」
セイは、地面に倒れていた。
ぴくりとも、動かない。
胸に──大きな、風穴が、空いていた。心臓を、貫かれた痕。
「……セイ、さん!」
俺は、傷ついた体を引きずって、セイに駆け寄った。
「セイさん! しっかり……ティアさん! ティアさんを──!」
だが........
ティアさんが、駆けつけてセイの傍らに膝をつき...そして──静かに、首を横に振った。
「……もう……手遅れ、です。……心臓を、完全に…………ごめんなさい、レイさん」
エクストラヒール。欠損すら治す聖者の力。
それでも──届かなかった。
命の灯が消えた者はもう戻らない。
「……そんな……」
俺は、セイの傍らに座り込んだ。
この人は、俺を憎んでいた。
俺のせいで、全部を失ったと。俺を、殺すのは自分だと。
……最後まで、傲慢で、身勝手だった。
なのに。
その、命を賭けて...俺を、助けてくれ...さらに、攻略の鍵まで、残して。……逝ってしまった。
「……なんで、ですか」
俺は、動かない、セイに、問いかけた。
「なんで……そこまで、して……俺なんかを……」
答えは、返らない。
だが──セイの、顔は雄弁に物語っていた。
「お前は俺の獲物だ。誰にもわたさねぇ、俺を忘れるな。一生感謝しつづけろ」
満足げな、死に顔だった。
◇
「……レイ君」
フィーネさんが、そっと、俺の肩に手を置いた。
「……この人のこと、嫌いでした。……ティアさんに、したこと……許せないと、思っていました」
「……はい」
「でも……」
フィーネさんの、声が震える。
「……あなたを、助けてくれた。……この人が、いなかったら...あなたは……もう……」
言葉にならない。フィーネさんが、俺に、そっと寄り添う。
俺は、動かなくなったセイを、見つめた。
……ありがとう、なんて。言えない。この人は、それを、望んじゃいない。「お前は俺の獲物だ」と、言ったのだから。
だから、俺は。
心の中で、静かに誓った。
……忘れません。あなたに、命を拾われたこと。あなたが、残した言葉を。……一生、忘れない。
それが、あなたの、望んだ"復讐"なら。
甘んじて、受けます。
だから──どうか。
「……安らかに」
俺は、そう、呟いて。セイの、目をそっと閉じてやった。
◇
その夜。
俺たちは、ホームに戻った。
バルトさんは、ティアさんの治療で、一命を取り留めた。フィーネさんの片眼もエクストラヒールで塞がった。
全員、生きている。
でも──空気は、重かった。
あの、黒い靄の化身。俺たちを、蹂躙し、セイを、殺したあの影法師。
あれは、まだ、ダンジョンの最下層にいる。
そして──俺の、頭の中では。
セイの、最後の、言葉とひとつの不吉な疑問がぐるぐると、渦を巻いていた。
(……あの、影法師は。……なんで、俺を、"転生者"って、呼んだんだ)
(……なんで……俺だけを、あんなに執拗に、狙った……?)
その、答えに。俺は、まだ。気づいていなかった。
だが──その答えを、知ったとき。
俺は、もっと、深い絶望を。味わうことに、なる。
この時の俺はまだ...何も、知らなかった。




