第二十九話 人は替えがきかない
ブラックドラゴンが消えた部屋に。
ギルドの立会人が震える声で告げた。
「……しょ、勝負あり。二十五階フロアボス『ブラックドラゴン』の討伐──銀の羽根の勝利です」
その言葉が、部屋に響いた。
俺たちが勝った。
セイたちが、五人がかりで返り討ちに遭った相手を俺たちは討ち取った。
しかも──先に挑んだ、セイたちが失敗した後だ。文句のつけようもない。
「……約束です。セイさん」
フィーネさんが、静かに前に出た...あの、光の消えた目で。
「負けたんです。あなたが行った非道な嘘を認めなさい。……ティアさんの...彼女の名誉を貶めた、あの嘘を。……この立会人の前で」
セイの、顔が屈辱的に歪んだ。
だが──立会人の記録は絶対だ。
SSランクの聖騎士も、ここでは通用しない。ギルドに、正式に記録が残る。
「……っ、……ティアの、噂は。……俺が、流したでたらめだ。あいつは……使えない女なんかじゃ...なかった。……認める」
絞り出すような、声だった。
立会人が、それを書き留める。
これで、ティアさんの悪評はギルド公認で覆された。
俺は、ほっと息をついた。
これで──ティアさんを、苦しめていたあの噂は消える。
◇
でも、セイは床にへたり込んだままティアさんを見上げていた。
さっき、自分を回復したティアさんを。
「……ティア……ひとつ、聞かせろ」
セイが、うめくように言った。
「なんで、俺たちを、回復した?……お前を捨てた俺たちを……勝負を投げ出してまで...放っておけばお前たちの不戦勝だったはずだ」
その問いに静かにティアさんは、セイを見下ろした。
もう、その目に怯えはなかった。
震えも、涙も。
ただ、凪いだ湖のように穏やかだった。
「……人が、死にかけていたら助ける。……それだけです。勝負とか、過去とか。……そんなの助ける事に関係ありません」
「……」
「わたしは──もう、あなたに認められるために聖者になろうとは思いません」
ティアさんの声は澄んでいた。
「目の前の、誰かを救いたい。……ただ...それだけです。わたしは、聖者になった時仲間たちに誓ったんです」
そして、ティアさんは静かに言葉を続けた。
「セイさん。……ひとつだけ、はっきり言わせてください」
「……なんだ」
「...私は──いえ...人に替えはありません」
その言葉に、セイの、肩が、揺れた。
「そう...仲間は間に合わせでも...代用品でも...ない……そして、私はティア。銀の羽根の聖者です……もう、二度と誰かの代わりになんてなりません」
「……」
「それに」
ティアさんの、声が少しだけ、柔らかくなった。ほんの少し...寂しげに。
「……昔は。本気で、あなたのことを、愛していた時も...ありました……本当に」
その告白に。
セイの、顔が変わった。
「……そう...か」
セイの口元が...にやり...と歪んだ。
勘違いしたのだ。
「なら、話は早い。……ティアまたこの俺がお前を愛してやろう。俺のパーティこい。お前ほどの聖者なら……ノーラよりお前を選んでやってもいい。もう一度──」
「──それ以上、その汚い口を開くな」
◇
すっ、と。
フィーネさんが、ティアさんの前に出た。
そして......
ゴッ!!
拳が、セイの顔面にめり込んだ。
「ぐあっ!?」
セイが、後ろにひっくり返る。聖騎士が弓聖の一撃で。
「フィ、フィーネ!?」
ミレイさんが、目を丸くする。
フィーネさんは、拳を握ったまま...光の消えた目で倒れたセイを見下ろしていた。
「……ティアさんの決別の言葉を。……自分に、都合よく聞き違える。……本当に...救えない人ですね」
底冷えのする声だった。
「ティアさん……あとは、あなたが締めてください」
「……ふふ。ありがとうございますフィーネさん」
ティアさんが、微笑んだ。
そして──ゆっくりと、倒れたセイの、傍らに歩み寄る。
いつもの、おっとりとした聖女のような笑顔で。
「セイさん……最後に...これだけ」
「……ま、待て、ティア、話を──」
「わたし、あなたのこと……」
ティアさんの足がすっと振り上げられて。
ゴギャッ!!!
「──もう、大っ嫌いですし。顔も見たくありません!」
ティアさんの渾身の金的がセイの股間に突き刺さっていた。
「ぐ……ぉ……ぉぉぉぉぉ……!!!」
セイが、白目を剥いて声にならない悲鳴を上げながら、床を転げ回った。
そして、ティアさんは。
くるり、と振り返って。
まっすぐ、俺のほうへ歩いてきた。
「……えっ? ティアさん?」
俺が、戸惑っているその間に。
ティアさんは、俺の頬に、そっと、手を添えた。
──ちゅ。
俺の唇に。
柔らかい感触が触れた。
「……!?」
頭が、真っ白になった。
ティアさんが俺にキスを。
やがて、ゆっくりと唇を離してティアさんは頬を赤らめながらけれど悪戯っぽく笑った。
そして──床で、悶絶している、セイのほうを見て。
はっきりと、言い放った。
「──ごめんなさい、セイさん。わたしには、もう。……こんなに素敵な人がいるんです」
「……」
「あなたなんか……もう、眼中にありません」
その、とどめの一言を聞いた瞬間。
セイは──ぐるん、と、白目を剥いて。
完全に、気を失った。
◇
しん、と。一瞬、部屋が静まり返った。
そして──口を開いたのは。
セイの、パーティの女性二人だった。
大魔術師のリーゼ。
そして、聖者のノーラ。
ずっと、セイに寄り添っていたあの二人が。
気絶したセイを、見下ろして。
「……あーあ……この人、なに?」
リーゼの、声が、冷え切っていた。
「だっさ。顔が良くていい思いができるから一緒にいたのに。ふった女に言い寄って振られて...しかも……金的一発で、気絶って」
「……最悪ね」
ノーラも、心底幻滅した顔で吐き捨てた。
「わたしたち……こんな人に尽くしてたの? ……ばっかみたい」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんたたちはセイの……?」
ミレイさんが目を丸くする。
だが、二人は、もう気絶したセイには、目もくれなかった。
「わたし、抜けるわ。こんなパーティ」
「わたしもぉ……はーぁ時間の無駄だった」
そう言って、二人は、さっさと、踵を返して。
倒れたセイを、置き去りにして、部屋を出ていった。
後には──床で気絶した、哀れな聖騎士だけがとり残された。
女に、囲まれて。ちやほやされ人を、駒みたいに扱ってきた男の……あまりにも、あっけない末路だった。
「……ぶはははははっ!!」
爆笑したのはガロさんだった。
「見ろよ! 女どもに見捨てられてやがる! ……こりゃあ傑作だ!」
「……くっくっくっ。自業自得というやつだな」
ザイドさんも、肩を震わせて笑っている。
「はぁーっはっは! ざまあみやがれってんだ!」
バルトさんも、腹を抱えて大笑いした。
◇
ガロさんと、ザイドさんが、俺たちのほうへ歩いてきた。
「……レイ。俺たちは、これで正式にあのパーティを抜ける。……もう決めてたことだ」
「今度は……敵じゃなく。……いつか、肩を並べるライバルとして...まっ!よろしく頼むぜ」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
かつて、俺を切り捨てたガロさん。
そのガロさんが、今まっすぐな目で俺に手を差し出している。
「……はい! こちらこそ!」
俺は、その手を握り返した。
長い道のりだった。……本当に。
◇
──と。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
低い声がした...ミレイさんだった。
その手には、いつの間にか、杖が握られている。
気絶したセイを、見下ろして...
「ティアを、あんなに苦しめたのに……たかが金的一発で、済むと思ってんの? ……もう一発、あたしからも──」
「こらこらよせよせ、ミレイ!」
慌てて、バルトさんが、ミレイさんを、羽交い締めにした。
「気持ちは大いにわかる! だが、気絶した相手に極大魔法はまずい! ダンジョンごと吹っ飛ぶわ!」
「離してよ、バルト! まだ、気が済んでないの!」
じたばたと、暴れるミレイさんを、バルトさんが必死に押さえ込む。
その光景に俺は思わず笑ってしまった。
みんな、ティアさんのことを本気で想ってる。
だから、こんなにも怒れるんだ。
……ああ、本当に。いいパーティだ。
◇
そんな、あたたかい騒ぎの中で。
ふと。
俺の、背筋にぞくりと寒気が走った。
おそるおそる、後ろを見ると。
フィーネさん...が...いた。
にっこりと、微笑んでいる...でも──その目には、光が、なかった。
「……フィ、フィーネ、さん……?」
「レイ君」
フィーネさんが、すっ、と俺に近づいてくる。
「……今の。ティアさんとの、キス」
「い、いや、あれはティアさんが勝手に──!」
「……上書き、しますね」
「……え?」
言葉の意味を、理解する前に。
フィーネさんの、手が俺の頬を包んで。
──ちゅ。
さっきより少し長く。
俺の唇に、フィーネさんのそれが重なった。
頭が、二度目の真っ白になる。
やがて、ゆっくりと離れてフィーネさんは、満足そうに微笑んだ。
今度は、ちゃんと目に光が戻っていた。
「……ふふ。これで、上書き、完了です」
「な、な、な……!」
「あら。……でしたらわたしももう一度...」
ティアさんまで、悪戯っぽく笑ってにじり寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待って、二人とも……!?」
俺が、フィーネさんとティアさんに詰め寄られて、あたふたしていると。
その様子を少し離れたところで見ていたミレイさんが呆れたように、ため息をついた。
「……はぁ。なによ、あれ。……モテモテじゃない、レイのやつ」
「まあ、しゃあねえだろ。……あいつは、いい男だからな」
隣で、バルトさんが笑う。
その言葉に、ミレイさんが、指でツインテールをくるくるしながらちらりと、バルトさんを見上げる。それからぷいっと顔を背けた。
「……ふん……あんたも……たまには、いいところ、見せたわよ。今日はあんたにもご褒美を上げるわっ」
「あ? なんか、言ったか?」
──ちゅ
後を見るとバルトさんが頬触りながら目をパチクリさせながら...そしてそっぽを向いたミレイさんの耳が赤くなっていた。
そんな、二人を横目に俺は──フィーネさんと、ティアさんにじりじりと追い詰められていた。
「レイ、諦めろ」
バルトさんが、顔を赤らめながら俺の肩をぽんと叩いた。生温かい目で。
「……男の甲斐性の見せ所だぜ?」
「他人事みたいに言わないでくださいよ、バルトさん!!」
◇
こうしてセイとの、勝負は銀の羽根の完全勝利で幕を閉じた。
ティアさんは、過去の呪縛から解き放たれ。
ガロさんと、ザイドさんは、あの腐ったパーティを抜けて新しい道を歩き出した。
セイは──女たちにも、見捨てられ、すべてを失った。
すべてが、丸く収まった。
──俺の、平穏を除いては。
でも、きゃあきゃあと賑やかなみんなの姿を見て俺は心から思った。
替えの利く仲間なんて……いない。
一人ひとりがかけがえのない大切な家族だ。
たとえ、この賑やかさに毎日振り回されるとしても。
「……それも、まあ。悪くない、な」
そんなことを、考えながら。
俺たちの、長い一日はようやく終わりを迎えたのだった。




